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Halcyon  作者: I_Aryth
第一章 未知なるもの
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第二十話 新しい振動砕



 2105年10月4日



 春士達は体力付けのあといつものように仮想訓練をするため、訓練場へと向かっていた。訓練場に入るとアタッシュケースのように頑丈そうな箱が沢山あるのが見え、何かと思っていると仮想訓練をする前に風越から話があった。



「皆、訓練に入る前に渡したいものがある。皆もあの箱が何なのか気になっていると思うんだが、あれは……」



 全員の目線が山積みの箱へと集中する。風越の部下が箱を開け、中身を取り出し大きな机の上に置いている所だった。

 風越が腰のポケットから何やら紙を取り出し説明を始めた。



「えーと、エネルギー装填の効率化に伴う振動砕(パルセイト・パウンド)軽量化について?えー、今回の開発におきまして改善されたことは以下の通り……」



 風越が黙って沈黙が訪れる。

 元々風越しか話していなかったので、その空間は一気に静かになった。

 沈黙がしばらく続いたあと風越が目の前から紙を下ろして言った。



「えー、まあ要は先日技術部の方で振動砕の改良版が開発されたらしい。今までは弾の装填、重量相まって効率がいいとは言えなかったが今回の開発で効率が爆発的に良くなり、死亡率は激減する、らしい。」



 ぎこちなく説明する風越は、まだ完全には理解していないのか語尾に「らしい」を多用している。



「今はまだ太刀、剣、槍の3種しかないようだな。各自使いやすい方を取ってくれ。まだ試作品だが実用化はほぼ決定、だそうだ」


「あの、」


「どうした?」



 新兵の1人が手を挙げて質問をする。



「どうして振動砕には遠距離型がないのでしょうか? そっちの方が死ぬ可能性だって低くなると思うのですが」


「ああ、まだ言ってなかったか。そういうのはコイツがかかるんだよ」



 風越は手の甲を地面に向け、人差し指と親指で円を作って言った。



「というと?」


「そうだな、例えば弓型の振動砕があったとしよう。この場合振動するのは何だと思う?」


「矢、ですか?」


「そう。弓の方ではなく矢を振動させるんだ。遠距離だから確実性もないのに、発射するもの全てを振動させていると、いくら予算を割いてもらっているとは言ってもすぐにジリ貧になる。振動砕に遠距離型が無いのはそう言うことだ。だが今回の技術が発展するといつか開発される可能性があるかもしれないな」


「なるほど、ありがとうございました」



 質問が終わる頃には風越の部下たちが全ての箱を開けており、机の上に並べられた新しい振動砕が並べられているのは圧巻だった。太刀、剣、槍、といってもあくまで太刀型、剣型、槍型であるのであって、所々本物には見られない部品も付けられていた。

 太刀と剣には量子振動膜が刀身に張り巡らされており振動砕として使うとき刀身そのものが振動してるように見え、その様子はまさにSFの映画に出てくる振るたびに音がしそうな剣だった。

 槍はというと振動するのは先端の部分だけだが両端に付けられているため、任意で距離感を調節できる。リーチを生かした突進突きが攻撃方法の主だが、万が一囲まれた時などには振り回して倒すといった、状況に応じて臨機応変に戦うことが可能となっている。

それぞれの武器には装填口が継承されており、刀と剣は柄の部分、槍は手元に設置されている。

前者は柄の底にひっかけがあるのでそれを引っ張り出し、装填口にエネルギー弾を装填する。例えるならカセット式の銃の装填作業に似ていた。2発まで装填可能。

後者は手元の(ふた)を開け、その中に並べるようにして装填する。例えるなら電池の詰め替えのようなものだ。4発まで装填可能。



「春士はどれにしたんだ?」



 槍型の振動砕を嬉しげに地面から伸ばしている瑛斗が春士に話しかけた。



「そうだな、どれでもよかったがやっぱり太刀、かな」



 春士は目の前に刀を掲げ、本当にこれといった理由は無いのだが、振動する部分の範囲が一番広いのと、あとは見た目で選んだ、と言った。

 ちなみに太刀型系統の振動砕を振動刀(パルセイト・ブレード)、剣型系統を振動剣(パルセイト・ソード)、槍型系統を振動槍(パルセイト・ランス)、と呼ぶらしい。





 瑛斗が来てから間もなく第3班の面々(+唐月)は集まった。



「皆結構バラつくものなんだね」



 高色がそう言って5人の手元を見る。

 春士と唐月が太刀、瑛斗が槍、高色と桐李が剣だった。



「僕と桐李は剣道をやってたから剣型にしたけど皆は何か理由あったりする?」



 瑛斗がよくぞ聞いてくれた、といった顔をして高色の質問に答える。



「俺が槍型にしたのには深い訳があるんだ、その訳ってのは」


「いや、俺達3人はそういうのはない。単純に好みと見た目だよ」



 春士は高色と桐李が来る前に瑛斗と唐月とは話をしていて瑛斗にも大した理由が無いのを知っていたので変なことを言い出す前に遮った。



「おいおい、別にちょっと聞いてくれたっていいじゃねえか。俺のギャグで一発笑いをとってやろうかと思ったのによ」



(やっぱりギャグじゃないか)



春士はやれやれ、とため息をついた。





 そうこうしているうちに全員が選び取ったらしく、風越が手をパンパン、と2回叩いた。近くで聞いたら鼓膜が危ないんじゃないかと思うほど大きな音だったため、風越周辺にいた人たちは怯んでいた。



「じゃあ皆、早速武器を試してみたいだろうし、やってもらおうか」



 その言葉で春士は仮想訓練の前だったことを思い出した。

 天井からモニターが降りてくる。これも今となっては見慣れた光景だ。周りの人は待ち遠しいのか少し落ち着かない様子だ。



「難易度は、中級easyで問題ないか。まあ試験的なものもあるしな、今日は軽い感じでいこうか」



 ここで仮想訓練について説明しておこう。

 難易度は初級中級上級の内にeasy、normal、hardの3段階があり、計9種類から成る。各級毎に大きな壁があり、さらに上級のそれは中級までのそれとは全く違う。多くの経験を積んできた兵士ですら苦戦するのが上級だ。

 だが実はそれとは別にさらに上の段階がある。

 上級hardで一定数以上の討伐数をあげた者だけが利用可能な、仮想訓練ではなく仮想戦闘と呼ばれるそれは、仮想訓練が仮想空間で受けた傷は現実には影響しないのに対して、より現実味を帯びる代わりに精神と肉体の繋がりが極端に強くなり受けた傷が現実に残ってしまう、というかなりリスクの高いものになっている。


 話を戻そう。


 珍しく(確率的には関係ない筈なのだが)1組目に選ばれた唐月は個室への扉に手をかけて中に入った。唐月の前にみるみると仮想空間が形成されていく。木や岩や建造物に至るまでが驚くべき速さで創造され、次に(まばた)きをして目を開いた時には今までいた所とは全く別の場所にいた。

 いつもどおりのその光景を流し目にして唐月は先程受け取った自らの武器を見、構える。自分のやるべきことを確認して集中する。忘れてはならないことを思い出し、目の前に群れる駆逐すべき対象を見ると正気を失いそうになるが、自分を忘れないようにしながら自らの狂気に身を託す。そうして今日も唐月は他を圧倒するのだった。






 114という驚異的な数字を平然と叩き出した唐月と入れ替わりで桐李の出番となった。

 桐李の剣型もそうだが各自が受け取った新しい振動砕の割合は槍型がすこし少ないだけでちょうどよく配分されていた。しかし1組目の8人の中に剣型を使う者がいなかったため、2組目に剣型が4人いるとしても成績上位者である桐李の動きには注目が集まるだろう。



「まあ緊張すんなよな〜桐李」


「心配する必要はない」



 桐李はそう言って立ち上がり個室の方へと歩いていった。



「なあ(あらわ)、桐李って剣道とかやってたのか?」



 桐李があまりにも自信があるように言ったので瑛斗は高色に聞いた。



「まあ桐李はたまにサボることはあったけど昔から道場通ってたしね。全国大会なんて常連だったし。剣持たせたらこの場で桐李に勝てる人はいないんじゃないかな。…っていうか、あらわ?」


「おう、そういえばお前だけ名字で仲間はずれみたいだったからな。だめか?」


「それはまた随分と唐突だね、瑛斗らしいけど。もちろんいいよ」


「そうか、ならそう呼ばせてもらおう」


「僕もー」


「あはは、春士に唐月まで……聞いてたんだ」



 それまで蚊帳(かや)の外であった春士、唐月が入ってきたので、苦笑しながらも了承する。

 名前で呼ばれる、ということを高色は、いや(あらわ)は内心少し嬉しく思ったのだった。



 さて、仮想空間に入った桐李はというと、手に持った剣の感触で昔剣道をやっていた時のことを思い出していた。



「……」



 (つか)を握りしめ、構える姿は見ている者に

 実力が並々でないことを理解させる。

 岩場のステージでおおよそ良好とは言えない環境ではあったが、桐李の腕は遺憾なく発揮され、85体という記録をあげた。暫定2位の記録だ。



「お疲れ様桐李。どうだった?久しぶりの剣は」


「そうだな、少し重く感じたが案外上手くいくもんだな」



 現が桐李に(ねぎら)いの言葉をかける。

 風越に軽い感じで、と言われたのを忘れてかなり集中していたらしくとても疲れている様子だ。

 幸いしばらく第3班の出番はなく、1・2組目に唐月と桐李が出たのに対して次に出たのは瑛斗で8組目であった。



「さて、と。行きますか」



 画面の中の瑛斗は構えこそ初心者のそれではあったがなかなか様になっていて、槍をぶんぶんと振り回したり何もない所に突きをしたりしていた。

 余程体力があるのかウォーミングアップとは思えないくらい動いていたにも関わらず、いざ仮想訓練が始まるとむしろ動きは良く、槍の特性を生かした攻撃をしていた。

 突いて倒し、後ろから来たアルターは反対側で突いて倒す。まとまっている敵を薙ぎ払い自ら群れの中の入り内側からアルターを爆散させていった。

 槍型を選んだ人は勿論のこと、他の振動砕を選んだ人達の目をも釘付けにしていた。

 散々動き回って春士達の元へ帰ってきた瑛斗の顔には疲れの色は見られなかった。疲れてはいなかったが討伐数が84体と桐李にあと一歩及ばず悔しがっていた。


 瑛斗の番が終わると1組置いて現の出番が来た。

 現もまた桐李と同じく振動剣を使って堅実な動きで健闘していた。結果72体。平均の60体に比べると良いように見えるが、こと第3班においては話は別だった。



「やっぱ剣で桐李には勝てないね」



 戻ってきた現はしらみを潰したような笑みを浮かべていた。



「俺はずっとやってたからな。しょうがないさ」


「昔はそんなに変わらなかったのになぁ」


「まあでも成績はいいじゃないか」


「でも桐李達と比べるとね...…」



 桐李と話しながらも現は少し落ち込んでいたが、あとでなんともなかったように振る舞っていたのを見るに、そこまで気が沈んでいたわけではなかったのだろう。

 そう思いつつ春士は自分の番に備えていた。

 第3班残るは春士のみだ。


 春士は12組目に呼ばれた。94人の新兵達がいる中で最後のグループだ。

 最後のグループということもあり、先に終わった人達の中には喋っている人もいた。

 春士は静かに立ち上がり指定された個室へ向かった。


「春士、期待してるよ〜」


「楽しみにしてるぜ」


「なんか抜かされそうだなあ……」



 現、瑛斗、唐月がそれぞれの言葉をかける。

 春士は歩きながら答えるように右手を挙げたあと個室に入っていった。


 始まると春士は唐月とは全く違った戦い方を見せた。唐月が刀を振り回して猛攻するのに対し、春士は必要な行動のみをとっていた。そうすることで体力も温存でき、キレを失うことなく戦い続けることが出来る。この仕組みこそが春士の驚異的な記録の一因となっている。

 唐月は確かに強いが少し不安を感じさせる戦い方で人の目を引きつけていたが、春士は安定した強さを持ち魅了させるような動きで視線を集めていた。

 93という数字は風越もあまり見たことのない討伐数ではあったが、それでも唐月を抜かすことは出来なかった。



「すげー! 流石春士!」


「やっぱりレベルが違うな……」



 瑛斗や桐李、その他同期からの言葉に、春士は素直に喜ぶことが出来なかった。

 唐月に21体も離されてしまったこと、そればかりが頭の中にあった。









 夕食時、春士達はいつものグループで夕食を食べていた。



「振動砕改良されてよかったー。前のあれ、実はダサいし効率悪すぎだと思ってたんだよな」



 そう切り出したのはやはり瑛斗だった。



「そう、だね。前のより全然軽いしね」



 所々歯切れが悪い現は、一番一生懸命練習した装填の動作が必要なくなって少し落ち込んでいるのだろう。付き合いの長い桐李は現が落ち込んでいるのが分かったらしく、励ますように言った。



「現。装填の訓練が無駄になったわけじゃない。前より回数が減って弾が小さくなったといっても、振動のエネルギーを補給するためにする行動は前と同じだ、って風越少尉も言ってたじゃないか」


「はぁ……まあ今回の改良は確かにありがたいんだけどさ」



 ため息を付きながらも総合的に見て自分も助かっていることの方が多い、と考えて折り合いを付けることにした。

 現と桐李が話し終わるとまたもや瑛斗が話題を持ちかけた。



「ところでよ、なんで春士そんなにへこんでんの?」



 他者から見ても分からないような様子の変化でも瑛斗や他の3人には分かった。春士が瑛斗達の性格を理解しているように、瑛斗達もまた春士の性格を理解しているのだ。



「いや、落ち込んでるわけじゃない。ただ唐月がどうしても抜かせないな、と思ってな」


「ああ、今日のあれか」



 瑛斗が何もない天井を目で見上げて言った。



「だからそんなに気にする必要ないって言ってるじゃんか。僕が少しおかしいだけなんだから。気にしない気にしない」



 唐月がこうは言うものの、春士は納得出来ないようで、



「いや、それでも追いつきたい、追い越したい。明日からは訓練、本気でやるから」



 と言うと、瑛斗達が口を揃えて色々言ってきた。



「おいおい、今まで本気じゃなかったとか漫画みたいなこと言うのやめてくれよな。本当に俺たちお前に追いつくことできなくなるじゃんか」


「そうだよ春士。ただでさえ最近落ち込むこと多いのに。これ以上差が広がったら僕もう泣くしかないよ」


「……」



 桐李に至っては間に受けたみたいで驚いた顔(いつもとさして変わらないのだが)をしていた。

 言った本人は今までの仮想訓練も本気だったのだが唐月を越すという目標ができたために今まで以上に精を出すことだろう。

 春士は、何故入隊したのか、という理由などとっくに忘れていた。



 次の日から第3班は今までに増して集中して訓練に臨むのだった。






少しでも見てくれる人がいるのは嬉しいですね。

ありがとうございます。

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