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異世界パートナー代行業 ~貴族令嬢の秘密~

掲載日:2025/12/15

 私の仕事は、嘘の恋人になることだ。


 藤原誠一、三十四歳。前世ではサラリーマンをやっていた。毎日終電まで働いて、休日も出勤して、気づいたら心臓が止まっていた。


 過労死だった。三十二歳だった。


 妻を残して死んだ。


 それが、今でも一番の心残りだ。


 「……」


 転生してからも、よく夢に見る。


 彼女の顔。彼女の声。彼女の涙。


 「ごめんね、もっと一緒にいたかったのに」


 そう言って死ねなかったことが、ずっと心に引っかかっている。



 この世界に来て、五年が経った。


 最初は冒険者でもやろうかと思ったが、戦闘センスが皆無だったので諦めた。


 代わりに始めたのが、今の仕事だ。


 「護衛兼パートナー代行業」


 要するに、貴族のパーティーや社交界に「恋人のふりをして同行する」仕事である。


 貴族の令嬢や若い未亡人など、「一人で参加すると面倒なことになる」という依頼者は意外と多い。


 私は剣術は駄目だが、礼儀作法と会話術には自信がある。前世で散々やらされた接待ゴルフと取引先の会食が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


 「藤原さん、新しい依頼ですよ」


 事務所で待っていると、助手のミリアが書類を持ってきた。


 「依頼主は?」


 「レイシア・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵令嬢。二十四歳。王都の社交パーティーに同行してほしいそうです」


 「伯爵家か。大きな依頼だな」


 「報酬も大きいですよ。金貨二十枚」


 「引き受けよう」


 私は書類にサインした。



 依頼主との顔合わせは、三日後だった。


 場所は、王都の高級茶館。


 私は少し早めに到着し、個室で待っていた。


 「失礼します」


 扉が開き、依頼主が入ってきた。


 私は、立ち上がって挨拶しようとした。


 そして——


 「……っ」


 息が止まった。


 目の前にいる女性。


 栗色の髪。穏やかな茶色の瞳。少し困ったような微笑み。


 前世の妻に——美咲に、そっくりだった。


 「初めまして。レイシア・フォン・ヴァルトシュタインと申します」


 「あ……は、初めまして。藤原誠一です」


 私は、動揺を隠すのに必死だった。


 (落ち着け。他人の空似だ。この世界には、似た顔の人間がいても不思議じゃない)


 「藤原様。お噂はかねがね」


 「いえ、大したことは……」


 レイシア嬢は、優雅に微笑んだ。


 その笑顔が、美咲にそっくりで——


 私は、心臓が痛くなった。



 打ち合わせを進めながら、私はレイシア嬢を観察していた。


 見た目だけではない。仕草も似ている。


 お茶を飲む時の、カップの持ち方。


 話す時の、少し首を傾げる癖。


 困った時に、右手で左腕を抑える仕草。


 (まさか……)


 いや、そんなはずはない。


 美咲は日本にいる。私が死んだ後も、生きているはずだ。


 それに、たとえ死んだとしても、同じ世界に転生するとは限らない。


 偶然だ。偶然に決まっている。


 「藤原様?」


 「あ、すみません。少し考え事をしていました」


 「大丈夫ですか? お疲れでしたら——」


 「いえ、大丈夫です。続けてください」


 私は、無理やり意識を仕事に戻した。



 パーティー当日。


 私は正装でレイシア嬢を迎えに行った。


 「お迎えに上がりました」


 「ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」


 レイシア嬢は、美しいドレスを着ていた。


 深い青色のドレスに、控えめなアクセサリー。派手すぎず、上品な装い。


 (美咲も、こういう服が好きだったな……)


 また、余計なことを考えてしまう。


 「どうかしましたか?」


 「いえ……お似合いです。とても」


 「ありがとうございます」


 レイシア嬢は、少し頬を赤らめた。


 その表情も、美咲にそっくりで——


 私は、自分の心が揺れるのを感じた。



 パーティー会場に到着した。


 王都の大貴族が主催する、大規模な社交会。


 数百人の貴族が集まり、華やかな音楽と会話が響いている。


 「緊張しますか?」


 「少しだけ」


 「大丈夫です。私が隣にいますから」


 私がそう言うと、レイシア嬢は小さく笑った。


 「……その言い方、どこかで聞いたことがあります」


 「え?」


 「いえ、なんでもありません」


 レイシア嬢は、私の腕を取った。


 その手の温もりが、懐かしくて——


 私は、胸が締め付けられる思いだった。



 パーティーは順調に進んでいた。


 私たちは「恋人同士」として振る舞い、周囲の貴族たちと談笑した。


 レイシア嬢は、社交に慣れている。会話も上手で、私がサポートする場面はほとんどなかった。


 「レイシア嬢は、パートナーを雇う必要があったのですか?」


 ダンスの合間に、私は尋ねた。


 「社交は得意なように見えますが」


 「……いい人を探していたんです」


 「いい人?」


 「はい。条件に合う人を」


 レイシア嬢は、私を見つめた。


 その目に、不思議な光があった。


 「藤原様は、前世をお持ちですよね」


 「——っ!」


 私は、驚いて足が止まった。


 「なぜ、それを」


 「分かります。同じ転生者には」


 レイシア嬢は、静かに言った。


 「私も、日本から来ました」



 パーティーを抜け出し、私たちは庭園のベンチに座った。


 「信じられない話かもしれませんが」


 レイシア嬢——いや、彼女は言った。


 「私の前世の名前は、藤原美咲です」


 「……美咲」


 「あなたの——誠一さんの、妻でした」


 私は、言葉を失った。


 嘘だと思いたかった。でも、彼女の目を見れば分かる。


 嘘じゃない。


 「あなたが死んだ時」


 彼女は、静かに続けた。


 「私は、何も言えなかった。何もしてあげられなかった」


 「……」


 「あなたは毎晩遅くまで働いて、休日も出勤して。『大丈夫だよ』って言ってたけど、全然大丈夫じゃなかった」


 「美咲……」


 「もっと早く『無理しないで』って言えばよかった。もっと強く止めればよかった。でも、私は何もできなくて——」


 彼女の声が震えていた。


 「あなたが死んだ時、私も死にたかった」


 「——っ」


 「でも、死ぬ勇気もなくて。ただ毎日を過ごして……十年経った頃、私も病気で死にました」


 「……」


 「死ぬ間際、ずっと思ってた。『もう一度会いたい。今度こそ、一緒に幸せになりたい』って」


 彼女は、私を見た。


 その目に、涙が光っていた。


 「そしたら、この世界に転生していました」



 私は、しばらく何も言えなかった。


 美咲が——彼女が、私を追いかけて転生してきた。


 十年も、一人で生きて。


 そして、同じ世界に来て、私を探していた。


 「レイシアとして生まれ変わって、二十年以上経ちました」


 彼女は言った。


 「ずっとあなたを探していました。転生者の噂を聞くたびに、もしかしたらって」


 「……」


 「『護衛兼パートナー代行業』の話を聞いた時、転生者がやってるって。もしかしたらって思って」


 「それで、依頼を」


 「はい。会ってみたかったんです。あなたかどうか確かめたくて」


 彼女は、私の手を取った。


 その手は、震えていた。


 「誠一さん。ごめんなさい。急にこんなこと言われても、困りますよね」


 「……」


 「『前世の妻だから付き合ってくれ』なんて、おかしいですよね。あなたには、この世界で新しい人生があるのに——」


 「美咲」


 私は、彼女の言葉を遮った。


 「俺こそ、ごめん」


 「え……?」


 「俺が先に死んで、一人にして。ずっと謝りたかった」


 私は、彼女の手を握り返した。


 「転生してからも、ずっと後悔してた。もっと一緒にいたかったって。もっと大事にすればよかったって」


 「誠一さん……」


 「でも、もう遅いと思ってた。美咲は向こうにいて、俺はこっちにいて。二度と会えないって」


 「……」


 「だから——」


 私は、深呼吸した。


 そして、彼女の目を真っ直ぐに見た。


 「——来てくれて、ありがとう」



 彼女は、泣いた。


 声を殺して、静かに泣いた。


 私は、彼女を抱きしめた。


 この世界に来てから、ずっと失っていたものが、今、腕の中にある。


 「美咲」


 「はい」


 「俺たち、二度目の人生だ」


 「……はい」


 「今度は、ちゃんとやり直そう。仕事より、お前を大事にする」


 彼女は、私の胸で小さく頷いた。


 「俺も、お前がいないと駄目だってことが、よく分かった」


 「……私も」


 「だから——」


 私は、彼女の肩を持って、少し離した。


 そして、片膝をついた。


 「え……?」


 「レイシア・フォン・ヴァルトシュタイン。いや——藤原美咲」


 「誠一さん……」


 「俺と、結婚してくれませんか」


 今度は、ちゃんと言葉にする。


 前世では照れくさくて言えなかったことを、全部言う。


 「前世では、ろくにプロポーズもしなかった。『結婚しよう』の一言で済ませた」


 「……」


 「だから今度は、ちゃんと言う。お前が好きだ。一緒にいたい。幸せにする。——俺と、結婚してくれ」


 彼女は、涙を流しながら笑った。


 その笑顔は、前世で見た中で一番綺麗だった。


 「はい。喜んで」



 パーティー会場に戻ると、周囲がざわついた。


 「レイシア嬢が、あの男と……」


 「護衛役じゃなかったのか?」


 「いつの間に婚約を……」


 私たちは、手を繋いで歩いた。


 もう「嘘の恋人」じゃない。


 「これからどうします?」


 「うーん……まずは、ちゃんと挨拶に行かないとな。お前の家に」


 「お父様、驚くでしょうね」


 「驚かせよう。『娘さんをください』って」


 彼女は、小さく笑った。


 「前世では、お父さんいなかったから。新鮮ですね」


 「俺も緊張するよ。貴族の家に挨拶とか、経験ないからな」


 「大丈夫です。私が隣にいますから」


 その言い方に、私は思わず笑った。


 「さっき俺が言ったセリフだ」


 「気づきました?」


 彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。


 「前世でも、よく言ってくれましたよね。『大丈夫、俺がいるから』って」


 「……覚えてたのか」


 「忘れるわけないじゃないですか」


 私は、彼女の手を強く握った。


 「今度こそ、一緒にいよう。ずっと」


 「はい。ずっと一緒です」


 二度目の人生が、今、始まる。


 今度こそ——幸せになろう。


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― 新着の感想 ―
お互いに異世界転生して巡り会えたハッピーエンドでよかったです。ありがとうございました!
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