ホテル代金
「無事に帰ることができて何よりじゃ。顔色もすっかり良くなったのー」
「『並々ならぬ波の機械』で治療してもらいました。ところで、向かいのホテルの宿泊費や食事代はドクター・ヤマダが払ってくれたのですね」
「そのようじゃな。ワシがこの時代に旅立つころにはタイムマシンはもちろん完成しておったが、まだ過去への送金は厳しい規制があって困難じゃった。その後、時空間エスクローシステムや超時空バイトコインが発達して、太郎君が冷凍保存から目覚めた時代には過去の時代との商取引が比較的容易になったようじゃ。もちろん、過去の人間の側からすると未来の人間と取引をしていると言うことは全く分からない形式で行われておる。時空間金融規制当局による厳しい監視をくぐり抜けて過去との取引で不当な大金を得ている輩もおるようじゃが」
「いわゆるハゲタカファンドの実質の運営者が未来の人、ってこともあるのでしょうか?」
「そんなこともあるかも知れぬな。ところで太郎君、脳味噌模様の帽子は5万年後の時代に置いてきたのかな?」
「あ、そう言えばホテルで目覚めた時には既にありませんでした。今の時代に戻る時間旅行の際にドクター・ヤマダがはずしてくれたのだと思います。持って帰らなくてまずかったですか?」
「いや、構わぬ。もし太郎君が5万年後の世界に定住する場合に必要かと思い、念のために被せただけじゃ。特に高価なものではない」
「高価、と言えば、5万年後まで冷凍保存するのに4億円もかかって、5万年後から現在に戻る時間旅行が5千万円なのはちょっとアンバランスのような...」
「同じことをするにも時代によって価格が異なるのは当然じゃ。それに冷凍保存とタイムマシンによる時間旅行では質的に全く異なるのじゃぞ。手紙に例えれば、冷凍保存は手書きの手紙そのものを遠隔地に運ぶようなものじゃから、手間やコストがかかるのは当たり前じゃ。タイムマシンによる時間旅行は手紙で言えば電子メールのようなものじゃ。あるいは、手書きの手紙にしてもファックスで送れば実物を送るよりもはるかに低コストじゃ。わかったかな」
「わ、わかりました」
珍しく(?)終始論理の一貫した山田博士の発言に返す言葉もない太郎であった。