第四話 黒間唐月
訓練を終えた春士は、瑛斗とともに、高色、桐李の元へと帰っていった。
瑛人は2人に何かを期待していたようだが、しかし、彼らの目線は春士、瑛斗には向いていなかった。
高色、桐李だけではない。
モニターを見ていた十五期生全員の視線が一人の男に集中していた。
「どうしたんだ?」
「いや、僕たちも春士や瑛斗達を見るつもりだったし、実際初めは見ていたんだけどね」
そう言って高色は一つのモニターを指差した。
そして、
「53……」
瑛斗は口から漏れてしまったように呟いた。
桐李が言った。
「途中から俺たちもあいつを見てたんだが、なんというか、完全に振動砕の使い方が分かっていた。春士も凄かったが、奴はそんなもんじゃない。まるで何度もアルターと交戦したことがあるかのようだった」
「なんで今更軍に入ったんだろうって感じだよ」
驚異の記録を出した張本人が部屋から出て来くると、思わず誰しもが質問しに行きかけた。
が、それらは全て中断された。
彼が異常な近寄りがたさを醸し出していたからだ。
自然と出来た沈黙を打ち消すかのように、風越は彼の名を呼んだ。
「おい、黒間」
彼の名は黒間唐月。元々無口なのか、声が小さいのか。はじめにあった声出しの時も頑なに大声を出そうとはせず、風越の反感を買った人物だった。
「お前何か武道や軍事関係の経験があるのか?」
「……」
黒間は答えなかった。
それから風越少尉は振動砕の使い方はどこで覚えたのかだの、アルターとの交戦経験があるのかだの、いろいろな質問をした。だが、それらのどれにも黒間は答えようとしなかった。
「じゃあ最後に1つ、失礼だとは思うがお前の出身はどこだ?」
どんな質問をしても答えそうになかった黒間は、しかし、その質問には静かにこう返答した。
「……沖縄です」
黒間は沖縄出身だった。
沖縄……アルター出現後、波照間島の次に侵略された場所。
当初はアルターの何もわからず対処する間もなく、沖縄に住んでいた人の生き残りはいないとまで言われたほど隅々までアルターの侵攻が及んだ場所だった。
そんな中この黒間という男は一体どうやって生き延びてきたというのか。
「……」
黒間はやはりそれ以上は何も言わず、静かに部屋の片隅に座り込んだ。
訓練はその後順調に進み、無事8人×12回全員が終わった。
その日は他に大したこともせず
入隊一日目はあっけなく終わりを迎えた。
──春士達が入隊して二日目──
その日も前日に続き、夏場の暑い日差しが差す晴天だった。
朝の体操(といってもこれも訓練の一貫でハードな内容なのだが)が終わってから食堂で朝食を食べようとした時だった。
「よう、黒間。お前、昨日はすごかったな」
誰も話しかけようとしなかった黒間に話しかけたのは、春士の同室の住人の瑛斗だった。
入隊二日目にして、早くも瑛斗のことを理解しつつある自分に春士は気付かない振りをして、自分の一つ後ろの机にいる二人に少しだけ聞き耳を立てる。
「……」
黒間は昨日同様何も喋らない。
しかし今瑛斗の前に座っている黒間には昨日の殺気は微塵も感じられなかった。
ただ同年代とは思えないほどの背の低さが特徴の無口な青年だった。
「あの記録には驚いたよ、俺なんか全力でやって20にもいかなかったのに」
「……」
黙々と朝食をとる黒間に瑛斗はめげずに話を続ける。
「それで、昨日の夜は……」
ガタッ
おもむろに黒間が立ち上がった。
「……」
結局最後まで何も言わず黒間は朝食を食べきりそそくさと食堂を出ていった。
一人になった瑛斗に春士が話しかける。
「おい瑛斗」
「……」
「黒間の真似かよ」
さすがの瑛斗も少しだけ傷ついたようだった。
ゆっくり更新していこうと思います