第二十七話 急変
──3時間前
「やっと帰ってきた〜!」
「長かったぜ〜」
「お前は何もしてないだろうが」
戦いが終わり、疲弊しているように見えた第十五期生の面々。しかしハンヴィーに揺られ、基地が遠目から見えてくるやいなや、途端に元気を取り戻したようにざわめきだした。
「うっ……」
「起きたか唐月」
同じ乗り合わせていた桐李が唐月の目が覚めたことに気が付いた。桐李は、唐月が起き上がる前に安静にしとくように言おうか、とも考えたがそれより前に唐月が食いつく様に訪ねてきたのでその考えは一旦止められた。
「ア、アルターは!? どうなったの!」
「落ち着け唐月。まだ体が痛いだろう」
「そう、言われるとね……」
唐月が痛がるのも無理もない。というよりは本来ならもっと痛がって然るべきなのだ。
肋骨や腕の骨。服のおかげで負傷は少なくすんでいるものの、唐月の特攻は他の4人と比べても明らかに違い、その分くらった攻撃も多かった。故に春士が重症なのも周知の事だが、唐月も相当体に負担をかけていた。
上半身だけでも軽く見積もって20。それくらいの骨を折っているのだから。
春士が重症なのも周知の事だが、腕に応急処置の包帯が巻かれているあたり、唐月が体に負担をかけていたのも容易に見て取れた。
「安心しろ。倒したよ。まあおかげで春士の腕がとんじまったけどな」
「え……大変じゃないか! 春士は今どこにいるの!」
「だから落ち着けって。はぁ、お前少尉の話聞いてなかったのか?」
「話……?」
「そうだよ──
そうして桐李は現が瑛斗に話したことと全く同じことを唐月に説明した。内容は割愛させてもらう。
それにしても、このことを今日初めて知る人が2人もいることは、流石の風越でも聞けば怒りそうなものである。
「え、そんなこと言ってたの……」
「まったく、知らないのお前くらいだぞ」
桐李はそう言った後、風越が話している時に話を聞いていなかったもう一人、唐月の隣にいた者の事を思い出した。
「……いや、お前だけじゃないな。多分、もう一人いた」
「え、誰……って、なんとなく分かったよ」
「お察しの通り、瑛斗だ。瑛斗もお前も堂々と寝てやがったからな。いつ怒られんのか楽し……ひやひやしたが、結局怒られなかったな」
「え、なんか今友達とは思えないような心情が聞こえた気がしたんだけど……」
「ん? どんな?」
「なんか僕達が怒られるのが、楽しみ、みたいな……」
「はっ、俺がそんなこと言う奴に見えるか?」
「見えなかったけど、今印象が変わった所だよ」
桐李の冗談も唐月の反応も、基地が見えてきてもう安全だ、安心だ、という思いからきたものだ。2人だけでなくどの車の中でも殺伐とした雰囲気はなかった。しかし、彼らは春士や唐月のような怪我人の事を忘れたりなどしない。
だから、帰ったらまずはこの怪我人達を医療室に連れていかなければな、という空気も自然と流れ、少しソワソワとした雰囲気はあった。
とりあえずは、このままこんな会話を続けているうちにすぐ基地に着くと、誰もがそう思っていたそんな矢先だった。
「どうしたんだ?」
突然車が走るのを止めた。一番先頭の車両が止まっていたので必然的にそこから後ろの車も止まることになる。
「お、おい、あれ何だ?」
運転席に座っていた仲間が何か見えたようで、桐李も助手席と運転席との間から何があるのか見ようとした。
『緊急事態発生、緊急事態発生。基地周辺にアルターの出現を確認。対象は基地内部にまで侵入している可能性有り。戦えるものは速やかに臨戦態勢に入られたし。繰り返す、基地周辺にアルター……』
不意に備え付けられた無線レシーバーからノイズと共に最悪な報せが流れた。
こういう時に限って最悪なことは重なってしまうもので、続けて流れてくるものもまた苦しい状況を作り上げる一因となった。
『こちら三号車、翠葉の様態が急変しました! 損失した腕の箇所からの出血が止まりません! 早急な対処が必要と思われます』
全てのハンヴィーに報せが行き届いた頃には皆混乱し、収集がつかなくなっていた。
すぐに討伐に向かおう、翠葉たちはどうする?、いや先にアルターが、基地はどうなってるんだ……
それぞれがそれぞれの車の中で言い争う。
しかし一台のハンヴィーに乗っているのはせいぜい6人。争っても意味がないということは少し考えれば分かりそうなものだが、この状況から無意識に目を逸らそうとしているのか、全員その考えを避けるようにひたすら口を動かしていた。
このとりとめのない状況を収めたのは風越だった。レシーバーから聞こえる彼の声。無線機越しでもかなり大きい声だというのが分かったのは、所々音が割れていたからだ。
『落ち着けお前達!』
風越がそう言うと今までの喧騒が嘘だったかのように静かになった。
『翠葉と黒間を乗せている三号車と五号車はそのまま進め。他のに乗っている奴らは三号車と五号車がアルターどもの間を通れるように援護し、道をつくれ! 作戦は1分30秒後に開始する。各人、すぐに取り掛かれ!』
ノイズが止まって3秒程の硬直の後、兵士達は素早い手馴れた手つきで武装を装備し始る。混乱は収まり、切り替えは完璧。1年間の訓練の賜物だ。
車から降り、残り少ししかない弾を配分、装備し、後部座席に積んである振動砕をとって全員が揃うのを待った。
「ねえ僕まだ戦えるんだけど!」
「お前、まだそんなこと言ってるのか」
一方の5号車では唐月がよく分からない駄々をこねていた。腕には包帯を巻き、身体中傷だらけにも関わらず、まだ戦える、そう豪語する唐月の姿があった。
「だって、僕まだ何も……」
その痛々しい様子がずっと目に入っていた桐李にとって唐月の言うことは、無意識のうちに苛立たせるものとなった。
「お前、いい加減にしたらどうだ! 自分の身体を見てみろ!」
桐李に一喝されなんで怒っているのか分からない、という風に唐月は自分の身体を見る。
「い……」
「ほら分かったか? 分かったら大人しく……」
「痛、い……」
「え?」
突然唐月が桐李の方へ倒れてきた。体の脱力具合から気を失っていることは明白だった。
「おい、どうした唐月、おい!」
気を失ったのは自分の体を見てからだった
今更痛みが来たのか?
いやさっきも少しだが痛そうにしてたし……
分からない……
一体どうなってるんだ、お前は
そんな思案を巡らせながら桐李は前の座席にある無線機を口に近付けた。
「こちら五号車、黒間が倒れました。作戦通り三号車と共に帰還させてもらいます」
そして作戦は開始された。
──作戦開始の少し前、瑛斗と現が乗ってている六号車では運転席と助手席に乗った、瑛斗と現ではない仲間の会話が繰り広げられていた。
「おい、こいつら寝ちまってるぜ。どうする? 」
「こんなにうるさいのに起きねえってのは呑気なもんだな」
「起こすか?」
「いや、まあよくないか? さっきは俺達あんまり役に立ってなかったしな。ここは休ませてやろうぜ」
「だな! また役目与えてちゃあ俺達のいる意味が無くなっちまう。じゃ、行くか!」
この判断が間違っていたのか、それとも正しかったのか。
それを知る術はこの時の彼らには無かった──
作戦開始から30分経過したあたりで、春士を載せた三号車と、現と桐李を乗せた五号車はなんとか無事に車庫へとたどり着くことができた。
この二台以外のハンヴィーはアルターを確認した時の場所に乗り捨てた形になっている。
いつもならボタンを押せば開くはずのシャッターは閉まったままで、一刻を争う状況から桐李は基地の表の入口に回ることを提案した。
「でも、この中を進んでいくのかよ!」
五号車の前の座席から声が聞こえた。確かに今五号車の前には、荒野で春士達が倒したはずのアルターが復活したかのように思えるほどの大量のアルターが地を覆い尽くしていた。
「なんだよこれ。さっきまでこんなにいなかっただろ」
桐李が下をむいて唐月の看病をしていたのはほんの5分ほどだが、その5分の間にアルターは超加速度で増えていた。桐李が唖然としている間にも増え続けている。どこから生じているのかは、相も変わらず分かりそうになかった。
シャッターは開かない。回り込むのも時間がかかるのは目に見えている。
どうすればいいか分からなくなったとき、また、風越と仲間とのやり取りが聴こえた。
「壊せ! シャッターを壊すんだ!!」
「え、でも……」
「細かいことはいい! 振動砕を使えば簡単なはずだ! 時間がない、早くするんだ!」
その直後目の前のシャッターが大きな音を立て吹き飛んだ。衝撃で近くにいたアルターを仲間共々吹き飛ばしてしまった。
衝撃の余韻がまだ消えないうちにアルターはシャッターの内側に入ろうと動き始める。
「三号車、五号車、早く行け!」
風越がアルターを倒しながら太い声で言う。
運転席に座っていた仲間は我を取り戻し、車を直進させた。
「基地には絶対に入れさせねえ!」
という仲間達の声が背後から聞こえた。
前のと感覚が空いてしまいました〜
すいませんm(_ _)m
あれ、なんか最近謝ってばっかのような……(^ω^;)
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