第七話 瑛斗と黒間
━入隊七日目━
「あ…た……まえ…は……?」
「……」
誰…だ……?
「へ…じゃ……くんだね…」
「……」
よく…聞き取れないな……
「……くんは…な…して…たい?」
「……」
ああ…でも…なんだか懐かしい…ような……
「た……いね…」
「……」
「おはよう春士ぃ!」
二段ベッドの上から生じた声で春士は目を覚ました。
「……おはよう」
「どうした、朝からそんな顔して」
「いや、何か夢を見ていたはずなんだが、思い出せなくてな」
「よくある事じゃねえか。たまに何かがきっかけで思い出すこともあるし、うだうだしててもしょうがないからな。起きろ起きろ」
『実は起きてすぐの方が夢の内容を思い出しやすいんだがな。だが瑛斗の言う事も一理あるし、ここは起きるとしよう』
もろもろの言葉は起きたばかりで口が重たく、喉から先へと出ることはなかったが、そう思い、春士は着替えて早朝訓練へと向かった。
窓の外から聞こえる蝉の鳴き声はまだまだ衰えそうもなかった。
「おはよう黒間!」
「…ぉ…ょぅ……」
入隊七日目にして黒間は瑛斗の挨拶に答えるようになった。
二日目の朝に比べ大きな進歩だ。
春士もずっと二人の会話(実際には瑛斗が一人で話しかけ続けていただけなのだが)を聞いていたが瑛斗の忍耐深さには称賛を禁じえなかった。
「なんでいつも女物の、髪留め?ブレスレット?つけてんだ?」
「……」
「まあいいけ──」
「あのさ! なんで毎朝僕に話しかけるの? 一緒にご…飯食べる人…いるよね……」
黒間は瑛斗の声を遮るほど大きな声を出したがそれはすぐにしぼんでいった。
初めてそんな声を出されたため瑛斗も一瞬驚いたが、すぐに顔を戻し黒間からされた質問に答えた。
「なんでって、別に誰と食べようと、俺の勝手じゃないのか」
(答えになっていないような気がするんだが)
春士は心の中でそう突っ込んだ。
「でも……」
黒間も納得していないようだった。
「じゃあそうだな、強いて言うならお前と話したいから、じゃ駄目か?」
瑛斗は答える。
(ああ見えて優しい一面があるからな、さしずめ初日のことで誰からも話しかけられそうになかった黒間に話しかけてやったんだろう。それを言わないあたり、あいつらしいとも言えるがな)
一週間共に暮らして春士は瑛斗の性格をほとんど理解していた。
黒間はそれ以上何も言わずいつもの通り瑛斗が食べ終わるのを待っている。黒間からはもう初日のような近寄り難さは無くなっていた。
その日は昨日までとは一変し、所々で黒間から瑛斗に話しかける箇所が傍目から見ることができた。
それは主に体力付けの準備運動の時や、日課となった弾入れの時間に見られた光景だった。
「あいつ、なんか変わったな」
桐李が話しかけてきた。
「そうだな、まあ瑛斗のしつこさが報われた感じだ」
「ものは言いようだな」
「桐李、それ使い方違うよ……」
高色に突っ込みを入れられた桐李だった。
この時には既に、全員手元を見ずとも弾を装填出来るようになっていた。
その作業が終わるといつものように少尉の声が響き渡る。
「さて、そろそろ皆体力も付いてきたし弾の装填にも慣れてきただろう。今日から、新しいメニューを加える」
そう言って何かリモコンのようなものを操作したと思ったら初日と同じモニターが天井から出てきた。
「もう分かるとは思うが、新しいメニューとは仮想訓練だ。初日と同じように進めようと思うが、難易度は中級normalにし、時間を二十分に増やす。心配するな。体力が増え、振動砕の使い方もある程度覚えたのだからむしろ初日よりも楽に感じるはずだ」