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5:フランケンより怖い

 たび重なる「トリック・オア・トリート」に、俺の心の疲弊はピークに達していた。

 正直、ここまで連続でこられるとは思っていなかった。いったい何人の人が、このイベントに参加しているんだろう。

 さっきの人見知りのゴスロリ少女なんか、嫌々こさせられたようだったけど……。もはやこの町の伝統行事と化していて、中高生あたりまでの子どもたちは参加必須なんだろうか。チラシにはそんなこと、どこにも書いてなかったけど。


 それにしても、いくら初対面の人と話すのが苦手だからって、LINEのメッセージで代用するなんて。しかもそっちの方がテンション高いし。いかにもいまどきの子って感じだったな……。

 でも「トリック・オア・トリート」くらいはいきおいよく言ってもらったほうがわかりやすいかな。そんなことを思いながら、俺はレトルトカレーの袋を皿にあけた。

 すると玄関から、本日五度目のチャイムの音が届いた。


 またか――。

 ほんと、もう胃袋が限界なんですけど。なにか食べさせてください。

 居留守を使おうか、とも思ったが、家の明かりがついているからバレバレだし、なにより子どもたちの訪問を無視するのは俺の良心がとがめる。やはり出るべきだろう。

 俺はひとつ息をついてから、玄関に向かった。今度はどんな子だろう。サンダルをはき、俺は扉を開け――


「トリックオアトリートっつってんだろおおおお! さっさと菓子だせやあああ!!」


「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 ――ようとしたところで逆に扉が開かれ、外から強烈な怒鳴り声がした。思わずひるむ俺。

 みるとそこには、どうみても大人にしか見えない男の姿があった。三十代から四十代といったところの強面で、下からじろりとこちらをにらみ上げている。右の眉に切り傷があり、あごひげが濃い。そんな男が顔と額にメイクでしわをかいており、髪は角の立ったオールバック。

 おそらくフランケンシュタインの仮装のつもりだろうが、俺には借金の取り立てにきたヤ○ザにしかみえなかった。


「え、ええと、あの――あなたもその、ハロウィーンイベントの参加者ですか」


「なんや。わいが参加しとったらおかしいんか。あ?」


「いえ、おかしくありません……」


 あまりの威圧感に無条件でおされる俺。


「で、でも、家にお菓子をもらいにくるのって、子どものやることかなと思っていたもので……」


「なに寝ぼけたことぬかしとるんや。この町やったら大人も子どももみんな参加しとるやろ。わけわからんこというとったらいますぐおのれのど頭ひっつかんでベランダのガラス戸につっこますぞ!」


 そういって男は扉の横にあった郵便受けの足をけりとばした。


「ひいっ。あ、あの、分かりました……すぐにお菓子をもってきます!」


「わかったらええねん。はよ耳そろえてもってこいや!」


 俺は借金をとりたてられる債務者の気持ちで部屋に戻った。

 最悪だ……最悪のお化けだ。

 ってか、なんであの人はあんな半ギレの状態で仮装してるんだろう。わけがわからない……。


 俺は適当がお菓子がないか探した。だがさすがにかなりネタ切れだ。置いていたものは残っていないし――。

 ほかにお菓子と呼べるものは、冷蔵庫の中のシュークリームくらいか。出張帰りに買ってきたもので、晩飯を食べた後でいただこうとしたんだけど――。

 でも、どうみてもカタギでないあの人にシュークリームなんかあげて喜ぶだろうか。


「おい、さっさともってこんかい!!」


「は、はいぃぃっ!」


 ――もう選んでいる余裕はない。

 俺は冷蔵庫からシュークリームをとりだすと、玄関にかけ戻った。


「お、おもちしました! すみません、こんなものしかなかったんですけど……」


 手のひらサイズのお菓子を両手でさし出す俺。

 フランケンシュタイン男は、俺の手の上にあるシュークリームを凝視した。これ以上ないほど眉根を寄せたまま、何もしゃべらない。

 やばい。怒ってる……?

 ビクビクしながら、ただひたすらじっとしていると、男はいきなり俺の手からシュークリームを奪い取った。


「おのれ……こんなもんもってきやがって……!」


 や、やっぱり――

 やっぱり怒ってる――!

 もうダメだ……俺はこのまま怪物・フランケンシュタイン男の手によって頭をつかまれたままベランダに引きずられ、ガラス戸にたたきつけられて血のパーティを演じるんだ……。


 絶望的な気分でうなだれていると、男は体をふるわせながら、俺にむかってついに声を荒げた。


「――これは、わいがずっと前から食べたかった、パトリ天音屋の『絶品生乳ネオシュークリーム』やろうがあああ!!」


「はいぃぃぃぃぃ! もうしわけありませんんんんんんんん?」


「わいがスイーツ好きなん、なんで知っとんねん。おのれ、やるのう!」


 そういいながら、男はさきほどまでの険しい顔がうそのように、ほおをゆるめたほがらかな顔つきになっていた。


「おおっ、甘い……。これめっちゃ甘いわ。ほんで牛乳の味もするし……うまいなあ」


 まさにご満悦という字をそのままはりつけたような男の顔。

 シュークリームを食べて喜ぶ強面のフランケンシュタイン……。ちょっと気持ち悪い。


「こんなもんがあんねんやったら最初からもってこいや。わい、またアメとかチョコとかいうふざけたもんもってくるんか、思うとったで」


「はぁ……」


 俺がぼう然としている間に、男はシュークリームを完食した。


「ごちそさん。ほなな。またくるわ」


 いえ、もう結構です。

 ――とはいえず、俺はただ引きつった笑顔で上機嫌のフランケンを見送った。


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