第二十一話 初遠征Ⅰ
15期生が入ってきてから1年の月日が流れた。彼らの顔つきもすっかり変わった。
俺も多くの兵を指導してきたが、こんなにも成長が早い奴らは見たことがない。
はじめの3ヶ月程は一抹の不安はあったもののそれからは驚くべき早さで伸びていき、その実力はもはや前線で戦う兵士達と遜色無くなっていた。
もちろん、たった1年やちょっとで遠征など聞いたことがない。
やはりこの15期生が特別なのだろう。特に成績上位の黒間唐月、翠葉春士、それに佐々瑛斗はじめ他第3班はその中でも郡を抜いている。
第3班は最初こそお遊び気分で来ているのではないかと目をつけていたが、どの班よりも自主練をしていたのを見る限りどうやらそうではなかったらしい。
今では俺の同期にも匹敵するかもしれない実力を備えている。
黒間に関しても、初めて見た印象は何か闇を抱えていて誰とも関わらないというようなオーラを出していて心配していたが、この1年で随分明るくなったものだ。
圧倒的だった黒間に追いついたのが翠葉春士だ。この男も初めは金目的で入ってきたのかと思っていた。
なぜなら意志が感じられなかったのだ。
復讐心だったり、正義感だったりというものが感じられなかった。
だから初訓練の成績が良くてもそれよりは伸びないとその時は思っていた。
だが違った。彼は成長した。
最後までそういった意思を目に灯すのは見られなかったが、きっと彼にも何かしらの理由があり、それこそ俺の知る所ではないだろう。
さて、例年の訓練のメニューより厳しくした筈なのになぜここまで根を上げずについてきたのだろうか。
・・・いや、実は知っているのだ。
15期生が入隊してちょうど1ヶ月経ったくらいだろうか、深夜に廊下を徘徊している時だった。
盗み聞きするつもりは無かったのだが、佐々達が話しているのを聞いてしまった。
俺としてもあれほど衝撃な過去は聞いたことがない。
おそらくそういった経験をしているのは佐々だけではないだろう。本土にアルターが来てからの入隊者たちだからな。
俺にもそんな奴らを出来ればこれ以上悲しませたくないというのはある。
だが、戦わせないわけには行かない。
彼らもそのために入ってきたのだし、なんにせよウチは常に人員不足だ。
アルターによる負傷者は後を絶たない。
訓練中も脇を怪我人が運ばれていくのをよく訓練生も見ていた。
だから使えるものは使う、という理論で上は15期生を前線近くに送り出すという指示を出した。
仮想訓練の上級normalモードであれだけの成績を出していれば問題はないと思うが、やはり少しは不安である。なにせ初めての実践だ。
いくら出来る、と言ってもやられる時はやられるものだ。
俺の同期にしたってそう。
絶対に大丈夫だと思ったやつでも怪我して帰って来ることなんてざらにある。
まだ1年しか経っていない奴らなら尚更その可能性は高い。
最後に俺にせめて出来ることは、それを教えてやることだけだ。
アルター対策広島本部第11部長の風越竜影はそんなことを考えながら、第十五期生の面々が集まるのを大広間で待っていた。
* * * * * * * * * * *
遠征前の休憩時間だというのに春士は余り緊張していなかった。
寧ろ少し気を抜くと今日が遠征だということすら忘れてしまいそうな様子だった。
部屋で専用のバッグに荷物やエネルギーが蓄えてある弾を入れ込み、準備を終えた春士は特にやることもなかったのでその場にいた高色と桐李に声をかけ一緒に行く事にした。
(思えばこの二人も随分強くなったものだ)
感慨深く思う春士は2人の準備が終わるのを待つため窓の外へと目をやった。
ふと思ったことは、そういえば今年の蝉は去年に比べておとなしいな、ということだった。
去年とは打って変わって不気味なほど静かな蝉に違和感と奇妙な不安を覚えながら足元にちらほらと見える蝉の抜け殻を見つつ、鉄の床と靴のぶつかる音を鳴らし歩いていった。
「遅いぞ、春士」
大広間には早めに着いたはずなのに、着いて早くも非難された。
話し掛けてきたのはいつもはギリギリに来るはずの瑛斗だった。
その瑛斗の遠い向こう側には風越が腕組みをして黙って立っていた。
「悪い、現が準備に手間取ってな」
「酷っ! 春士が誘ったから僕急いだのに」
「まあそれは置いといて。どうした瑛斗、今日は早いな」
「ああそのことか。俺ちょっと緊張しててさ。だって今日で死ぬかもしれないんだろ」
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ。少尉も言ってただろ。初遠征で死ぬやつはそうそういないよ。俺達がやるのはあくまで援護、後方支援だ」
「それはそうだけどさ、なんだか嫌な予感がすんだよ。確信とかはないけど何かこう、な」
「なんだよそれ。そんなこと考えてたら本当に死んじまうぞ」
「うっわまじか、じゃあやめとこう!」
「良かった、いつもの瑛斗だ」
「そういう現はどうなんだよ〜」
「えっ僕? 僕、もまあ緊張してるかな〜」
「現、死ぬのか……」
「死なないよ! 桐李まで間に受けないで!」
このような会話を続けていくうちに、とうとう全員の遠征に行く準備が整った。
整列して、風越が口を開けるのを待っていた。出発する前に風越が話したいことがあるそうだ。
「皆、少し言いたいことがある。君達が入隊してから早くも1年がたった。私の長い経験の中でも君達の成長速度は確かにずば抜けている。それぞれ信念や己の中に掲げるものがあるだろう。だがこれだけは忘れないでくれ。訓練して強くなってもそれでも死ぬ可能性は常に付き纏ってくる。どれだけ注意しても、し過ぎるということはないんだ。教えた通りにやれば必ず無事に帰って来られるはずだ。少し大げさかもしれないが、絶対生きて帰ってくるぞ!」
大広間に歓声が轟く。そうすることで春士達は自分達を奮い立たせた。叫んでいる新兵達に聞こえはしなかったが、その声につられるように蝉が去年よりもいっそう大きく鳴き始めたのだった。
一同はあるシャッターの前まで連れてこられた。今まで開いているのを見たことがない、飛行機をしまう事のできそうな見上げるほど大きなシャッターが開き始めた。
シャッターか開く時特有の金属が擦れる音がした。
完全に開ききった後何人か基地に残して遠征に赴いた。
基地に残っているのは新兵だけでなく風越のような熟練の兵士もおり、また兵士でない雑用をしてくれる人や朝昼晩の食事を作ってくれる人もいた。
なので基地がもぬけの殻になることはない。
春士達は基地から20キロほどの距離を何台かのハンヴィーという軍用の車で移動した。
正確にはハンヴィーという種類の車の一種なのだそうだが。
車は思ったよりも速く、春士達は目的地に着いた。
そこは風越と似たような年の兵士達が前線でアルターと交戦しているのをかろうじて視界に捉えることが出来る場所で、つまり前線からは遠く離れた場所だった。
確かにここからでもアルターの数が尋常でないのが見て取れる。
だが恐れることはない。
アルターの群れと春士達の間にはベテランの兵士がいて、今いる場所は見晴らしがよく、さらに大きな川を挟んでいるのだから。
だというのに先頭に立つ風越を見ると、いかにも緊張し前線にいるかのような顔付きだ。
「来るぞ! 各自振動砕を構えろ!」
突然であったにもかかわらず春士達は言われた瞬間に振動砕を取り出し、構えた。風越は振動砕がグローブ型なのでボクシングのような構えだ。
しかし風越はそう言ったものの新兵には風越が何を警戒しているのか分からなかった。
と、誰もが油断していたその時だった。
「ッ!?」
ちょうど春士の足元から何かが飛び出してきた。振動刀を構えていたおかげで間一髪かわすことが出来た。
あれはなんだ?いや、もう分かっているはずだ。
あれはアルターだ。
なぜこんな前線とは掛け離れた場所に……?
突如出現したアルターに春士達が戸惑っていると、先頭にいたはずの風越がいつの間にか目の前におり、そのアルターを倒していた。
「俺たちの任務はこうしてたまに出てくるアルターが前衛を後ろから襲わせないように、出現したそいつらを討伐することだ。それじゃあ各班、500m間隔くらいに散らばってくれ」
風越に言われたようにどの班もアルターに警戒しつつ円状に広がった。
配置が済んだ第3班ではこんな会話が繰り広げられていた。
「準備は出来ているのか? 瑛斗」
「お前こそ、さっきので今更びびったりしてねえだろうな」
「ふっ。するわけがないだろう」
「もう二人とも緊張感がないなあ」
「現、お前も構えておけ」
「分かってるよ桐李。あれを全部やるんだよね……」
「たまに出てくるっていうから少し安心したが、あれはもはや大群だな」
いつの間に現れたのか、迫ってくるアルターの群勢を前線の方とは反対側の地平線に見据える。
覚悟を決めようとしていた春士達の前に先程まで円の中心にいた風越が空から降りてきた。
その手足には風越専用のグローブ型とブーツ型の振動砕が装着されている。
ブーツ型の靴底からは気体か火かが吹き出しており、風越は空中に浮いていた。
「悪いなお前達、どうやら今回は楽をさせてもらえないらしい。なんなら、下がっていてくれても構わん」
冷や汗を垂らしながら風越は言う。
その様子からはどうやらこれが想定外の出来事であるということが見受けられる。
実際にハンヴィーに戻っている人間がいるのを見ると、連絡は行き渡ってここが最後のようだ。
瑛斗が初めてあった時のような口調で発言をする。
「大丈夫っすよ少尉。このために俺達訓練してきたんすから。なあ皆」
「そうです少尉、俺達も信用してくれていいんじゃないですか?」
「ぼ、自分も戦えます!」
「現が行って俺が行かない理由もないな」
他の班が円を縮めたり、ハンヴィーに戻ったりしている中、第3班だけは訓練の成果を見せようとしていた。
「僕を忘れてない?」
「お前が来ないわけないよな、唐月」
そこへ円の反対側にいた唐月が来て、結局戦えるのは6人となった。
「やれやれ、生意気な奴らだがこういう時は頼りになるのかもな。とりあえず、死ぬなよ……!」
「はい!」
「了解です、っと」
「ちょうど物足りないと思ってたんだよね〜。春士もでしょ?」
「まあせっかくお前と同じくらいになったんだからな」
「現、緊張してないか? 肩の力を抜け」
「ありがとう桐李」
「準備はいいか。
──行くぞ!」
そうして6人は大分距離が縮まったアルターの群れへと突っ込んで行った。
だがこの時春士達は知らなかった。
不穏な足音が密かに近づいてきているのを。
次回からこの小説もやっと面白くなりそうです。
更新遅いのは本当にすいません(^^;;