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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女様、引導を渡すシリーズ

聖女様、引導を渡す 『赤い罪』

作者: 千条 悠里

続編として投稿するべきか迷いましたが、投稿してみることにします。

残酷な描写が出ますので、ご注意ください。


「……はあ、疲れました」


 王宮内に滞在する時のために用意された聖女用の室内で、私はようやくため息をこぼすことができました。

 本日も朝からお偉い方々の相手をさせられ、昼間を過ぎてようやく開放されたのです。

 学友達は今日という休日を満喫していることを思うと、さらに気が滅入ってしまいます。


「とはいえ、こうあることを決めたのは私自身なのですが」


 椅子に腰掛け、部屋を見渡します。

 聖女の清らかさを意識して、純白に染められた室内。壁紙も、床も、調度品も全て真っ白。

 ――聖女の恩恵を利用したいお偉い方々はあんなに真っ黒で血塗れて穢れているというのにね。

 内心でそう思って、すぐにくすくすと笑っています。


「私自身が真っ黒で血塗れているのですから、それに触ろうとしたら穢れるのは当然よね」


 机に用意されたクッキーを手に取り――それに毒が混ぜられていることを精霊様が伝えてくださいます。

 私はそれを毎回するように、口へと放り込みました。

 毒が体に染み込もうとするのを、精霊様の加護が打ち消し、浄化してくださいます。

 しばらく味わった後は、それを清潔なハンカチへと包み、それを手に部屋を出ました。

 部屋の入り口で待機されている護衛の方々に付き添ってもらい、私は廊下を歩きます。

 目的の場所も、相手も、精霊様が全て教えてくださいます。


 ○


 探していた彼女は、メイド服に身を包んでいつものように仕事をされていました。今は掃除の途中ですね。

 彼女は私の顔を見て一瞬、表情を強張らせましたがすぐに平静を装い、他の使用人と共にこちらへ一礼して挨拶をされました。


「ごきげんよう、皆様お疲れ様です」


 皆様に微笑みかけながら、彼女との距離を少しずつ縮めます。

 まだばれていない、と考えているのでしょうか。彼女は逃げ出す様子はなく、ただ緊張した様子でいる。

 そんな彼女に私は、こっそりと持っていた包みをお見せします。


「クッキー、おいしかったですわ」


 その言葉と私の様子に、ようやく彼女は事態を察したようです。


「すこしあなたに、おすそわけしてあげようと思いまして」


 既に距離は詰めています。彼女を壁際に追い込みながら、私は包みから取り出したクッキーをひとつ、彼女に近づけていく。


「どうぞ、お食べになってくださいな――できるものなら、ね」


 追い詰められた彼女は、懐からナイフを取り出して私の腹部へと突き刺してきました。

 護衛の人達は事前に説明していなかったためか、反応が遅れて間に合いませんでしたが構いません。

 キイン、と甲高い音と共にナイフは私を覆う光の魔力に弾き飛ばされ、宙に舞います。

 さすがに暗殺の失敗を悟った彼女は逃走を図りますが、その前に私は魔法を放ちます。

 詠唱は必要ありません。光の精霊様が力を貸してくださいますから。

 私はただ手を翳すだけで、彼女を光輝く鎖が雁字搦めにして捕らえます。


「私に毒殺や刺殺なんて普通の手段は無意味です。

 それを知らないということは、その程度の情報も調べられない子鼠さんか、少々遠い国からのお客様でしょうか」


 観念したのか、彼女は舌を噛み千切ろうとしたので、口には光の猿轡をプレゼントです。


「では、ゆっくりとお話をしましょうか」


 拘束され床に転がされた彼女の見下ろしながら、私はにこりと微笑むのでした。



 ○



 お友達も交えて、彼女とたくさんのお話を終えた後、私は部屋に戻りました。

 今回のような暗殺は、今に始まったことではありません。

 聖女という存在を邪魔に思う者も多く、昔から何度も狙われています。

 とはいえ、今回のような直接的な暗殺は私には無意味です。

 光の精霊様の加護が様々な命の危機から私を助けてくださいます。

 ――いえ、まったくの無意味とはいえませんね。

 いくら精霊様に守ってもらえるとはいえ、命を頻繁に狙われるのは気分が良いものではありません。

 ですがそれでも、自分が狙われる分にはまだ大丈夫です。

 一番耐え難いのは、私のせいで他の方が被害にあうこと。

 疲労もありベットへと入り込んだ私は、昔のことを思い出しながら眠りにつきます。

 だからでしょう。私の初恋が終わった時のことを夢に見ました。


 ○


 私にはキール・キャスターという幼馴染がおりました。

 まだ聖女の名の重みを理解できぬ幼い頃、私はよく幼馴染の男の子と遊んでいました。

 互いの家は旧知の仲であり、婚約者の候補でもありましたが、聖女としての加護を授かった私を婚約者に望む人々は多く、許婚の約束は取り交わしていませんでした。

 ですが私は、彼のことが好きでした。まだ一桁も超えない年齢でしたので、幼い恋心でしたが。


「はい、キールのすきな、あかいおはなのかんむりよ!」

「ありがとう。じゃあぼくは、しろいおはなのくびかざりをあげる」


 お花畑で二人、よく遊びました。

 キールは男の子ですから、もっと体を使う遊びをしたかったかもしれません。

 ですがその頃の私はけっこうわがままで、おままごとや人形遊びのような女の子が好む遊びにばかり誘っていました。


「むー、しろはもういい。みんなわたしに、しろいものばかりわたすんだもん」


 聖女のイメージはやはり白だったのでしょう。周りの人達や教会の方は私に白い贈り物ばかりを選んでいました。

 ですが私はピンクやブルー、自分の瞳と同じ色のグリーンなど、様々な目立つ色が好みでしたので不満を覚えたものです。


「ぼくは、マリアにはしろがにあうとおもうよ」


 そう言ってキールは、私に白い花で飾られた手作りの首飾りをかけてくれました。


「ほら、とってもきれい」


 キールの優しい言葉と笑顔が、私はとっても好きでした。

 ですが私は照れてしまい、その思いを素直に伝えることができませんでした。

 それを、ずっと後悔しています。


 ○


 ある大規模な催し物が行われた時でした。

 私はパーティの合間にこっそりと庭に出て、キールにあげようと摘んだ赤い花を胸に抱えていました。

 会場の中で彼の姿を見つけて、嬉しくなった私は駆け寄ります。

 彼はこちらに気づいて、振り向きました。

 俯きながら、少しふらふらとした足取りで近づいてくる私は、彼の異変に最後まで気付けませんでした。

 気付いたのは、本当に最後の最後の瞬間。

 虚ろな目をしたキールは、私に向かって倒れこむように飛びつきながら

 「にげて」と、たしかにそう言っていました。

 キイン、と。甲高い音がして、彼の手からナイフが弾き飛ばされます。

 私を狙って突き刺された、彼の握っていたナイフが。


「……キール?」


 私はわけがわからなくて、呟くことしかできませんでした。

 精霊様が危機を知らせてくれていても、加護の力で私を守ってくれていても、私には目の前のことが理解できませんでした。

 キールが私を殺そうとした、なんて。とても、認められなかったのです。


 周囲の大人達がキールを取り押さえます。彼はただ、その虚ろな瞳から涙を流しながら。

 「にげて。みんな、にげて」そんな言葉を繰り返し、呟いていました。

 ぱあん。乾いた破裂音が響きました。

 驚いて一瞬だけ目を閉じて、次に開いた瞬間。

 目の前には、まっかなはながさいていました。

 キールのあたまがあったばしょに、まっかな、まっかなおはなが。


 幼い私はそのように感じました、実際には、彼の頭が破裂して、絶命させられた瞬間でした。

 会場は騒然となります。取り押さえていた大人も、遠巻きに見ていた人々も、悲鳴を上げていました。

 その時の記憶はおぼろげですが、夢の中だからでしょうか。それとも、精霊様のおかげでしょうか。成長した私の思考で、当時のことをはっきりと思い出せます。

 幼い私に、精霊様の力が宿ります。光の精霊様が自身の御意思で、私の体に降霊されたのです。

 後に精霊様からは、私に相当な負荷を掛ける行為であったことを伝えられましたが、当時の私には知る由もありません。

 全身から神々しい魔力が迸ろうとも、普段は碧色の瞳が黄金の輝きを放っていようとも。

 当時の私には精霊様が教えてくれた、キールが精霊様の御力でも助けられないということと、犯人はこの会場内にいるということしか分かりませんでした。


 黒幕は、近くにいました。私が放つ精霊様の力が、実行犯も共犯者もまとめて光の鎖で縛り付けます。

 そして肝心の黒幕は、鎖で縛りつけた上に魔法の十字架に磔にしました。


「こ、これはどういうことですかな聖女様! まさか私が犯人だとでも――」


 私の目の前で、服を着た豚が喚いています。

 正確には一応人間なのですが、ぶくぶくと肥え太り、色々と黒い噂の絶えない悪徳貴族の男です。

 あわよくば聖女の暗殺、失敗しても聖女に親しいキャスター家を陥れて何やら企んでいたようですね。

 精霊様の御力で豚の心を覗き見た幼い私から見ても無茶苦茶な計画しか立てられておらず――そんなもののためにキールが殺されたと思うと、耐えられませんでした。


「汝、己が罪を告白し懺悔せよ」


 私の口から、私ではない声が響きます。光の精霊様の御声です。

 会場にいる方の中には声に含まれた魔力や尋常ではない私の様子から、精霊様の降霊を感じ取った方がいたそうです。

 ですが豚は気付かないままでした。


「わ、わたしは罪など何も――聖女様といえどこれは大問題ですぞ! 謝罪と賠償を」

「なれば汝、己が罪と邪心に殉じよ」


 私の姿をした精霊様が睨みつけると、豚は喚くのを止めて悲鳴をあげて震え始めました。

 やがて、その口からは数々の犯罪の自白が零れ始めます。聞いているだけで吐き気のするような、非道の行いの数々。

 ただ私にとって決定的だったのは、その男がこの世で最後に吐き出した罪でした。


「――わたしは、キール・キュスターに洗脳の魔法をかけ、事が終われば死ぬように魔法を仕掛けた」


 その言葉を聞いた瞬間、私の感情は激しく爆発したのでしょう。

 この時の私は、ほんの一瞬だけですが精霊様から体を取り戻していました。

 体を取り戻したこともまた光の精霊様の意思だったのかは今でも分かりませんが、確かなことはあります。


「しん、じゃえ」


 私は、私の意志で、人を殺しました

 真っ赤な花が咲き、溢れ出た赤が私の白い服を染めました。

 瞳から零れた涙ではとても拭い切れない、穢れた赤に。


 ○


 夢から覚めると、瞳から涙が零れていました。

 遠い過去の、もうどうやっても取り戻せない日々の夢。

 ベットから身を起こして、窓際に飾られた花を見ます。

 真っ白な部屋の中で唯一別の色を持つ、赤い花。

 キールが大好きだった花です。

 私にとっては大切な思い出の赤い花でもあり、あの日の惨劇と己の罪の記憶を呼び起こす忌々しい赤色でもあります。


「……キール。わたし、がんばるからね。

 この国が、綺麗な真っ白の国になれるように」


 聖女としての生に殉じる覚悟を決めた時に、誓ったことだ。

 貴族ではあっても王族ではない私は、いきなり国を染めることはできないけど。

 王様だって綺麗にできない、どこまでも穢れた闇がたくさん溢れているけれど。

 それでも、聖女として生まれた私にしかできないことが、きっとあるから。


「私はもう、穢れてしまったけれど――」


 今日もまた聖女としての戦いが始まる。

 もう一度だけ、真っ白な光に溢れていた昔のことを思い出して、私は涙を拭った。

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