僕の所属するミステリー研究部のとある一日
お時間のあるときに、ゆるりとお読み下さい。
突然ではあるが、僕はミステリーという類のものに、めっきり目がなく、次いで言えば自分でトリックを考えることもある。まあ、ここまでなら何処にでも存在しそうな、ミステリーファンの一人に過ぎないが、注目して頂きたいのは、僕の推理力という面である。
ここで、僕がどのようにしてミステリーに出会ったのか、少し話をしておこう。
この母なる大地に産み落とされ、早一九年と少し。後一ヶ月で二十年となる。初めてミステリーに出会ったのが……、えーと……、確か十年前。小学三年生の頃だったと思う。僕が、この母なる大地に足をついてから十年を経て初めて鯉…失礼、恋に出会した年である。当時好きだった女の子が、猛烈なシャーロキアン(当時はそんな言葉もちろん知らなかったが)であり、シャーロックホームズの本を借りたのがきっかけである。ああ、これはちなみに鯉…失礼、恋に出会い、恋に落ちたきっかけではなく、ミステリーに出会い、ミステリーに目をなくしたきっかけである。
そんなこんなで、それから十年の歳月(正確に言うと九年と十一ヶ月)を経て、現在にいたる。ああ、ところで、言い忘れるところであった、僕の推理力についてだが、これがまあ見事なもので……。一言で言えば、当たったことがない。一般市民からしてみれば、そんなことどうだって良いと言うだろう。実際、僕も一般市民ならそんなことどうだって良いと言うに違いない。そんなどうだって良いことを真剣な瞳で語るぐらいなら、就職活動、将来統計、云々について真剣に考えろと言いたいところだ。うむ。今、自分の心に何かが、ぐさっと突き刺さった音がしたが、気にしないでおこう。
ダメだ、ダメだ。ついつい話が逸れてしまう。これは癖だ。それも悪い方の。話を巻戻して、どのくらい僕の推理が当たらないのかということについて、説明しよう。それはそれは、某天気予報士のお天気予測の如く、某ナントカ君という棒アイスの当たり棒の如くである。例えが、少しおバカだったかな。そこは、僕の可愛いお茶目さということで済ませて頂けるとありがたい。僕の説明はこんなもので十二分だろう。なんせ、スターではないもので、取り上げることのできる特技も出来事もないのでね。こんなつまらない男ではあるが、ミステリーだけはつまるほど語れる男の、ちょっとしたお話をどうか暇つぶし程度に聞いてください。
―四月一日 某K大学ミステリー研究部部室前―
僕は今、猛烈に悩んでいる。何に悩んでいるか、それは今、僕の目の前にある扉を開けるかどうかということについてである。
僕は、このK大学に入学後すぐに、ここミステリー研究部に入部した。理由は、僕についてのつまらない説明を読んでいただけたら勘の良い方はすぐにお察し頂けたであろう。つまりは、ミステリーファンだからである。ミステリー研究部部員は僕を含めて、総勢三名。この数字を多いと感じるか、少ないと感じるかは個人の感性に任せることにするとして、メンバー構成についてここで少し。
この総勢三名のうち、二名は四回生であり、もちろん部の重要な部長、副部長である。とてもご立派な何とも頼りになる先輩方である。そして、残り一名が二回生の僕である。一番下っ端の僕は責任者という職務こそないが、使いっぱしり、通称パシリと呼ばれる職務がある。これは、誰もが通過する言わば、マラソンで言う休憩所なのである。意味合いは全くの正反対であるが。
しかしながら、ここで重要なのが、今が四月の一日であることと、この僕が二回生であるということである。そう。そうなのだ。僕が、このパシリと呼ばれる職務を辞任する時期が来たのである。問題はこの職務の次期後継者、後継ぎ問題である。説明をする必要はないとも思うが、次にこの職務を担う者が現れなければ、僕は再びパシリ職務に就任である。何とも、避けたい。
いや、このような言い方をしてしまうと少し誤解されてしまうかもしれない。僕は決して、先輩方のパシリが嫌なわけではない。僕の昼食のサンドイッチが毎日なくなったとしても(昼食は大体部室で、部員と食べている。友人がいないわけじゃないぞ、決して)、僕のジュースが毎日いつの間にか半分なくなっているとしても、はたまた、部室で飼っているワンちゃん(もちろん犬であるが、これはハイセンスな部長がお付けした立派な名前である)の散歩を毎日任されているとしても………云々……、口を開けば閉じることを忘れてしまいそうな勢いだが、本当に嫌だとはミジンコの毛程も思っていない。信じて欲しい、僕のこの潤んだ瞳を以て。
さてさて、また悪い癖が出てしまったようで。なぜ、部室の扉を開けることを迷っているのかと言うと、実は(僕にとって)大切な新入生勧誘名簿を紛失してしまったのである。ああ、何たることだ……。取り敢えず、先輩方にご報告をしなければ。これで今年もパシリ就任かな……。
コンコン、がちゃ。
「こんにちは。遅くなってすいません。」
できる限り、笑顔で、平常心で、……いざ勝負。
「どうしたのよ、随分遅かったじゃない。ははーん、さては新入生をお茶にでも誘っていたか、少年。」
これは、部長からのお言葉。いつもながら笑えないご冗談を。
「部長、失礼ながら、僕は今年二十を迎えます。正確には後一ヶ月です。少年という言葉は、最早僕には……。それから、お茶に誘うなんて真似はしていません。一年間、僕という人間を見ていたら分かるでしょう。僕は極度の女性嫌いなのです。」
初恋の女の子に振られてからめっぽう女性嫌いになったという僕の人生のターニングポイントについては触れないで頂きたい。
「まあまあ、そう怒らない、怒らない。だって君、顔というか、うーん…見た目全て、総合評価で、少年の言葉がこんなに似合う一九歳大学二回生を私は今まで見たことがないわ。」失礼な。
「それにさ、その女性嫌いっていうの。それも私には分からないな。だって、私とはこんなにも自然に、素敵な笑顔でお話できるじゃない。」
笑顔がひきつりそうだ。先輩とお話できるのは別に不思議なことではない。僕は女性嫌いと言ったのだ。先輩を女性とははなから考えてなどい…な…い……。走馬灯が見える。
「何かいったかしら。」と、先輩。
「いえ、何も。」と、すかさず僕。
「で、結局何していたのよ。って、もうそれはいっか。ん。」
先輩が手を差し出す。お手かな。僕はワンちゃんじゃないけど。
「早く見せてよ。午後の成果はどのくらい。朝は確か五人だったわよね。あ、ちゃんと連絡先は聞いたわよね。」
新入生勧誘名簿の催促ですか。精神統一、精神統一。落ち着け僕。
「それがですね…。えっと…その……。」
「何なのよ、はっきりしないわね。煮え切らない男はダメよ、モテないわ。」
煮られたくありません。
「いえ、その…何てことはないのですが、ただちょっと名簿がどこかお散歩に行かれまして。えーと…、夕方には戻るようには伝えたのですが…えーと…戻って来ていませんかね。」
その日、某K大学ミステリー研究部部室からは、男とも女とも分からぬ獣のような叫び声が聞こえたとか、なんとか…。
「で、どういう状況でなくなったの。風に乗ってお散歩に行きました、なんて血豆ほどにも面白くないこと言ったら、素晴らしいお花畑見させてあげるから。」
きっと人生で最期に見る予定であろうお花畑だろう。
「いえ、それが…。」僕が説明しようとしたその時、
「やっほー。新入生の勧誘状況はどんな感じだー。結構期待できそう?」
神…、副部長と言う名の神が部室に降臨なさった。
「ああ、副部長やっほー。いや、それがさ、何か少年が名簿をなくしたみたいでさ。今、何処でどうやってなくしたのか取り調べしてんの。」
僕は重要参考人なのか。カツ丼は出…ないか…。
「あらら、そりゃ大変だな。少年君、ゆっくり、じっくり、ぐつぐつ…じゃなくて、よーく考えて思い出すんだ。」
副部長は世間で言う天然属性の方である。ちなみに男。とても、お優しい方で、部長とは天と地、否、下界ほどの差がある。まあ、部長を例に挙げると世の人間全員がそのようになるかもしれないが。なぜ、あなた様が副部長なんですか。理解に苦しみます。それと、少年とは言わずもがな僕のこと。あだ名に定着しつつある。納得はしていない。
「はい、今、ゆっくり、じっくり、ぐつぐ…じゃなくて、よーく思い出しています。そう、あれは確か………。」
―四月一日 午後 某K大学 中庭―
ああ、これは何だ。勧誘という名の戦であろうか…。
「テニス部どうですかー。あ、あなたテニスしない?ユニフォーム可愛いわよ。」
服で釣ろうというのか、小賢しい。
「軽音楽部どうですかー。一躍スターになろうよ。」
スター気取りで頭にお花が咲いているような人間にはなりたくない。我がミステリー研究部に入部するほうが(贔屓なしに)まだ良いだろう。
目の前に繰り広げられるは、まるで領土の奪い合いをするかのような部の勧誘。しかし、謳い文句に買い文句とはよくいったもので、どの部活、サークルも着実と勧誘が成功していた。僕も何とかせねば。午前は五名の勧誘に成功している。ちなみに、午前は部長と副部長に同行して頂いた。部長の言葉巧みな謳い文句に五名が買われたのは、たった三十分の出来事である。(先輩は三十分で勧誘に飽き、後は副部長と僕の二人であった)
「取り敢えず、暑いし、木陰に一時撤退して、さっき買ったホットドック食べながら作戦を練ろうかな。行こう、ワンちゃん。」
僕は勧誘のついでにワンちゃんの散歩もしていた。ワンちゃんは、比較的大人しく、また愛想も良い可愛いやつなので、勧誘の餌…げふん、げふん、宣伝にも役立つと考えたのである。木陰に座り、僕は名簿を隣に置いた。風でお空にお散歩されないように、上に重石も置いておいた。ワンちゃんはリードを木にくくりつけておいた。しかしながら、うちの可愛いワンちゃんは、大人しくはあるが、穴を掘る癖があるので、気をつけておかねばならない。ほら、こうして、考えているうちにもワンちゃんは邪気の無い笑顔で穴を掘っている。あとで、埋めないとな…。
ホットドックも食べ終え、勧誘に関して蟻の目ほどにも考えてはいなかったが、腰を上げ、戦場に戻ることにした。そこで、ようやく気がついたのである、事の事態に。重大な事件に。僕の…もう良いか。とにかく、ここで気がついたのだ。隣に置いていた勧誘名簿がなくなっていることに。
「というわけなんです…。部長、僕は無実です。お願いですから、お縄を解いては頂けませんか。」僕は、決死の覚悟で身の潔白を叫んだ。
「ええい。うるさい、うるさーい。少年よ、自主をするなら今のうちだぞ。どうする。どうするんだ。」そんな…、僕のこの濁りの無い澄み切った瞳を見てください。そして、あわよくば信じてください。
「本当なんです。これが真実です。事実なんです。僕は本当に何もやってません!」
「そうか。分かった。よーく分かったよ。」信じて下さったのか。ありがたや、ありがたや。神はまだ、死んでなどいなかったのだ。
「ありがとうございま……。」僕は最後まで言えなかった。なぜなら…、
「副部長、少年を連行しろ。」オウ、マイ、ガー。神など存在しなかった。
と、ここで、この場に相応しくない笑い声が聞こえてくる。正確には、副部長からだ。
「まあまあ、落ち着いてよ。部長も少年君もさ。断定するには、証拠がないけど、きっと犯人は少年君じゃないと思うよ。だって、少年君が名簿を隠す、もしくは捨てたとして、何もメリットがないだろう?」
ごもっともです、副部長。付け足すなら、むしろデメリットがあるということですかね、はい。
「あーん、だけどさー、副部長。その少年に動機がないにしても、ほかの人にはもっとないじゃない。やっぱり、少年、あんたが犯人ね。白状なさい!」あーん、何でそうなんの。
「副部長、いいですか。僕は本当に本当に、ほんっっっとに無実ですからね。犯罪に手を染めたりなんてしてませんからね。本当ですよ。」
「はいはい、分かってるよ。落ち着いてったら。」
優しく僕の頭を撫でて下さる副部長。ああ、神はこんなところにおいでになられていたのですか。
「で、副部長。容疑者の少年が犯人でないとするなら一体誰が犯人なのよ。」
これは、悪魔もとい部長の地獄のお言葉。
「それを、これから調べて解き明かすんじゃないか。」
これは、神様もとい副部長のありがたきお言葉。
「あんた、さっきから何かあたしに対して、すっごく失礼なこと考えてない?」
「滅相もございません。」これ以上、状況を悪化させるわけにはいかんぞ、僕。
「ところで、その、何だっけ。ああ、一時撤退して作戦会議した場面。その時は確かに名簿はあったんだね。ちなみに、どのくらい撤退していたの?」
会議はしていませんが…。
「はい、確かに木の木陰に座るときはありました。飛ばされないように重石を置いた記憶も確かですそれから時間ですが、多分三十分くらいだったと思います。」
まだ、物忘れをする歳ではない。記憶は鮮明だ。
「その時に、周りに誰かいなかったのかい?例えばそうだな…。他の部活の勧誘している人たちとか。もしかしたらその人が間違って持っていったのかもしれないよ。」
なるほど、流石は副部長。しかしながら、副部長、僕は……。
「ええーと…。いたような、いなかったような。多分いたとは思いますが…。何と申しましょうか…、そうだ、人ごみは背景の一部となっていました。」
きっぱりと言う僕。苦笑いする副部長。ええーい、なんて失態したんだ、僕め。
「うーん。では、それは最後の候補にするとして…。だとすると、他に可能性は…。」
するとここで、
「あんた、ホットドック食べたって言ったわよね。」部長のご登場である。
「はい。ホットドックを買って食べました。あ、僕が買ったので最後みたいでしたので、もう購買に行っても今日は無いと思いますよ。なんせ、ここの購買のホットドックは絶品でしてね。僕も今日、買えたのは奇跡だったんですよ。」と、うんたらかんたら続ける僕。
「はいはい、ストーップ。あたしはね、あんたにそんなこと聞きたいんじゃないのよ。」
いひゃい、いひゃい。頬っぺたをつねらないでくだしゃい、ぶひょー。
「あんた、その時のゴミはどうしたのよ。当然、ゴミの一つや二つ出てくるでしょう。」
「はい。まわりのビニール袋に、ホットドックが包まれていた紙に、お手拭きに。一つや二つと言わず、三つ出ましたね。」決して僕は天然ではない。決して。
「はあ、あんたねえ。んで、そのゴミはどうしたの。」
「もちろん。きちんと分別して捨てましたよ。あ、そうか。部長はその時に一緒に間違って捨てたと仰りたいんですね。ですが、残念です。それは有り得ません。」
「何でよ。言っとくけど、あんたの鮮明な記憶なんか証拠にならないわよ。鮮明じゃないんだから。」ありゃりゃ、あれ声に出ていましたか。
「ですが、有り得ないんです。だって……。」
「「だって?」」珍しく、部長と副部長の声が合わさる。僕は続けた。
「だって、捨てに行くときには、もうなくなっていましたから。」
「「はあー。」」さすがは、同じ学科、学部、学年。息が合っておられる。
「だったら、それを早く言いなさい。」すいません。
「他に可能性は…。うーん。難しい事件だね。」諦めないでください、副部長。
「ワンちゃんが食べちゃったんでしょうか。僕だけが、ホットドック食べていたことに怒こって。」うん、動機としてはなかなか有り得る。
「あんたね、ヤギじゃないんだから。犬が紙を食べるか。」突っ込む部長。珍しくない。
「そうだね、ワンちゃんはヤギじゃないんだから。」突っ込む副部長。珍しい。
「あの、一つ提案なんですが、僕が作戦を練っていた木の木陰を見てみませんか。僕は、もちろん血眼になって探したんですが。もしかしたら第三者の目からだと、すぐに見つかることあるじゃないですか。」
「仕方ないわね、ホットドックで良いわよ。」何が良いんですか、部長。
「事件は現場で起きてるって、青島さんも言ってたし。よし、現場に行きますか。」
ちなみに、副部長は踊るような、そんな大捜査線が好きなのである。捜査線をはれるほど、部員がいないのが残念である。
ところ変わって、事件が起きている現場である。時刻は午後六時。先ほどとは打って変わって、今では静かである。事件現場となっている中庭はなかなか良いところで、真ん中に大きな桜の木が植えられている。それは、もう見事なまでの咲きっぷりで、お花見には絶好の場所と言われている。そして、後数日経てば、各部活の新入生歓迎会の会場になるでろう場所である。
「部長、副部長、この木です。この木の陰でホットドック食べました。ちなみに、その時に出たゴミを捨てたのは、あそこのゴミ箱です。」
僕は、真ん中にある大きな桜から少し離れたところに植えられている木を指した。これは、なんて木なんだろうか。僕は植物には興味が惹かれないので、僕の木陰になってくれた、このご立派な木の名前が分からない。ちなみに可愛らしいお花を咲かせていらっしゃる。
「ああ、この木か。これは白木蓮という花の木だ。なかなか綺麗に咲いているな。」
白木蓮というのか。勉強になります、副部長。
「でも、来たは良いけど、やっぱりそれらしいのは見つからないな。」
部長は僕を凹ませる言葉しか知らないのか。
「そうですね。やはり、第三者の目からしても、無理でしたか。ああ、部長。ゴミ箱の中はもう回収が済んでおり、きれいに空っぽでした。」
「為す術なし、か。」ありゃ、部長が珍しくしょげているご様子だ。ふむ、どうすれば…。
「ワンちゃんに、匂いを嗅がせて探させるとか。」
「「………。」」沈黙。
「なんちゃって。」苦笑する僕。そりゃ、そうだ。匂いもなにも、名簿が無いんじゃ匂いなんて嗅がせられない。僕のお茶目な発想はどうやら全くウケなかったようだ。と、思いきや…。
「「そうか、匂いだ。」」いきなり目を輝かせる部長と副部長。
「少年、一つ聞くが、お前がホットドックを食べている時、あの犬が穴を掘っていたと言った。間違いないな?」
犬じゃなくて、ワンちゃんだ、と喉まで出てきた言葉をゴクリと飲み込み「はい。」とだけ答えた。
「その穴は、お前が埋めたのか?」
一つじゃなかったのか、と喉まで出てきた言葉をまたまたゴクリと飲み込み、今度は「いいえ。」と答えた。先輩はニヤリと、まるでいたずらが成功した子供のような悪名高い笑顔を僕に向けた。背筋が凍る。すると、ここでそれを解凍して下さる声がした。
「少年君、君はホットドックを買った時、片手にはワンちゃんのリードを持っていた。そして、もう片方の手には、ミステリー研究部の大切な新入生勧誘の名簿があった。その状況で、君はどうやってホットドックを持って木の木陰まで移動したんだい?」
真剣な眼差しを僕に向けてくる副部長。やめて下さい。照れるじゃないですか。ではなく、
「ああ、それなら、ホットドックを買った時に、少し大きめのビニール袋に入れてもらったんですよ。名簿も一緒に入れられるように。賢いでしょ?」
「やっぱり。」「そういうことだったんだ。」
褒めて、褒めてと尻尾を振る僕と、何かを確信したような部長と副部長。僕には何がなんやらさっぱりです。部長が口を開く。
「状況を整理しよう。お前は新入生を勧誘するという貴重な部活の時間、ワンちゃんを連れて購買部へ行き、ホットドックを購入した。手が塞がっていたため、購買部のおばさんに頼み大きめの袋に入れてもらい、その中に名簿も入れた。そして、木の木陰に撤退し名簿を横におき、飛ばされないように重石も載せていた。ホットドックを食べ終わると、名簿はなぜかなくなっていた。そうだな。」
前半部分に少々、悪意がこもっていたような言い方だったことは、この際、横に置いとくとして、僕は静かに、しかし、しっかりと首を縦に振った。部長は続けた。
「ここで重要なのは、そこにいる犬だ。犬に限らず、動物には野生本能で食べ物を隠す習性がある。多分、その犬は名簿を餌だと勘違いをし、隠したんだろう。」
そこで僕は反論した。
「しかし、ワンちゃんは犬ですよ。紙を餌と間違えるなんて。ヤギじゃないんだから…。」
一瞬、先輩の目が鋭く光った。背筋が凍る。そしてまた、それを溶かして下さる暖かな春がやってくる。
「匂いだよ。」ああ、凍えた背筋が温まる。
「匂い…ですか?」
「少年君は名簿をホットドックと一緒の袋に入れていた。もちろんホットドックの美味しそうな匂いは、簡単に名簿に移るだろう。」ああ、なるほど。さすがは、副部長。
「しかし、お言葉ですが、副部長。ワンちゃんが何処でどう過ごしていたのかなんて、僕は把握しきれていません。ワンちゃんは名簿を何処に隠したのでしょう。学校中を探しますか?」副部長となら、何処まででも行けそうだ。
「ふざけないで。あたしたち、特にあたしは、あんたみたいに暇人じゃないのよ。隠し場所なら大体、目星はついてるわ。あんたがホットドック食べてる時に、そこの犬が掘った穴はどこ?」
ああ、そうか、なるほど。ホットドックを食べ始める時には、確実に名簿は存在していた。食べ終わった時に、無くなっていたのだから、ワンちゃんはその間に隠したのだ。リードにつないでいたことから、少なくとも木陰に使っていた、あの木の周りには隠されている。一番怪しいのは、ホットドックを食べていたときに掘っていた穴だ。あの穴は、もちろん埋めてあるのだが、先ほどの部長からの質問に答えた通り、埋めたのは僕ではない。ワンちゃん自身だ。いつの間に、こんな芸が出来るようになったんだと、その時は涙を流して感動したが、蓋をあけてみるとどっこい。ワンちゃんは、僕を困らせるために、名簿を隠したのだ。ホットドックを買ってくれなかった腹いせだ、きっと。今、見ると、無邪気だったワンちゃんの笑顔が急に邪気を含んだものに見える。ああ、恐ろしや、恐ろしや。
「とりあえず、調べましょう。確かこの辺りだったと思うんですが…。」
僕は、適当に目星をつけて、掘っていった。すると、まあ、見事なもので。名簿は発掘された。少々、土の汚れはついたものの、雨は降っていなかったので、無事である。こうして、ミステリー研究部の新入生勧誘名簿救出活動は幕を閉じた。
あの、名簿騒動が起きた後、このミステリー研究部に入部した者はいない。それは何故か。皆、可愛いユニフォームやら、一躍スターになれるやらの謳い文句に買われていったのである。そして今日、
「あー、部長また僕の昼食のサンドイッチ食べましたね、ああ、新発売の季節限定のジュースも半分なくなっちゃってるし…。そういえば、どうして先輩はいつも半分だけ飲むんですか?サンドイッチは全部きれいに食べるのに。」ちなみに、この言葉の九割は嫌味である。
「ああ、そりゃーあれだ。いやー、可愛い後輩の女性嫌いを克服させようと思ってね。こんな美人で、優しくて、おモテになる先輩と間接キッスができるようになれば、もう女性嫌いなんて言えなくなるだろう。」
ああ、部長、お心遣いありがとうございます。しかし、誠に申し訳ないのですが、僕の中で部長が女性だったことは、今の今までで一度も…な…かっ……た………。ぐて。
「部長、少年が死ぬぞ。」ああ、天使が見える。ここが天国か…。
「ああ、そうなるようにしているんだ、問題ない。」何故、同時に悪魔の声もするんだ。
「ごめんなさいー!副部長は素敵でしたー!」僕は、最後の力を振り絞って叫んだ。心残りは無い。そんなこんなで、つまらない男でありながら、ミステリーだけはつまるほど語れる男の、ちょっとしたお話を終えるとしようか。では、またお暇になった時にでもお話しましょう。
「部長、ごめんなさーい。」
「ゆるさーん!」
この度は私のお話をお読みくださり、本当にありがとうございます。感無量であります。
もし、よろしければご感想をいただけると嬉しいです。今後の参考にもさせていただきます。よろしくお願いいたします。