第十二話 黒間の過去Ⅲ
そして大会の決勝戦がある金曜日、いつもの教室でいつものように親友と会話していた。
「結局鈴葉は水泳部で忙しかっただけみたいだよ」
帰り道、鈴葉と二人で話した内容を思い出しながら和也に説明した。
「結局お前が原因じゃなかったのかよ〜」
「いや、まあ、僕も一因ではあったとかどうとかも、言われました……」
「まあそんなことだろうとは思ったけどな。ところでさ、唐月はどう思う?」
「え?何が?」
「だから、あのイケメンだよ。この前彩音、告られたんだってさ。案外ぴったりじゃないか?」
あの隣のクラスのイケメンか。
サッカー部、だったかな?成績もいつも上位に乗ってるし。
どっちみち、帰宅部で、放課後はゲームセンターなんかに通っている僕には鈴葉とは釣り合わない。
半ば投げ捨てるように返答をする。
鈴葉が不安そうな顔でこっちを見ているのに気づかずに。
「あー、いいんじゃない? イケメンで、サッカー部エース。2人が付き合っても誰も文句は言わないだろうね」
まあ僕は文句言うけどね、と心の中で付け加え、軽い気持ちで言った。
しかし、そのあと鈴葉を見て後悔する。その肩は今にも怒り出しそうにわなわなと震えていた。
「ご、ごめん鈴葉! 冗談だって。あんなんじゃ釣り合わないよね。僕が悪かっ……」
「……ッ!」
あれ?なんか、叩かれ──
「釣り合うとか釣り合わないとか、そんな問題じゃないわよっ! このバカッ!」
鈴葉は肩を釣り上げて3つ隣のクラスへと帰って行った。その目には気のせいか少し潤んでいたように見えた。
「はぁ、やれやれ。これだから唐月さんは唐月なんですよ」
「どゆこと?」
訳が分らないと思いつつ返事をした。
鈴葉に叩かれた頬の痛みはしばらく引くことはなかった。
放課後、僕達は気を取り直してまっすぐに行き付けのゲーセンへと向かった。世間は未だに一昨年見つかった新種の生物の話でもちきりだが、僕たちには関係ないし、それどころじゃなかった。
大会は8時からだけど、その前に腕を慣らしておきたかった。
店に入ってからゲームをプレイしている間、大会の敗退した人達なのか、僕の見物をしていたが僕は気づかなかった。決勝に向けての肩慣らしと、今朝のことを忘れるのに忙しかったからだ。
もうすぐ大会が始まる時間だ。
今、店長や試合の解説をする人、録画するためのカメラまであり、全国各地から来ていた大勢のギャラリーに囲まれるという状況になっている。その中には和也の姿もあった。
今にも試合が始まろうとしている。対戦相手も少なからず緊張しているようだ。
僕も緊張している。頭の中は今からのことで一杯、の筈なのに今朝のことがまだ頭から離れない。僕の中では結構大きな出来事だったようだ。
ううん、でも今はそんなことどうでもいい。目の前のことに集中するだけだ。やることはいつもと変わらない。
唐月は今一時心を閉ざし目的を達成するためだけに、目を、手を動かし始めた。
気付けば試合は終わっていた。
周りは自分が勝った訳でもないのに興奮し、騒いでいる。
「やったな! 唐月!」
和也もその1人で、興奮を隠しきれない様子でハイタッチを求めてきた。
ここは素直に和也に応じることにする
2人の少年が手を高く掲げ同時に互いの手を叩きあった。
それから僕の中にも徐々に喜びが沸き上がってきた。
いつもならうるさく感じていた歓声も、今日はうるさく感じなかった。
「じゃあ景品を渡しまーす」
その店の店長さんと大会主催者の人から景品をもらった。
主催者の人にもらったのはDevil Of Warの中に出てくるキャラの超限定レアフィギュア3点セットだった。売れば何十万かはいくだろう。売らないけど。それを僕が受け取るのを見て、1つしかもらえなかった準優勝の人は羨ましそうな顔をしていた。
店長さんからは来月隣町にオープンする予定の遊園地の年間無料パス(適用されるのは1回に4人まで)を貰ったが、はっきり言ってそんなに嬉しくなかった。
そして、ある程度の祝福ムードが終わったあと、大会のために沖縄に来ていた人達は飛行機のダイヤに合わせ、波が引くようにぞろぞろと帰って行った。そんな中店長さんが僕を見つけ、言ってきた。
「某大手サイトを経営している方やゲーム雑誌の方のインタビューがあるから、明日もここに来てくれないかな?」
断る訳にもいかないので僕は快く承諾した。
しかし、ここで頷かなければ僕の人生は、あるいは変わっていたのかもしれない。
そしてその帰り道のこと
「やったな、唐月!優勝か〜、まだ信じられないぜ」
自分が優勝したわけでもないのに和也はまだ興奮が抜けていないようだった。
「言っとくけど、おこぼれは無いからね。
...と言いたいところだけど、この遊園地のパスをあげよう。生憎、僕には行く予定もないしね」
「バカかお前。お前に行く予定もないのに俺もあるわけ無いだろ。 それより、それは彩音にやれよ。どうせまだ機嫌直してないんだろ?」
「そうだな、それはいい考えだ。鈴葉はこういうの好きだしね」
物で鈴葉を釣る、っていう言い方はどうなのかな。物で鈴葉の機嫌直すのが多い気もするけど、こういうときは和也に従った方がいいことを僕は知っていた。
僕たちの学校は第二、第四土曜日学校があるので、翌日登校すると鈴葉が僕のクラスにいた。
僕は席に荷物を置いて、鈴葉の元へ行った。
「昨日はなんかゴメン! これお詫びに」
「え……ってこれ、来年オープンのSKランドの年間パスじゃない! こんなの、どこでに入れたの!?」
「いや、まあ最近大会があってね。その景品だったんだよ」
「まさか、最近放課後すぐ帰ってたのってこのため……」
何か勘違いをしているようだが、あえて何も言わないでおこう。その方がいい気がした。
「嬉しい!」
「え?」
「嬉しいよ、唐月!」
「ちょ、ちょっと。何も泣くことないじゃないか」
鈴葉が泣きながら言う。予想以上の好反応にびっくりだ。
「本当に嬉しかったんだもん。唐月がこんなに私のこと考えてくれてたって思ったら嬉しくって……」
「え、それってどういう……」
「だって!私ずっと唐月のことが……」
そこまで言ってクラスの人の目線が自分に集中していることに気付いた鈴葉は、涙を拭き、これ以上ないくらい顔を赤らめながら言い直した。
「と、とととととにかくっ、放課後っ、話があるから付き合いなさいよね!」
「いや、今日は無理」
教室が一瞬凍ったような気がした。
あれ?なんかしくじったかな僕。だって仕方ないじゃん。店長さんと約束してるんだし。
「もう、このバカッ! 明日でいいわよ。その代わり、朝から付き合ってもらうから! このバーカ!」
二回もバカって言うことないじゃないか。
「今日も唐月さんは唐月さんだぜ」
和也は相変わらず意味の分からないことを言っていた。
鈴葉はまだ頬を赤く染めていたが、その顔はどこか嬉しそうにも見えた。