第十九話 そして現在
「これが、今俺が軍にいる理由だ」
過去の話を瑛斗はこう締めた。
瑛斗の話が終わった後、春士はやはり何も言えなかった。黒間に続き瑛斗もこんな過去を持っていたとは思わなかったからだ。
だが黒間はそうではなかった。話を聞き終わったあと、間を置かず言った。
「……なら」
「え?」
「そんなことがあったのなら、僕と同じようにあるはずだ。例えどんなになっても、どんなことよりも奴らを根絶やしにしたいって気持ちが! それなのに、なんでいつも笑顔で楽しそうにすることが出来るんだ! 僕は……!」
黒間が直情的に話しだす。黒間がこんなに感情を顕にしたのは初めてのことだった。
驚く春士をよそに黒間は続ける。
「僕はあの日のことが忘れられない。大好きな人が目の前で死んで行く、あの光景が。
今でもたまに思うことがあるんだ。あの時、もっと早くからアルターを殺すつもりでいたらって。僕がもっとその気になっていれば皆を守れたんじゃないかって」
「それは違うぞ唐月。お前がそう思ったのは親友が殺されたからであって、そうでなければお前がそんな感情を抱くことはなかっただろうし、下手すればお前が死んでいたかもしれない。それに、アルターには国でさえ対策出来ていなかったんだ。お前が責任を感じることはない」
瑛斗が、唐月が自分を責めるのをやめさせようとする。
同時に瑛斗は1つ前の質問に答えた。
「俺だって忘れられないさ。忘れられないし、忘れちゃいけないと思う。お前と同じくらいアルターをぶっ殺してやりたい気持ちもある。でもそれに囚われて生きることは明凛も、お前にとっては鈴葉ちゃんや友達も、きっと望んでないと思うんだ。だからな、アルターを殺す以外に生きる理由がないなんて悲しいこと言うなよ」
「けど……けど僕には無理だ。瑛斗みたいに、ずっと笑顔でいることなんて、僕には無理だよ」
いつの間にかまた、いつもの少し弱気な黒間に戻っていた。
「辛い時や悲しい時こそ笑いなさい、ってな。俺はこの言葉にいつも救われてる。落ち込んだままじゃ周りまで暗くさせちゃうだろ? 逆に笑顔だったら皆の気持ちも少しは明るく出来る気がするんだ。誰だって暗い顔より明るい顔がみたいにきまってる。なあ唐月、俺と喋ってたら少しは気分、晴れないか?」
確かに瑛斗の笑顔にはよく助けられている気がする。普段なら重たくなるような空気でも、疲れてどんよりとした空間でも、すぐに明るくしてくれる。瑛斗の笑顔にはそういった不思議な力があった。
それは唐月も同じだったようで、
「……僕も、僕もいつかそんな笑顔になれる時が来る、かな」
「ああ、お前は優しいからきっとできる。すぐには無理でも、少しずつでも変わっていけたらそれでいいんじゃないか」
「でも……」
唐月は何か言おうとしたが、それを飲み込んで続けた。
「……いやそうだよね。分かった。うん。僕、頑張ってみるよ」
そう言った唐月の顔は瑛斗と同じような笑顔だった。
(なんだ、初めから出来るじゃないか)
春士は安堵の言葉を伝えようとした所、
「その様子だと、すぐに出来そうだな」
瑛斗も春士の思っていた事と同じような考えだったようで、先を越されてしまった。
やれやれ、とまたため息をつき微笑む春士は入隊当時のことを思い出していた。
そういえば、入隊直後の時も瑛斗は笑っていたが、あれも実は無理してたのかもしれないな、と。
春士が十日前のことを思い起こしている時、瑛斗は黒間と話を続けていた。
「ああ、それと、軍に入った奴って大体が俺達みたいに大切な人が全員いなくなった人ばっかだと思うぞ。生きてたらそいつらとどっか遠くに行くだろうしな。高色や桐李みたいなのが珍しい。春士も、そういうレアなタイプだろ?」
「いや、俺も両親を殺された」
春士が平然と言うと、瑛斗は驚いた顔をして言った。
「嘘……だろ?訓練の時も俺や唐月が出すような殺気も無かったし、普段からそんなに必死でもなかったからてっきりそうなんだとばかり……
悪い! 言いたくないこと言わせちまって」
「いやいいんだ。そんなに気にしてないから」
この時春士の頭の中にあったことは、
『本当に全く気にしていない。言ったのが瑛斗だったからとかではなく、事実、瑛斗や黒間のような意志や覚悟がない。
両親が殺された時のことも確かにこの目で見た筈なのに、はっきりとは覚えていない。ショック過ぎて忘れてしまったのだろう』
と何とも確証のない、または自分でも分かっていない、霧のように掴みどころのないことだった。
「でも確かに翠葉君って、」
「春士でいい」
「じゃあ、春士って不思議なんだよね。他の人みたいにピリピリしてるわけでもないのに、それなのに成績は良いって」
「お前ほどじゃないがな」
「僕はほら、戦ってるのは僕であって僕じゃないというか、二重人格? みたいになるから。だから普通に戦ったら春士が一番になるんじゃないのかな」
「そうだな、春士本当に強いからな。単純に疑問だぜ」
自分がその次の順位なのを棚に上げて瑛斗も言ってくる。
「だからいつも言ってるだろ? 本能的なもんだって。アルターがどう動くか、なんとなく分かるんだよ」
「それって超能力でも持ってるんじゃないのか?」
瑛斗は嘲笑気味に言った。
「はぁ、やれやれ。分かったからもう寝よう。って言っても、もうあんまり寝れないだろうがな」
時間は午前3時を回ろうとしていた。
──翌日──
いつもの、弾の装填という作業をやっていた。もう体が覚えているようで、全員話しているという状態になりつつある。
「ふあぁ〜」
そんな中、高色が眠たそうに、風越にバレないよう少しだけ口を開けて欠伸をした。
「どうしたんだ高色?」
「いや、昨日あまり寝付けなくてね。ちょっと寝不足なんだ」
「そうか、気になることでもあったのか?
それとも、何か聞いてて眠れなかった、とか。」
遠くの方で遅れて欠伸した桐李を一瞥したあと、春士は言葉に含みを持たせるように言った。
高色は一瞬肩を跳ねさせたあと、苦笑しながらそろそろと春士の方を見た。
「あはは……バレてたか」
「盗み聞きは良くないな」
この場に瑛斗がいたならば、お前が言うか、などと突っ込みそうなセリフだ。
「ごめんごめん。でも驚いたよ。僕もそれなりに覚悟を決めてきたつもりだったんだけど、まだちょっとあまかったみたいだ」
少し肩を落とす高色は落ち込んでいるようにも見える。
「いや、そんなことないだろ。お前達も十分立派だと思う」
励ます、というよりは自然と口から出た言葉だった。
「……そっか、ありがとう春士。よし、僕も春士くらい強くなれるように頑張るよ!」
そう言って高色は無駄にも思える装填の作業に精を出すのだった。
そしてまた数日後。
八月も後半になり、残った夏の暑さが最後の粘りをみせる。蝉の声もそれに釣られるように一層五月蝿く鳴いていた。
春士たち15期生が入隊して1ヶ月。たった1ヶ月だが今年度の新生は異例の早さで成長し、普通なら半年かかるような段階にまで成長していた。中には遅れをとっている者もいたが、その人でさえ仮想訓練では例年の平均程の記録は出していた。
その仮想訓練をしている時のことだ。風越監修のもと毎度のようにモニターには訓練中の八人の映像が流されている。
ブザーがなった。これで4組目が終了したことになる。
「ふう、どうだ、大分お前達に追いついてきたんじゃないのか? 春士、瑛斗」
訓練を終えた桐李が戻ってきた。この数日でさらに成長した桐李だが、他と同じく入隊7日目からあまり記録は伸びはしなかった。とはいえ7日目の平均30体から50体、桐李の43体から62体という記録はやはり例年と比べると目を見張るものがあった。
「惜しい! あと1体だったのに!」
「お前らいつも僅差だよな」
返事をしたのは春士、瑛斗ではなく高色だった。それに瑛斗がひとこと。
春士、瑛斗、高色は既に終えており、記録はそれぞれ76、69、61だった。春士はもともと慣れが早かっただけなのか、結局この何日かではあまり記録を伸ばすことは出来なかった。それでも順位だけ見ると暫定1位ではある。なぜ暫定かというと、それは今から黒間の出番だからだ。
「頑張れよ、唐月」
「いってらっしゃーい」
瑛斗、高色が黒間を送る。
このところ黒間はよく春士たちの第3班と一緒に行動していて、それなりに友情も深めていた。黒間の班のメンバーが未だに黒間と距離をとっている中、春士達は黒間のことを下の名前で呼ぶくらいの仲にはなっていた。
モニターに唐月の姿が映し出される。そしてすぐに訓練が始まった。
唐月は相変わらず人が変わったようになり、仮想空間のアルターを薙ぎ倒していく。その様子はいつ見ても鬼気迫るものがある。
そんな唐月だが1つ変わったことがあった。
「唐月!」
瑛斗をはじめ、訓練を終えた唐月に駆け寄っていく第3班。周りの皆はもう見慣れたのか、振り向きもしない。それもそのはずだ。なぜなら、
「もー、なんなの皆。もう大丈夫って言ってるじゃん」
唐月がすぐに正気を取り戻せるようになっていたからだ。
訓練中は別人格のように豹変するのだが、終わると元の唐月に戻ることができるようになっていた。
そのせいなのか、記録が97と2桁に落ちている。
しかしそれでも暫定1位ではあった。
「やっぱ抜かされるか。流石唐月だな」
少しは悔しいのか小声で呟く春士をよそ目に、いつものように皆唐月を囲み、賞賛している。
そうして今回の訓練も、輪の中心で照れ笑いをしている唐月の1位で終わることとなった。