4:ゴスロリは人見知り
重い体を引きずるようにして部屋に戻った俺は、とりあえずソファに倒れこんだ。
なんかすごく疲れたような気がする……。
ああ、なんであんなテンションの高い人たちばかりくるんだろう……。お菓子をあげればいいだけだと思ってたら甘かった……。
さっきのアイドルの子、かわいかったけど、ノリが激し過ぎだよなぁ……。もう少しおとなしかったらファンになってたかも……。でもネットだとあれくらい個性の強いほうが人気でるのかなぁ……。
いままでアイドルになんて思いをはせたことがなかった俺をここまで考えさせるあたり、やっぱり「らんたん」にはひとかたならない魅力があるのかもしれない。
――そんなことより、おなかがへった。
残る力をふりしぼり、俺は台所へむかう。もう今日の晩飯は冷凍ごはんとレトルトのカレーでいいや。
俺は電子レンジで温めていたご飯をとりだし、器にあけた。続いてカレーを――
と思ったところで、またも玄関のチャイムが鳴った。
そろそろ晩飯くらい食べさせてください。
そう思いながら、俺はとぼとぼと玄関にむかった。次はどんな子だろうか。できれば、あまりテンションの高くない、落ち着いた子がいいな。
玄関の扉をあける。目の前にたたずんでいたのは、また女の子だ。中学生か、高校生なりたてくらい。
「と、トリック……オア……ト……リ――」
コウモリのイラストがあしらわれたゴスロリっぽい衣装をきた、紫色の眼鏡をかけた女の子は、視線をさまよわせながら小声でつぶやくと、なぜかうつむいてしまう。
「ちょ……やっぱりムリだし……。男の人がでてきたし……。ひとりで知らない人の家にいってお菓子をもらってくるとかぜったいムリだし……。トリックオアトリートとか恥ずかしくていえないし……」
手にしたスマートフォンをみながらなにやらひとりでぶつぶつ言っているが、よく聞きとれない。
「町のお祭りだからってむりやりこさせられたけど……やっぱりやめればよかった……。なんで私がこんなことしなきゃいけないんだろ……私、極度の人見知りだし。やっぱりムリだし。ぜったいムリだし。しかもここ男の人ひとり暮らしみたいだし、女子ひとりでくるとか危ないし。雪村さま助けて雪村さま」
スマホの画面に話しかけながら、ついに後ろを向いてしまう女の子。
ええと、これはどう対処したらいいんだ……。
「あの……。君、ハロウィーンのイベントで、きたんだよね?」
「やばっ、話しかけてきた……。どうしよ、どうしよ……。雪村様、助けて。ハロウィーンとかより雪村様の情愛レベル上げるべきだった。限定イベントあったのにスルーしちゃったし。ごめんなさい雪村様ごめんなさい。どんな罰でも受けます。帰ったら課金してチケット買ってレベル上げるから。とにかくこの重苦しい状況から救ってください……」
ちらちら見え隠れするスマホの画面には、和服を着た甘いマスクのアニメ風の男性が表示されている。あまり詳しくはないが、たぶん女性向けの恋愛ゲームかなにかだろう。
「ええと、とりあえず、お菓子をあげればいいのかな」
俺がそういうと、ゴスロリ少女は警戒するような目つきでゆっくりとこちらをふりかえり、またすぐさまスマホに視線を落とした。
「ダメダメムリダメ。やっぱりダメ。男の人と話したことなんかここ三年くらいないし。しかも知らない人だし。いきなりお菓子をもらうとか、ハードル高すぎだし。ありえない。でもこのまま帰ったらそれはそれで気まずいし。どうすればいいの。この重苦しい状況。どうすればいいの」
訊きたいのは俺のほうだ……。
「えと、あの……怖がらなくてもいいからさ。こっち向いて話してくれないかな……」
そういう俺に、女の子はまたゆっくりとこちらをふり返る。見上げてはいるが、視線はあさっての方向だ。
とにかく警戒心をとかないと。俺はできるだけやさしい口調で、彼女に伝えた。
「お菓子をもってくればいいんだよね。じゃあ、いまからとりにいってくるから――」
「だめっ」
女の子がぶんぶんと首を横にふる。
「い、言って、ないから……」
「え?」
「と、とと、ととと……とり……く……おあ……とり、と……言ってないから……」
「…………」
「と、ととと、ととととと、ととととととととととと――」
「ああ、わ、わかったから……。トリック・オア・トリートだね」
女の子がぶんぶんと首を縦にふる。本当に、極端な人見知りだ。
「と、とり、とり……あ、あの……」
「いいよ。もうわかってるから。いまお菓子、とってくる」
「あああ、あの……ダメです……」
「えっ」
「い、いわないとダメだし……と、とり……」
変なところにこだわりがある子だな……。
「あ、あの……と、とり……」
トリック・オア・トリートといいたいが、恥ずかしくていえない少女を前に、俺もなんといっていいかわからなくなる。
しばしの沈黙。少しして、女の子は小声で言った。
「……ら、LINEで話すのとか、ダメですか」
「LINE……」
……まあ、いいけど。
俺はスマホをとり出すと、彼女とLINEを交換した。再び後ろを向いてしまった女の子から、さっそくメッセージがくる。
[トリック・オア・トリート~♪ 面倒なことさせてしまってごめんなさいm--m お菓子、よろしくお願いしま~す!]
なんか明るい……。しかもカボチャのランタンのスタンプつき。
俺は妙な気分のまま部屋に戻り、棚の隅にあったキャンディのつめあわせを手にした。友人の結婚式の二次会でもらったやつだ。
玄関に戻って女の子に渡す。
「はい。ごめん、こんなのしかないんだけど……」
差し出した袋を、女の子はおそるおそるといった感じでつかみとると、すぐさま後ろを向いてスマホを操作した。数秒後、LINEにメッセージがくる。
[お菓子、ありがとうございました(^-^) それではこれにて失礼します。よい夜を~♪]
そのまま彼女はこちらをふり返ることなく、玄関を去っていってしまった。
世の中、いろんな人がいる。そう思った。