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Halcyon  作者: I_Aryth
第一章 未知なるもの
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第十八話 瑛斗の過去Ⅳ

 俺は目の前のどうにもならない光景を目にして絶望していた。



 事の顛末(てんまつ)はその日の朝に(さかのぼ)る。









「今日のお兄ちゃん決まってるね〜」



 いつもとは違い、制服をピシリと着付けて車椅子を押しながら登校する俺に明凛(あかり)は言った。

 それもそうだ。今日は瑛斗の通う福岡佐田賀谷高校の卒業式である。

 この日ばかりは普段だらしなく制服を着る生徒も、揃ってちゃんとした格好で登校しなければならない。

 かくいう俺もそのうちの1人だった。



「普段から嫌だ嫌だと言ってたけど、着収めとなるとやっぱりさみしいもんだな」


「お兄ちゃんでもそんなこと思うんだ〜」


「そりゃあ思うさ。と思ったけど、やっぱそうでもないかな」


「ふふ。もう、どっちなの?」



 そんな会話をしていると学校に着いた。



「じゃあ、また後でな」


「うん、頑張ってね、お兄ちゃん」



 卒業式に頑張るも何もないだろう。

 心の中で笑いながら今日で最後となる教室へと向かった。





 教室へ行くと、いつもは遅めの登校をする大川が先に来ていた。



「どうした大川、今日は来るのが早いじゃないか」


「瑛斗ぉ〜。今日でお前との友情の日々も終わりなんだなぁ〜」


「うわ、何だお前!」



 涙目ですがりついてくる大川を、気持ち悪い、と振り払う。大川の胸には『大川聡(おおかわ さとし)』と書かれた名札がピンで留められており、窓から吹き込む風によってひらひらと揺れていた。



「なんだよ、つれないな。今日で俺達の波瀾万丈の毎日が終わりだっていうのに」



 波瀾万丈……? そんな日がいつあったと言うのか。至って平和な3年だったぞ。



「まあ何にせよ、俺は寂しいわけだよ、瑛斗。お前といればカワイイ子の1人や2人ゲットできると思ってつるんだはいいが、結局収穫は0。そんなお前と(はな)(ばな)れになるなんてな……大学では彼女作りたい」


「お前本当は喜んでるだろ」



 初め以外本性出てたしな。



「まあ、なんてのは冗談で、いろいろあっただろ。3年間」


「どーだかな」



 と言いつつもそれには同感だ。分化祭や体育祭、学校の行事だけでもかなりあった。その度に大川とは、クラスが違えば競い合い、クラスが一緒だと先頭に立って協力して盛り上げたりした。

 そんな大川は良きライバルであり、親友だ。

 失うのは、確かに痛い。



「お? 瑛斗、目が赤くなってきてるぞ。お前ももしかして泣きそうなのか?」


「は? ば、バカ言うな。そんなわけないだろ」



 教室にも人が大分集まってきた。

 泣いてるわけないだろ、と言いながら慌てて自分の目を隠す。


 本当に泣きかけていたらしく、制服の袖で少しだけ出ていた涙を拭き取る。

 でも泣いてるって判断されるほどじゃないはずだ。

 すぐに大川の言葉を否定しようと顔をあげた。




「え──?」




 しかし、用意していた言葉が俺の口から出ることはなかった。

 目の前から大川が消失していたからだ。

 代わりにあったのは教室の中心に大きな栗のような物体があり、その針に貫かれた多くのクラスメイト達と、そのクラスメイト達の血で染められたように真っ赤な教室だった。



「は……? え? どういうことだよ。なんだこれ。おい、大川どこ行ったんだよ、ドッキリだとしたら趣味悪す…ぎ……」



 上からポタポタと何かが垂れてきたので、その正体を確かめるべく上を向いた。


 大川だった。

 顔が貫かれておそらく即死であったが、それが大川の血だということは分かった。

 体は血まみれなのに何故か胸にある名札だけは血一滴付いていない、綺麗な状態だったためだ。



「大川なんだ、よな? リアルすぎるだろこれ。危うく漏れるとこだったわ」



 だが大川から返事をする気配はない。

 その代わりに教室の中心にあった栗みたいな物体が動きを見せた。


 その栗のような物体はまず針を引っ込め、楕円形の球状になった。

 次に物凄い早さで分裂していき、何回か分裂したあと、それは静かになった。

 そして分裂した1つ1つがうねうねと動き出し見覚えのある昆虫へと姿を変えた。



「あれ……蜂か?

 って、うぉわっ!」



 その蜂は俺や、まだ生き残っている生徒達へと突撃してきた。

 それをなんとかよけて教室の後ろ側のドアから廊下へ飛び出し、すぐにドアを塞いだ。蜂はすぐさま方向転換し、教室に取り残された違う生徒たちの方へと向かった。

 ドアを閉めたあと窓から教室の中を覗いてみると、3人のクラスメイトが無数の蜂に埋め尽くされているのが見えた。


 ……どうやらドッキリでも夢でもないらしい。

 これは、現実だ。


 だとしたら、明凛……明凛はどうなってるんだ?


 考える頃にはもう走っていた。








「何…これ……」



 明凛は目の前に展開する惨状に信じられない、といった顔をしていた。

 紗弓(さゆみ)と話していた時、突然上の階から轟音(ごうおん)がしたと思ったら次の瞬間には教室の端にいた明凛と紗弓以外、皆針みたいなものに貫かれていたのだから。

 そう思っているとクラスメイトを貫いていた針は上の階へと引っ込んでいった。



「明凛、何なのかな……? これ」



 紗弓が明凛に聞く。

 明凛も答えることができない。

 突然の事態に二人とも体が動かず、ただ呆然としていた。



「明凛!」


「お兄ちゃん!」



 三階の自教室から二階の明凛の教室まで走ってきて、ドアを開け明凛の名を叫ぶ。返事が返ってきたということは無事だということだ。

 このクラスもほぼ全滅だったが、幸いにもそのあとには何もなかったようだ。



「無事でよかった、明……」


「お兄さん! 危ない!」


「!!」



 突然紗弓に押され、驚いて床に倒れてしまった。

 すぐに起き上がり、一体何なのか、そう聞こうと紗弓の方を見ると痛そうな顔をしていた。



「どうしたんだ」


「いや、蜂が……」


「蜂……?」



 まさかと思い紗弓の背中を見ると先程教室で見た蜂が一匹、針を刺していた。

 すぐにその蜂を紗弓から離し、地面に叩きつけて踏み殺した。



「大丈夫か? 毒とか無かったか? 体に異変は──」


「はい、大丈夫そうです。刺されたっていうのにそんなに痛くないですし」


「そうか……悪かった」


「い、いえ、お兄さんが無事ならそれで……」



 特に何ともないような紗弓ちゃんを見て、ほっと胸を撫で下ろした。


 それにしても、どこから入って来たのか……


 ──そうか!

 あの穴か。

 瑛斗は天井に空いた穴を見て気付いた。

 ならきっとすぐに違う蜂も来る!



「明凛、逃げるぞ! 紗弓ちゃんも早く!」


「は、はいっ!」



 車椅子なんか引いてる場合じゃないと思い明凛を抱き上げ、紗弓を連れて走り出した。



 殺したはずの蜂が、また飛び始めるのを見ることなく。








 逃げる時に思ったのは、叫び声はするけれども思いの(ほか)その大きさは小さかったということだ。

 きっと多くの教室で似たような状況なのだろう。


 そんなことを思いながらも、なんとか靴箱までたどり着いた。が、



「紗弓!」



 明凛が紗弓の名を呼ぶ。俺も明凛を下ろし、近寄った。

 紗弓が突然倒れたのだ。



「あれ? おかしいな、全然体動かないや」


「紗弓!」


「やっぱり、毒が……!」



 俺は自分を悔いた。明凛の無事を確認して油断してしまった自分を。

 もしこれで紗弓ちゃんの命が危険に(さら)されることになったらそれは……俺のせいだ!



「紗弓ちゃ……」


「お兄さんのせいなんかじゃないです」


「え?」


「今、謝ろうと、しましたよね?」



 紗弓の息はどんどん荒くなっていく。



「私がしたかったからしたんです。

 ……ってお兄さんよく言うんですよね。明凛がいつも言ってました」



 紗弓の顔は、耐えきれない痛みがあるはずなのに笑顔だった。



「私を置いて、早く行ってください」


「紗弓……」


「明凛、早くお兄さんと逃げて。お兄さんも、早く!」


「……明凛」


「……」


「紗弓ちゃん──ごめん!」



 俺はもう一度明凛を抱き上げ、走っていった。


 見送ってくれた紗弓ちゃんは俺のクラスメイトと同じ末路をたどっていった。










「お兄ちゃん、まだ遠いけどなんかいっぱい来てる! 蜂もだけど、蟻? が羽生やしてとんでる!?」



 学校から離れてもどこからかすぐに湧いて出てくる。



「明凛、もっと速く走りたいから背負うぞ」



 あれらから逃げ切るにはお姫様だっこじゃ駄目だ。すぐに追いつかれる。

 俺は明凛を背負い直し、全速力で駆けていった。







「お、兄ちゃん。あれ、私が助けてもらった川原じゃない? あの時は嬉しかったなぁ」



 走っていると、明凛がそんなことを言ってきた。



「そうだけど、今言うことか?」


「気を紛らわせようと思って。紗弓のこと、引きずってるんでしょ?」



 明凛は俺の心情を読み取っていたらしく、気を他のことに引こうとしてくれている。

 こんな時まで明凛は……俺よりも悲しんでるだろうに。

 そんな明凛が折角気を使ってくれてるんだ。素直に甘えようじゃないか。



「そうか、それもそうだな。じゃあ、どんどん頼むよ。」


「う、んっ……」



 明凛は瑛斗の首に回した手をまた強く締めた。



「あ、明凛? 痛いんだけど」


「ご、ごめんね、お兄ちゃん」



 明凛にも謝ってもらい、さらにスピードを上げた。









 虫の飛んでいる声が聞こえる。もうすぐそこまで迫ってきているのだろう。



「あっ見て見て、お兄ちゃんの通ってた中学校と私の通ってた中学校が見える。あんなに近かったんだね。けどあの時はまだ遠く感じてたんだよね〜」



 それでも明凛は俺の気を紛らわせようとしてくれている。明凛のためにも頑張らないとな。





 その後も町の騒ぎを聞きながら、明凛のいた施設、父親の病院、よく行ったデパート、様々な場所を駆け抜けてとうとう自分達の家の前まで来た。

 しかしまだ立ち止まる訳には行かない。

 依然として虫の飛んでいる音が近くに聞こえる。



「お兄ちゃん、私、この家に来られて幸せだったよ」



 俺は、どうしたんだ突然、くらいは言ってやりたかったが息を荒らげて走っているので返事することも出来なかった。

 相変わらず虫の音もうるさい。

 明凛はそんな俺の背中で話を続ける。



「初めはちょっと不安もあったけど、今はもうそんなの無い。きっと日本中の誰よりも幸せだったよ。厳しいけど本当はいつも私達のこと考えてくれてるお父さん、いつも助けてくれてなんでもできるお兄ちゃん。私には勿体無いよ」


「……はぁ、んな、はぁ、こと、な……」


「お兄ちゃんはいつか私の笑顔が好きって言ってくれたよね。あの時、本当に嬉しかったんだ。ありがとうお兄ちゃん。私もお兄ちゃんのこと大好きだよ。本当に私、幸せだっ…た」


「はぁ、あか、り?」


「さぁ、お兄、ちゃん……頑張っ、て!」



 もはや気力で走っていたので明凛の方を見ることは出来なかったが、きっと笑顔なんだろうな、ということは分かった。

 体の感覚もなくなってきてはいるが走り続けなければならない。速さは、走り始めた時を維持したまま。

 明凛もそれ以降は何も言わなかった。







「はぁ、は、はぁ……っ、はぁ」



 気が付いたら町外れの、自分でも来たことのない場所まで走ってきていて、知らない内に雨も降っていた。



「はぁ、はぁ、はぁ。ここ、まで来れば、大丈夫、だろう」



 虫の音が聞こえなくなったあたりで、腰を下ろすため、明凛を背中から下ろした。

 いや、落ちた。


 足を離したわけではない。

 明凛が俺の首に回していた手が力なくスルリと抜けるように落ちたのだ。

 それに伴い、明凛の体も重力に従い地面へと落ちていく。



「あかっ……!?」



 突然首にあった質感がなくなったので何があったのかと振り返って明凛の名を呼んだ。

 呼ぼうとした。

 だが、明凛は地面に落ちてしまった。

 今度は俺が足を離したことによって。


 明凛の体の後ろ半分が綺麗になくなっており、骨と内蔵がむき出しになっていた。頭蓋骨が剥げ脳は原形を留めておらず、背中があった場所からは残された胃や腸が血と共にだらしなく垂れていた。


 走ってきた道を振り返ると見えない所から滴々と血の跡があった。それは足元の血溜りまで続いており、紛れもない明凛のものだった。それを見たためにわずかに残った、足を支える力さえも抜いてしまった。



 明凛……?


 じゃあ俺、なんのために走ったんだよ。


 いきなり思い出話始めたかと思ったらそういう事かよ。


 痛いどころの話じゃない。体が少しずつ少しずつかじられていくんだ。地獄みたいな痛みだっただろう。

 でも少しでも明凛が何か言うと、俺は絶対振り向いて明凛を(かば)って2人とも喰われてただろう。

 それが分かってて、痛いのを我慢して、覚悟を決めてあんなこと……



 なんでだよ、なんで……

 これじゃあ親父にどんな顔して会えばいいってんだ。

 守るって、言ったのに。

 俺は今からお前なしで生きていけっていうのかよ……


 なあ



「明凛……」





 雨が降り続く中、瑛斗は静かに泣いていた。

 そこは誰もいない、橋の下だった。




















 しばらくたった頃、瑛斗は明凛と寄り添うようにして座り込み、橋にもたれかかっていた。

 まだ雨は降り止みそうにない。


 ふと死んだような目で川の方を見ると、そこにはどこから現れたのか、熊がいた。


 こちらを見るやいなや全速力で襲いかかってくる。


 しかし瑛斗の体は疲労困憊(ひろうこんぱい)しており、もう動けそうになかった。横にいる明凛を見て思う。


 (ああ……俺、死ぬんだな。

 でも、まいっか。どうせ明凛もいないんだ。生きてても意味がない。

 明凛…俺も……)


 熊の爪が瑛斗へと振り下ろされる。



「!?」



 だがそれは何処からともなく現れた軍人らしき人によって防がれた。


 その軍人は見たこともないような武器を使ってその熊を爆散させた。



「君、大丈夫か?」



 助けてくれた軍人に対しても瑛斗は礼を言わない。



「そっちの子は……」


「もう死んでます」



 その軍人を見もしないで瑛斗は言った。



「……そうか、それはすまなかったな。では、君も早く逃げなさい。もう大体の人は避難が完了している」



「……です」



「え?」


「いいんです、もう。生きる意味なんて……もうないんだから」



 瑛斗は死んだ目で軍人を見る。

 その軍人はその目をしっかりと見て言った。



「それは、果たしてそっちにいる子も望んでいることなのか?」


「……!」


「君がやりきれない気持ちなのは分かる。だが、死んだからといってどうにもならない。終わるだけだ。虚しくないか?」


「でも、じゃあどうしろっていうんですか。俺はもう……生きていける自信がない」


「あいつらに復讐したくはないか?」


「……どういうことですか?」


「軍に入れ。そうすれば君みたいな人を少しでも減らすことができる」


「俺みたいな、人?」


「そうだ、大切な人を失う悲しみが、君にはもう分かるだろう?そんな人を救うんだ」



 瑛斗は自分の中にもう一度、火がともっていくのを感じた。

 そして、1つの言葉を思い出した。


 辛い時や悲しい時こそ笑いなさい、か。

 明凛だってそうしてきたんだ。次は俺も、いや俺が明凛みたいに人を元気にさせる番だ。

 そうだ。泣いてちゃいけない。泣いてる暇なんて、ない。



「ありがとうございます、えっと……」


賀澤(かざわ)だ」


「賀澤さん、そうさせてもらいます」


「元気が出たようでよかった。でもまずは避難するんだ。話はそれからだ」


「分かりました。それじゃあまたどこかで」


「この子はどうするんだ?」



 明凛……

ほんとのことを言うと連れていきたい。ずっと、こんな姿でもずっと一緒にいたい。でも、でも今の俺にはどうすることも出来ない。こんな姿を衆目に晒されるのは明凛にとっても不本意だろう。

それに──


 いつまでも、甘える訳にはいかないよな……!



「置いて、いきます……どうしてあげることもできませんから」


「そうか、分かったよ……だが私は君の健闘を祈っている! 頑張れよ!」


「はい、ありがとうございます! 賀澤さんも、気をつけて!」



 瑛斗は教えて貰った避難所へのルートを進み始めた。








 避難所へ着くと、ヘリや船、大きなバスなどが人を運んでいた。

 瑛斗もヘリに詰められ、福岡から脱出した。

一通り落ち着いた後、今度は自分の父の姿を探す。ごった返しになった人々をかき分け、父の名を呼び、叫ぶ。


 しかし、どれだけ探しても、避難した先で父親と再開することはなかった。




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