第十七話 瑛斗の過去Ⅲ
──2年後
「……今日から明凛も高校生か」
「やっとお兄ちゃんと一緒の学校に行けるよー」
俺と明凛は2人が通う学校の前に来ていた。
今日は明凛の入学式だ。家族会議で俺が同じ高校に行くと言ったものの年齢的に明凛が俺の高校に入ってくる形になってしまった。
「よう、佐々!今年もよろしく!あれ?今日は妹も一緒か?」
「制服を見てみろ、俺らと同じだろ」
「おおー本当だな、じゃあ妹ちゃんは今日から後輩ってことだな。よろしく」
「明凛、俺の友達の大川だ」
「よろしくお願いします。大川先輩」
新年度早々に話しかけてきた大川に深々と礼をする。明凛のその姿を見て大川は息を飲んで俺の首に腕を回してきてこそこそと話し出した。
「明凛ちゃん、高校になってまた美人になったな」
「お前明凛に手出すつもりか?」
「いやいやいや待て待て待て、そんなこと言ってないだろ。ただ褒めただけだよ。(……ボソッ…こいつ妹関係はマジやべえからな、気をつけよう……」
「何か言ったか?」
「いや、何も?」
あの後、明凛のいじめはピタリと止んだ。明凛が止めてと言っても止まらなかったらしいのだが、その翌日明凛をいじめていた数人がボロボロになって登校してからは前までのことが嘘だったように本当に止んだようだ。
本人達は揃って各々ケガをした言い訳をしていたが、明凛のお兄さんが6、7人を同時にしめた、なんていう噂も流れたほどだ。
まあそれは本当のことなんだが。噂は噂だ。信じるも信じないも五分になるものなのだが、大川はどうもそれを間に受けている1人のようだった。
「じゃあ先行ってるな、瑛斗」
「ああ、後でなー」
大川と入れ替わるようにして聞いたことのある声の主はやってきた。
「あっ、明凛! そう言えば同じ学校だったね。高校もよろしく!」
いつぞやの、明凛と仲の良かった二人組のうちの片方の子も同じ学校になったようで、明凛を見つけるやこちらへ駆けてきた。
しかし、なんだかモジモジしているような...
「あ、お、お兄さんも同じ学校なんですか?」
明凛の友達の子が、やはりモジモジしたまま質問をしてくる。
「まあ、そうだけど」
「か、│海田紗弓《かいた さゆみ》って言います。よろしくおねがいします!」
「おう、よろしく。今年も明凛をよろしくな」
「はい!」
明凛の友達の紗弓と名乗る少女は元気良く返事したあと、そそくさとどこかへ行ってしまった。よくよく考えてみれば、同じ学校といえどそんなによろしくする機会もないと思うのだが。そんなことを考えていると車椅子に座っている明凛が言ってきた。
「もうお兄ちゃん、これじゃ私が子供みたいじゃない」
「高1なんてまだまだ子供だよ」
「お兄ちゃんだって一年しか変わらないのに」
「ははは、それもそうだな。じゃあ、また放課後な、明凛」
「うん。じゃーね、お兄ちゃん」
話しているうちについた明凛のクラスに明凛をおいて、自分の教室へと向かった。
明凛が同じ学校に通い始めてしばらく経ったある日の放課後、普段通り明凛と帰っていると後ろの方から走ってくる音が聞こえた。何かと思って振り向くと突然大きな声でその女の子が言ってきた。
「あのっ、佐々君。ちょっもいいかな?」
君っていうと俺か。でも明凛を待たせるのは……
そう思い明凛の方を見ると、手でOKサインをつくっていた。
「まあ、少しくらいなら。用はここで聞くのでもいいか?」
「ここでもいいけど……」
自分たちと同じ制服を着た少女は少し気まずそうな顔をしながら明凛の方をチラチラと見ている。
また、そういうことか。
「明凛、悪いけど少しいいか?」
「はいはーい。了解でーすっ」
明凛はそう言って俺が見ている方向と反対の方へと向き、分かりやすく耳を手で塞いだ。
実はこういうことは今日が初めてではない。帰り道だと内緒の話をしようにも明凛を1人にさせることはできない。結果考えたついたのがこれだった。一見安直なようにも見えるが、明凛が車椅子に乗っているので学校では既に有名になっており、それと共に、明るく正直な性格だということも知られていたため、相手の方も割と安心して話すことができるらしい。
まあ本当は2人きりで話せるのがいいんだろうが、それは申し訳ないが勘弁だ。
明凛に耳を塞がせてから数分が過ぎた。
俺は車椅子を押し始め、明凛の肩を軽く叩く。これが話が終わった合図だ。
「もういいぞ。悪かったな」
「全然いいよ、お兄ちゃん。っていうか、また告白されたの?」
明凛が車椅子から見上げてくる。
「いやいや、今回は違ったぞ。友達になってください、って言ってたから友達になっただけだ」
「はぁ、会ったばっかの頃はこんなにモテてなかったのにな」
「あん時はあんまり喋る性格じゃなかったんだよ」
会話が一段落したところで明凛を見ると俯いているからなのか、夕日の加減もあり顔には影がかかっていて、次に瑛斗に向かってこう言った。
「……いつもごめんね、お兄ちゃん」
「どうしたんだ突然?」
「いっつも私のせいで放課後すぐには遊べないし、女の人とも付き合えないし……なんか、悪いなあって感じて」
春先の、まだ少し寒さが残る夕暮れ越しに明凛の顔が苦笑しているのが分かった。
「それは言わない約束だろ? 俺がやりたいからやってるだけっていつも言ってるじゃないか」
「なら、言い方変えるね。いつもありがとう、お兄ちゃん」
格好を付けて言ったはずの言葉が明凛の有無を言わせない笑顔で返され、照れているのを隠すようにこう言った。
「感謝するのは俺の方だ、明凛。俺が一歩踏み出せたのはお前のおかげなんだから。明凛がいなかったら、多分俺はずっとクラスに馴染めなかっただろうし、何よりこんなに明るくはなってなかっただろうよ」
「私、何かしたっけ?」
「覚えてるか?明凛がウチに来て、家事の振り分けをしていた時、お前が頑なに俺を推薦してきたこと。今思えば親父もお前の意図を汲み取って俺に料理させようとしたのかもしれないな。
一緒に暮らしてすぐに気付いたんだろ?俺がクラスに馴染めてなかったこと」
「そんなまさか……」
明凛は苦笑しつつも、違うよ、とは言わなかった。
「明凛はいつもそうだな。自分がこんなだっていうのに他人のことばっか気にして……俺はそんな明凛が大好きで、明凛が他人を気にするなら俺が明凛を気にかけよう。そういう意味もあって俺は明凛を守るって言ったんだ」
「そうだったんだ……」
「それに、明凛の笑顔にはいつも元気づけられてるしな。俺も、親父も。だからそんなにネガティブに考えることはないよ」
少し間を置いて明凛は言ってきた。
「……やっぱり、お兄ちゃんは優しいね」
明凛にはなかわないな、口を出ることはなかったが、その言葉と笑顔に俺は頬を一掻きして家路をたどっていった。
次回は少し長めです