第1章
「こんにちは。俺の名前はカイオ――カイオ・ネオシグマだ。」
……まあ、自己紹介のところにもう書いてあると思うけどね。
俺は今、28歳。渋谷のカフェで働いている。
本当はスイスにカフェを出したかったんだけど――アラキが反対した。
いや、別にアイツが怖いわけじゃない。ただ、長いこと一緒に住んでるし……たまには譲ってもいいかなって。それだけ。
で、渋谷でカフェを開いたわけだけど、まぁ、うまくいってない。
客も少ないし、なにより――
「俺とアラキのせいだと思う。」
そう、自覚はある。理由は簡単だ。
アラキは身長4メートル、俺は3メートル。
この巨体コンビが接客してたら、そりゃ客もビビるわな。
さらにアラキの声はやたら低くて重い。最初の「いらっしゃいませ」で帰られることもある。
……仕方ないけどさ。
【2025年8月5日(木)】
夕方、店の片付けをしていると、アラキが静かに言った。
「カイオ、俺たち……他の仕事を考えるべきかもな。」
「え?マジで?」
俺は一瞬手を止めた。
「もう5年もこの仕事してるんだぞ?」
「分かってる。でも、最近は客が少なすぎる。このままだと生活も厳しい。」
確かにそうだ。貯金も底をつきかけてる。
「で、俺たち……何すりゃいいんだ?」
「お前、何かやりたいことはあるか?」
「いや……特にないな。自分に向いてることも分からん。」
「夢とか、あった?」
夢、ね……。
あった気がする。けど、それは――
「探偵……昔、なりたかった。」
「探偵?今どきそんな職業……まだ残ってるのか?」
「一部の、働きたくないけど情報漁りは好きなヤツだけな。」
「ま、俺はゴメンだけどな。」
そう言って、会話は終わった。俺たちはまた黙々と片付けを続ける。
そして、俺はぽつりと呟いた。
「……異世界に転生できたらな。」
アラキは無言。どうやらスベったらしい。
五分後。
片付けを終え、帰ろうとしたその時――
ドカン!!
店の扉が、吹き飛んだ。
「……は?」
驚く間もなく、獣耳を持った連中が店の中になだれ込んできた。
俺は反射的に叫ぶ。
「お、お前ら誰だよ!?」
金髪の女が一歩前に出て、大声で叫んだ。
「シポクイウ、メティリア・オッカ!」
「……は?どこの言語だよ?」
わけが分からない。
「なあ、ここ撮影現場って聞いてないぞ?監督呼んで?今すぐクレーム入れるから!」
ドン!!
今度は鉄の球が、壁を突き破って飛んできた。
「ぎゃああああ!! 壁ぇぇぇ!! 修理いくらかかると思ってんだ!」
怒鳴ろうとした瞬間、その鉄球が変形した。
……え、メカ!?
しかも、アラキよりデカい。
「……この撮影、特撮使いすぎじゃね?」
「ミケラ・ドツァトス!」
「いや、だから!日本語喋れやぁあああ!!」
そのメカが、俺たちに向かって腕を振りかざす――
「しゃがめ、カイオ!」
アラキが俺の頭を押さえて――
バキィィン!!
アラキのキックが、メカを吹っ飛ばした。
それは倉庫の壁を突き破って、外まで転がっていった。
俺は目を見開いた。
「……お前、なんでそんなに強いんだよ!?」
「知らん。けど、それは後にしろ。」
「こっちの問題の方が先だ。」
メカは再び起き上がり、全く傷一つない。
「……ステンレスか?」
「チタン製だ。」
「いや、どうやって分かんだよ。」
「匂いだ。」
……どんな鼻してんだよ、お前。
アラキはテーブルを持ち上げ、天板を破壊した。
「おい、何壊してんだよ!? 店の備品だぞ!」
「後で弁償する。」
「……いや、俺から言うセリフじゃなくね?(てか、オーナーお前だし)」
アラキがその破片を投げつける。
メカが少しよろめいた瞬間、アラキは距離を詰め、膝蹴り。
さらに拳で胸をぶち抜き、中からコアのようなものを引っこ抜いた。
「……作り込みすげぇな。」
「この撮影班、相当金かけてるぞ。」
「モティティク・ムラココ!」
「だから! 日本語を喋れぇぇえええ!!」
「待て、カイオ。」
アラキは金髪の獣耳少女に近づき、その耳を引っ張った。
「……これ、本物だ。」
「……はぁ?」
アラキが窓の外を見た。
俺もつられて見て――絶句した。
そこには、もはや俺たちの知っている渋谷はなかった。
高層ビルも、コンビニも、スマホをいじる人々もいない。
代わりに――古風な建物と、見たことのない種族の人々。
そして、全員が俺たちのカフェを見ていた。
アラキが静かに言った。
「俺たち、もう元の世界にはいない。」
【2025年8月5日(木)】
《転移》
【1590年30月45日(金)】
― 第1章 終わり ―