オー・ノー
「山田博士に質問があります」
「なんじゃ」
「最上階の冷凍保存室にあるカプセルの中で冷凍保存されている私と、今こうして博士と話をしている私と二人が同時に存在しているのはとても奇妙な感じがするのですが」
「それはしごくもっともな感覚じゃが、冷凍保存されている太郎君ーーオリジナル太郎君と呼ぶことにしようーーは神経細胞を含め体の全ての細胞が不活性化している状態じゃ。夢を見ることすらない。言ってみれば『魂』がない状態の肉体なのじゃ。今ワシと話をしている太郎君のみが『魂』のある肉体なので矛盾がないのじゃ」
「オリジナル太郎君ーー自分で『君』を付けるのも変ですがーーの冷凍状態を解いてしまったらどうなりますか?」
「そうすれば、オリジナル太郎君は5万年後に行かなかったことになる。したがって5万年後に治療を受けることも、その後にタイムマシンで現在に戻る事もない。従って今ワシの前にいる太郎君が存在しないことになってしまうのじゃ。逆に考えれば、今ここに君がワシの前にいるということは、とりもなおさずオリジナル太郎君が5万年間冷凍保存され続けたということの証しなのじゃ」
「わかりました。4億円は冷凍保存に確実に使われたと言うことですね」
「まあ、そうじゃ。『使われた』と言うより、これから確実に『使われる』と言った方がワシとしてはしっくりくるがな。ところで太郎君は一文無しになってしまったようじゃが、今後どうするのじゃ」
「10年前に一大決心をして、10年間はITの限られた領域で懸命に働いてお金を貯めたのですが、もともと生涯に渡って一生懸命に働く気はありませんでした。今は勤労意欲が限りなくゼロに近い状態ですので、しばらく流浪の旅にでも出ようかと思っています。まあ、最低限の生活費はバイトかなにかで何とかしようかと思っています」
「そうか、それも良いかもしれぬな。少ないがこれは餞別じゃ。旅費にしたまえ」
「ありがとうございます。ホテル代を払ってくれたドクター・ヤマダといい、山田博士といい、『やまだ』さんは親切ですね。ご恩は忘れません」
太郎は旅立っていった。
「少々口の悪いところもあったが、素直な若者じゃった。それはそうと、頭がチトかゆいのう」
山田博士はそう言うと両方の手の平で脳味噌部分を左右から挟み込み、そのまま両手を天井方向に挙げ、バンザイをした。
『ズボッ』と奇妙な音がして、脳がすっぽり外れて両手に挟まれたまま上方に移動した。
その時、偶然通りかかった外人のスタッフがその様子を見て叫んだ。
「オー・ノー」