6:トリック・オア・トリート
部屋に戻ると、俺はソファに思いきり倒れこんだ。
――なんだったんだ、あの男は。
だいたい、大の大人一人でお菓子をもらいにくるとか……いや、百歩譲ってそれがこの町の伝統行事になっているのだとしても、あの行き過ぎた態度は無茶苦茶だ。他の家の人はいったいどう対応しているんだろう……。ってか、スイーツ好きって。つくづく、人はみかけによらないものだと思う
もうなんだか晩飯を食べる気力もなくなってきた。今日はもうこのまま寝てしまおうか。明かりを消してしまえばさすがにもうだれもこないだろうし。――うん、そうだ。そうしよう。
俺は台所でつくりかけていたカレーにラップをかけ、冷蔵庫にしまうと、リビングに戻って寝間着に着替えようとした。
すると無情にも、玄関のチャイムが鳴った。
俺はガックリとひざを折りながら、どうすべきか思案した。
もうこのまま気づかないふりをして、寝てしまってもいいんじゃないか。この町の人には悪いが、俺は疲れているんだ。ハイテンションのノリについていくとか、しゃべらない人に気をつかうとか、そういうのはまた来年ということでどうだろう。
そんな思いを逡巡させているあいだも、チャイムは間隔をおいて鳴り続ける。
――ああ、わかった。わかったよ。出るよ。出ればいいんだろ。でもこれが最後だからな!
俺は決意して玄関に向かった。次の人を相手したらすぐに着替えて、明かりを消して、寝る。そうしよう。
玄関まできたところで、深呼吸をする。
もうどんなやつがきても驚かないぞ。俺はひとつうなずくと、扉のノブに手をかけ、一気に開けた。
するとそこには――
小学校低学年くらいの子どもが三人いた。
「トリック・オア・トリートーーーーーー!」
子どもたちはそれぞれ星やカボチャのシールをはった黒めの服を着て、手にはカボチャのランタンや魔法の杖らしきものをもちながら、俺の方にむけてハロウィーンお決まりのあいさつを言い放った。
みんな純粋な笑顔で、心からこのお祭りを楽しんでいるようだった。こんな見知らぬ家の住民にも、お菓子がほしいという好奇心に満ちた瞳を輝かせている。
そう、そうそう。
こういうのだよ、俺が想像していたのは。
かわいく仮装した子どもたちがやってきて、家々を楽しそうにたずね回る。家の人はそれを笑顔で迎え入れ、用意したお菓子を与える。
これだけでいいのだ。ほかにはなにもいらない。
俺が深い感慨にひたっていると、目の前の子どもたちは少し不安そうにつぶやいた。
「あの……お菓子……」
「あ、ごめんごめん」
少々感動しすぎたようだ。
この子どもたちのために、お菓子を用意しなければ。そう思い、急いで部屋に戻ったところで、俺ははたと気づいた。
もうお菓子がない。
さきほど冷蔵庫からとり出したシュークリームで、俺の家にあるお菓子と呼べるものは全て出し切ってしまった。
俺は部屋中を探しまわった。記憶に残っていないお菓子がないか。あの子たちにあげられるものはないか。必死に探した。
だが結局、お菓子はひとつもみつからなかった。
なんてことだ。最後の最後に。
俺はとぼとぼと廊下を歩き、玄関に戻った。
外ではうきうきした顔つきで三人の小さい子が待っている。俺は彼らにむけて、悲しい知らせを告げなければいけなかった。
「ごめん……。家のお菓子、全部切れちゃって、あげられるものがないんだ……。本当にごめん」
しゃがんで子どもたちと視線をあわせながら、俺は心から申し訳ない気持ちになった。
理屈からいえば、さきほどハロウィーンイベントの開催日時を知ったばかりなのだから、お菓子を用意できていなくてもしかたない。
だがそれよりも、俺は目の前の子どもたちの笑顔を壊してしまうかもしれないことを、謝りたかった。
子どもたちは一瞬、ぽかんとした表情をうかべる。そして、一番前にいた女の子が、口を開く。
「お菓子、ないの……?」
「うん。今日、ハロウィーンだって知らなかったから、あんまりお菓子を用意してなかったんだ。ごめんね……」
「お菓子がない――」
そのとき。
子どもたちの目つきが、急にけわしいものになった。
「お菓子がない」
「お菓子がない」
「お菓子がない――」
三人がそれぞれ言葉を発してから、前にいる女の子がゆっくりと告げた。
まるで罪人に向けた宣告のように、冷たい言葉で。
「お菓子がないなら――イタズラしましょう」
「イタズラだ!」
「イタズラだ!」
すると、すぐさま後ろの男の子二人が、しゃがんでいた俺に体当たりをくらわせた。
「お、おわっ!?」
後ろに転ぶ俺。それをみるやいなや、男の子たちは俺の両足にしがみつく。
「ちょ、ちょっと、なにするんだ!?」
俺はもがくも、両足はなぜか重い枷がはめられたかのように全く動かない。
そうしている間に、女の子が俺の真横にやってきた。
「トリック・オア・トリート。お菓子がないならイタズラするから」
「イタズラだ!」
「イタズラだ!」
女の子が手に持っていた魔法のステッキをふりかざす。
するととつぜん、俺の体は地面にしばりつけられた。
「おわっ!?」
ど、どうなってんだよ、これ……!?
首以外の部分が、どうやっても動かない。なにか強い力に上からのしかかられているような感覚。
わけもわからないまま混乱している俺へ、女の子は言い放った。
「イタズラかお菓子か――。お菓子がないなら、イタズラよ!!」
女の子が、魔法のステッキを勢いよくふりおろす。
その瞬間、俺の視界が急に真っ白になった。
「う、うわああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
そして、俺の意識はとぎれた。