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第8話 扉の向こうへ

【 学園内での違和感の高まり 】


試験が終わったあとも、学園の空気はどこかざわついていた。


すれ違う生徒たちが、さりげなく僕を振り返る。

廊下の隅では、小さな輪ができ、何かをひそひそと話している。


(また、噂か……)


僕は気にしないふりをして足を速めた。

でも、その視線がまとわりついてくる感覚は、簡単には振り払えなかった。


「よ、アレン!」


昼休み、レオが声をかけてきた。

彼はいつもと同じ調子で笑っている――ように見えたけれど、どこかぎこちない。


「なぁ、昨日の試験、すごかったな。……先生たちもざわついてたぞ」


「……そうなんだ」


できるだけ自然に返す。

でも、レオも、僕が”普通じゃない”ことに気づき始めている。

そんな空気が、言葉の間に滲んでいた。


「なぁ、あれ、どこで覚えたんだ? あんなすげぇ魔法」


レオの声には、興味と、ほんの少しの警戒心が混ざっていた。


(どう答えればいい……?)


一瞬、迷った。


だけど、適当な冗談でごまかすこともできず、僕はただ小さく肩をすくめた。


「……偶然だよ」


「……そっか」


レオはそれ以上は何も言わなかった。

ただ、少しだけ離れた距離を置くようにして、パンをかじり始めた。


僕たちの間には、目に見えない薄い壁ができた気がした。



【 外部からの使者、学園へ 】


昼過ぎ、学園に妙な噂が広がった。


「……今日、外から誰か来るらしいぜ」

「しかも、かなり偉い人だってさ」

「学園長代理もわざわざ出迎えるって、本物だろ」


ざわざわとした声が、廊下のあちこちに満ちていた。


普段、外部の人間が学園に出入りすることはほとんどない。

特に、生徒にまで情報が漏れるような来訪者となれば、それはかなり異例だった。


(……誰だろう)


胸の奥に、冷たいものが広がる。


試験で虹色の魔法を見せた直後。

学園内部で秘密裏に会議が開かれた直後。


そんなときに、外部から使者が来る――

偶然とは思えなかった。


「なぁアレン、あんま関係ないよな?」


隣を歩くレオが、何気なく言った。


「……ああ、関係ないといいけどな」


そう返しながらも、心は落ち着かなかった。


昼休みが終わるころ、学院棟の正門前に黒塗りの馬車が到着したという話が伝わってきた。


厳重な護衛に囲まれた数人の来訪者たち。

彼らは、教師たちと短く言葉を交わすと、すぐに本部棟へと消えていったという。


誰も、その正体を知らない。


ただ、妙な緊張感だけが、学園全体にじわりと広がっていった。



【 アレンへの不意の接触 】


その日の放課後。

僕は普段通りに、寮へ向かっていた。


日が落ちかけた学園の中庭は、静かだった。

生徒たちはほとんどいなくなり、遠くで数人の教師が話しているのが見えるだけだった。


ふと、足元に影が落ちた。


振り返ると、見知らぬ男が立っていた。

黒いマントを羽織り、顔の半分をフードで隠している。


(……誰だ?)


咄嗟に警戒心が走る。

けれど、男は武器を持つでもなく、ただ静かに僕を見つめていた。


「アレン・グレイだな」


低い、よく通る声だった。

名指しされたことで、背筋に冷たいものが走る。


「君の力は、まだ未完成だ」


男はそれだけ言うと、手のひらを返して小さな銀のメダルを見せた。


そこには、見たこともない複雑な紋章が刻まれていた。


「必要になったとき、ここを訪ねろ。

 君の道は、一つではない」


そう言い残して、男は人混みの中に紛れるようにして姿を消した。


手元には、押しつけられるように渡された銀のメダルだけが残った。


(……なんだ、これ)


強く胸が脈打つ。

手にしたメダルは、ひどく冷たかった。


だけどその冷たさよりも、

僕は、自分の世界が少しだけ広がったような、そんな奇妙な感覚を覚えていた。



【 黒衣の男からの再警告 】


夜。

寮の部屋で、僕は銀のメダルをじっと見つめていた。


表面に彫られた紋章は、今も不思議な光をたたえている。

ただの金属なのに、持っているだけで、胸の奥がざわつくようだった。


(必要になったとき……か)


一体、何がどう必要になるというんだろう。


考えても答えは出ない。

ため息をつき、窓を開けたときだった。


「迷っているな、アレン・グレイ」


聞き覚えのある声に、体がびくりと反応した。


窓の外――屋根の上に、黒衣の男が立っていた。

月光にローブがなびき、顔は影に隠れている。


「君の前には、いずれ二つの道が現れる」


黒衣の男は静かに言った。


「一つは、学園に留まる道。

 そしてもう一つは――ここを離れ、自分自身で選び取る道だ」


「……離れる?」


思わず声に出してしまった。


学園を離れる?

今まで、自分の世界のすべてだと思っていたこの場所を?


「選ぶ時は、突然訪れる。備えておけ」


男はそれだけ言うと、夜の闇に溶けるように消えた。


まるで、もともとそこに存在していなかったかのように。


窓を閉めたあとも、僕の心はざわついたままだった。


胸の奥で、また虹色の魔力が小さくうねる。


(……僕は、どうすればいいんだ)


答えはまだ、どこにもなかった。



【 アレン、学園の外を初めて意識する 】


夜が深まっても、僕は眠れなかった。


銀のメダルは机の上に置いたまま。

窓の外には、ひっそりと光る月が浮かんでいる。


学園の外――


それは、今まで考えたこともなかった世界だった。


僕にとって学園はすべてだった。

ここで魔法を学び、ここで仲間を作り、ここで未来を描く。

それが当たり前だった。


でも。


虹色の魔法が暴れた日から、何かが少しずつズレはじめている。

レオとの距離。

教師たちの視線。

そして、外から伸びてくる見えない手。


(……選ばなきゃいけない時が、来るのかもしれない)


窓辺に立ち、静かに深呼吸をする。


月光の下、見たことのない遠い景色を想像する。


学園の外。

まだ知らない世界。

まだ出会っていない何か。


(怖い。でも――)


胸の奥が、かすかに高鳴った。


恐れと、期待と、ほんのわずかな自由の予感。


「……行ってみたいな」


小さく呟いた言葉は、誰にも届かず夜空に消えた。


でも、心のどこかで、それは確かに種を蒔いた。


遠く遠く、まだ見ぬ扉の向こうへ。


 

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


アレンは、学園の外に広がる未知の世界を、初めて意識し始めました。

これまで守られていた枠の中から、一歩踏み出すかもしれない――そんな小さな決意の芽生えが描かれた回です。


次回は、アレンのもとに思いがけない“選択のきっかけ”が訪れます。

誰を信じるか、何を選ぶか。物語はさらに動き出していきます。


続きも、どうぞお楽しみに!

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