第九話 趣味
━入隊十日目━
「…おはよう……」
「……ああ」
憂鬱な気分で春士達は目覚めた。
気分は優れなかったが、裏腹に蝉の声はいつものようにただ煩く鳴り響いていた。
なぜ春士達がこんな気だるさに襲われているかというと、前日の黒間の話が忘れられないからだ。
話は一昨日の7月27日に遡る。
春士達が入隊して八日目だ。
その日は朝食の時間、黒間と瑛斗が共に朝食する光景は見られなかった。
というより黒間の姿が見当たらなかった。
仮想訓練も7日目のように黒間は1人常人離れした動きをし、他を圧倒していた。
終わった後、気を失うことは無かったが、その目は言いようもない殺気を放ち、正気を失っていた。
瑛斗が話しかけ、なんとか正気に戻したもののやはり本人は何があったか覚えていないようだった。
夕食の時、瑛斗は黒間を春士達の前に連れてきた。
黒間は、はじめは春士達と話そうとしなかったが、瑛斗を介して話していくうちに打ち解けることができた。
トランプをして没収された話をしたときなど、黒間の笑った顔も見られたものだった。
しかし、その顔にはどこか影がかかっているように見えた。
翌日から食事の時間は春士達のメンバーに黒間が加わることとなった。
この日は前日自己紹介などしていたため黒間が春士達と会話する場面も少し見られた。
「え? 黒間ゲーセンとか行ってたのか?」
瑛斗が驚きの声をあげる。
毎度のことだが、気付けば装填の訓練の時間は駄弁る時間となってしまっていた。実は全員ヒソヒソと風越少尉にさとられないよう喋っている。
「……まあ、結構…できるよ」
「ゲーセンだったら、桐李も結構行ってたよね」
「まあな」
「本当?どんなゲーム……やってた?」
「そうだな、Devil Of Warとか知ってるか?」
「知ってる! すごいやってた!」
「俺も一番のお気に入りなんだよ!」
「僕はあのキャラ使ってて……」
「おー、なるほど……」
桐李と黒間はすっかり意気投合したようで、春士、瑛斗、高色の3人は蚊帳の外となっしまった。
しかし、そんな一面を見たとはいえ、相変わらず黒間は仮想訓練で人が変わったようにアルターを殺しては殺し、それが終わってもまだ正気を失った目をした黒間を、瑛斗が正気に戻していた。
黒間が気を取直した後また何か覚えていないか質問したところ、その時もやはり何も覚えていようだった。
その後は特に何も無く、いつものようにいつものメニューをこなしていき、夕食の時間まで時間は過ぎるのは早かった。
「ねえ、聞いてもいい?」
高色がそう言ったのは、最後に配給食を受け取った春士が席に着いてからすぐのことだった。
「何……かな?」
その質問が黒間に向けられた質問だというのはこの場の全員理解していた。高色が黒間をしっかりと見据えているからだ。
「沖縄で一体、何があったのか──
──なんで黒間君は生き延びることができたのか」
5人の間に沈黙が流れる。
まるでそこだけ時間が止まったかのように。
「いや、やめとけよそれは。思い出したくないこともあるだろ。なあ黒間?」
瑛斗が黒間に答えなくてもいい、と促す。
しかし、高色を除いた3人も真剣な表情をしていた。
「いや、言うよ。誰かには話しておきたかったんだ。それに、毎回話してくれる瑛斗に悪いから……」
黒間がそう言って、また静寂が5人を包み込む。
しばらくした後、黒間はためらいながらも口を開いて話し始めた。
「異変があったのは5年前だった──
そして黒間は当時の事を語り始めた。