異世界パートナー代行業 ~貴族令嬢の秘密~
私の仕事は、嘘の恋人になることだ。
藤原誠一、三十四歳。前世ではサラリーマンをやっていた。毎日終電まで働いて、休日も出勤して、気づいたら心臓が止まっていた。
過労死だった。三十二歳だった。
妻を残して死んだ。
それが、今でも一番の心残りだ。
「……」
転生してからも、よく夢に見る。
彼女の顔。彼女の声。彼女の涙。
「ごめんね、もっと一緒にいたかったのに」
そう言って死ねなかったことが、ずっと心に引っかかっている。
◇
この世界に来て、五年が経った。
最初は冒険者でもやろうかと思ったが、戦闘センスが皆無だったので諦めた。
代わりに始めたのが、今の仕事だ。
「護衛兼パートナー代行業」
要するに、貴族のパーティーや社交界に「恋人のふりをして同行する」仕事である。
貴族の令嬢や若い未亡人など、「一人で参加すると面倒なことになる」という依頼者は意外と多い。
私は剣術は駄目だが、礼儀作法と会話術には自信がある。前世で散々やらされた接待ゴルフと取引先の会食が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「藤原さん、新しい依頼ですよ」
事務所で待っていると、助手のミリアが書類を持ってきた。
「依頼主は?」
「レイシア・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵令嬢。二十四歳。王都の社交パーティーに同行してほしいそうです」
「伯爵家か。大きな依頼だな」
「報酬も大きいですよ。金貨二十枚」
「引き受けよう」
私は書類にサインした。
◇
依頼主との顔合わせは、三日後だった。
場所は、王都の高級茶館。
私は少し早めに到着し、個室で待っていた。
「失礼します」
扉が開き、依頼主が入ってきた。
私は、立ち上がって挨拶しようとした。
そして——
「……っ」
息が止まった。
目の前にいる女性。
栗色の髪。穏やかな茶色の瞳。少し困ったような微笑み。
前世の妻に——美咲に、そっくりだった。
「初めまして。レイシア・フォン・ヴァルトシュタインと申します」
「あ……は、初めまして。藤原誠一です」
私は、動揺を隠すのに必死だった。
(落ち着け。他人の空似だ。この世界には、似た顔の人間がいても不思議じゃない)
「藤原様。お噂はかねがね」
「いえ、大したことは……」
レイシア嬢は、優雅に微笑んだ。
その笑顔が、美咲にそっくりで——
私は、心臓が痛くなった。
◇
打ち合わせを進めながら、私はレイシア嬢を観察していた。
見た目だけではない。仕草も似ている。
お茶を飲む時の、カップの持ち方。
話す時の、少し首を傾げる癖。
困った時に、右手で左腕を抑える仕草。
(まさか……)
いや、そんなはずはない。
美咲は日本にいる。私が死んだ後も、生きているはずだ。
それに、たとえ死んだとしても、同じ世界に転生するとは限らない。
偶然だ。偶然に決まっている。
「藤原様?」
「あ、すみません。少し考え事をしていました」
「大丈夫ですか? お疲れでしたら——」
「いえ、大丈夫です。続けてください」
私は、無理やり意識を仕事に戻した。
◇
パーティー当日。
私は正装でレイシア嬢を迎えに行った。
「お迎えに上がりました」
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」
レイシア嬢は、美しいドレスを着ていた。
深い青色のドレスに、控えめなアクセサリー。派手すぎず、上品な装い。
(美咲も、こういう服が好きだったな……)
また、余計なことを考えてしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ……お似合いです。とても」
「ありがとうございます」
レイシア嬢は、少し頬を赤らめた。
その表情も、美咲にそっくりで——
私は、自分の心が揺れるのを感じた。
◇
パーティー会場に到着した。
王都の大貴族が主催する、大規模な社交会。
数百人の貴族が集まり、華やかな音楽と会話が響いている。
「緊張しますか?」
「少しだけ」
「大丈夫です。私が隣にいますから」
私がそう言うと、レイシア嬢は小さく笑った。
「……その言い方、どこかで聞いたことがあります」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
レイシア嬢は、私の腕を取った。
その手の温もりが、懐かしくて——
私は、胸が締め付けられる思いだった。
◇
パーティーは順調に進んでいた。
私たちは「恋人同士」として振る舞い、周囲の貴族たちと談笑した。
レイシア嬢は、社交に慣れている。会話も上手で、私がサポートする場面はほとんどなかった。
「レイシア嬢は、パートナーを雇う必要があったのですか?」
ダンスの合間に、私は尋ねた。
「社交は得意なように見えますが」
「……いい人を探していたんです」
「いい人?」
「はい。条件に合う人を」
レイシア嬢は、私を見つめた。
その目に、不思議な光があった。
「藤原様は、前世をお持ちですよね」
「——っ!」
私は、驚いて足が止まった。
「なぜ、それを」
「分かります。同じ転生者には」
レイシア嬢は、静かに言った。
「私も、日本から来ました」
◇
パーティーを抜け出し、私たちは庭園のベンチに座った。
「信じられない話かもしれませんが」
レイシア嬢——いや、彼女は言った。
「私の前世の名前は、藤原美咲です」
「……美咲」
「あなたの——誠一さんの、妻でした」
私は、言葉を失った。
嘘だと思いたかった。でも、彼女の目を見れば分かる。
嘘じゃない。
「あなたが死んだ時」
彼女は、静かに続けた。
「私は、何も言えなかった。何もしてあげられなかった」
「……」
「あなたは毎晩遅くまで働いて、休日も出勤して。『大丈夫だよ』って言ってたけど、全然大丈夫じゃなかった」
「美咲……」
「もっと早く『無理しないで』って言えばよかった。もっと強く止めればよかった。でも、私は何もできなくて——」
彼女の声が震えていた。
「あなたが死んだ時、私も死にたかった」
「——っ」
「でも、死ぬ勇気もなくて。ただ毎日を過ごして……十年経った頃、私も病気で死にました」
「……」
「死ぬ間際、ずっと思ってた。『もう一度会いたい。今度こそ、一緒に幸せになりたい』って」
彼女は、私を見た。
その目に、涙が光っていた。
「そしたら、この世界に転生していました」
◇
私は、しばらく何も言えなかった。
美咲が——彼女が、私を追いかけて転生してきた。
十年も、一人で生きて。
そして、同じ世界に来て、私を探していた。
「レイシアとして生まれ変わって、二十年以上経ちました」
彼女は言った。
「ずっとあなたを探していました。転生者の噂を聞くたびに、もしかしたらって」
「……」
「『護衛兼パートナー代行業』の話を聞いた時、転生者がやってるって。もしかしたらって思って」
「それで、依頼を」
「はい。会ってみたかったんです。あなたかどうか確かめたくて」
彼女は、私の手を取った。
その手は、震えていた。
「誠一さん。ごめんなさい。急にこんなこと言われても、困りますよね」
「……」
「『前世の妻だから付き合ってくれ』なんて、おかしいですよね。あなたには、この世界で新しい人生があるのに——」
「美咲」
私は、彼女の言葉を遮った。
「俺こそ、ごめん」
「え……?」
「俺が先に死んで、一人にして。ずっと謝りたかった」
私は、彼女の手を握り返した。
「転生してからも、ずっと後悔してた。もっと一緒にいたかったって。もっと大事にすればよかったって」
「誠一さん……」
「でも、もう遅いと思ってた。美咲は向こうにいて、俺はこっちにいて。二度と会えないって」
「……」
「だから——」
私は、深呼吸した。
そして、彼女の目を真っ直ぐに見た。
「——来てくれて、ありがとう」
◇
彼女は、泣いた。
声を殺して、静かに泣いた。
私は、彼女を抱きしめた。
この世界に来てから、ずっと失っていたものが、今、腕の中にある。
「美咲」
「はい」
「俺たち、二度目の人生だ」
「……はい」
「今度は、ちゃんとやり直そう。仕事より、お前を大事にする」
彼女は、私の胸で小さく頷いた。
「俺も、お前がいないと駄目だってことが、よく分かった」
「……私も」
「だから——」
私は、彼女の肩を持って、少し離した。
そして、片膝をついた。
「え……?」
「レイシア・フォン・ヴァルトシュタイン。いや——藤原美咲」
「誠一さん……」
「俺と、結婚してくれませんか」
今度は、ちゃんと言葉にする。
前世では照れくさくて言えなかったことを、全部言う。
「前世では、ろくにプロポーズもしなかった。『結婚しよう』の一言で済ませた」
「……」
「だから今度は、ちゃんと言う。お前が好きだ。一緒にいたい。幸せにする。——俺と、結婚してくれ」
彼女は、涙を流しながら笑った。
その笑顔は、前世で見た中で一番綺麗だった。
「はい。喜んで」
◇
パーティー会場に戻ると、周囲がざわついた。
「レイシア嬢が、あの男と……」
「護衛役じゃなかったのか?」
「いつの間に婚約を……」
私たちは、手を繋いで歩いた。
もう「嘘の恋人」じゃない。
「これからどうします?」
「うーん……まずは、ちゃんと挨拶に行かないとな。お前の家に」
「お父様、驚くでしょうね」
「驚かせよう。『娘さんをください』って」
彼女は、小さく笑った。
「前世では、お父さんいなかったから。新鮮ですね」
「俺も緊張するよ。貴族の家に挨拶とか、経験ないからな」
「大丈夫です。私が隣にいますから」
その言い方に、私は思わず笑った。
「さっき俺が言ったセリフだ」
「気づきました?」
彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。
「前世でも、よく言ってくれましたよね。『大丈夫、俺がいるから』って」
「……覚えてたのか」
「忘れるわけないじゃないですか」
私は、彼女の手を強く握った。
「今度こそ、一緒にいよう。ずっと」
「はい。ずっと一緒です」
二度目の人生が、今、始まる。
今度こそ——幸せになろう。
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