第15話 揺れる絆、確かなもの
【 疑いの目と報告の重さ 】
封印調査を終えた翌朝、学院の空気はいつもより張り詰めていた。
アレンは仲間たちとともに、校長室へ向かっていた。報告書の提出と、調査結果の口頭説明――それだけのはずだった。けれど、昨夜から胸の奥にくすぶっていた不安が、アレンの足取りを重くしていた。
「本当に言うの? あの扉のことまで……」
ルシアが小さな声で問いかけてくる。
「うん。あれを隠すわけにはいかない。僕たちは“番人”と戦ったんだし……その先に何があったのかも、記録として残さないと」
アレンの返事に、ルシアはほんの少しだけ表情を曇らせた。
「あなたの中に眠る“何か”のことまで?」
その問いに、アレンは返事をしなかった。
校長室では、すでにロゼ校長と教員数名が待ち構えていた。報告書を机に出し、アレンは言葉を選びながら話し始めた。番人の出現、術式への反応、アレンの暴走気味だった魔力。ロシュが現れたこと――そして、あの封印の奥にあった“真の扉”。
話を終えると、しばらくの沈黙が室内を満たした。
「君たちが目にしたものは、我々教師陣もかつて到達できなかった領域だ」
校長が静かに言った。
「その力を君が引き出したという事実を、どう受け止めるか。学院としても慎重に検討する必要がある」
その言葉には、期待と警戒が入り混じっていた。アレンは黙って頷いたが、背中にじっとりと冷たい汗をかいていた。
部屋を出たあと、リオンがぽつりと呟いた。
「学院ってのは、やっぱり“育てる”場所であると同時に、“封じる”場所でもあるんだな……」
誰も答えなかった。
それから数日、アレンは妙な疎外感を感じながら過ごしていた。授業中も、廊下でも、周囲の目線が微妙に違う。
力に目覚めた者――それは時に、畏怖と警戒の対象にもなりうる。
ルシアやリオン、ラウルと一緒にいても、ふとした間に“距離”を感じる瞬間があった。
(僕が、何か……変わってしまったんだろうか?)
そんな思いがよぎるたび、アレンは胸の奥に沈むような痛みを覚えた。
【 夢の中の声と、動き出す影 】
ある夜。
ベッドの中で目を閉じたアレンは、再び“あの夢”を見た。
霧の中、遠くで誰かが呼んでいる。
《アレン……》
その声は、穏やかでありながら、どこか切実な響きを持っていた。
霧が晴れると、そこには大地が裂け、黒い炎を吐き出す裂け目が広がっていた。その縁に立っているのは――またしても、あの“もう一人の自分”。
《そのままでは、何も守れない。扉が開いた時、お前は選ばなければならない》
「選ぶって……何を?」
問いかけるアレンに、影の自分は静かに指を差した。その先には、倒れているルシアと、傷ついたラウルの姿があった。
「やめろ!」
叫んだ瞬間、夢の世界は崩れ去り、アレンは汗だくで飛び起きた。
その手は、小さく震えていた。
翌日。
ルシアがアレンの顔を見て言った。
「なんだか……眠れてない?」
「うん。ちょっと変な夢を見ただけ。大丈夫」
笑って答えたつもりだったが、ルシアの目は曇ったままだった。
昼休み、リオンとラウルが先に食堂へ行ったあと、ルシアがぽつりと言った。
「最近、あのふたり……あまり、あなたと目を合わせてない気がする」
アレンは何も答えられなかった。
学院の中で、何かが少しずつ揺らぎ始めている――そんな予感が、確かにあった。
そしてその夜。
地下の研究室の扉が、静かに開く。
誰もいないはずの書庫で、何者かがそっと巻物を取り出していた。
「“封印の鍵”は、目覚め始めた。次は、“器”の調整だな……」
その声は、どこかアレンに似ていた。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第15話では、学院への報告を経て、アレンの周囲に少しずつ変化が現れ始めた様子を描きました。
目覚めた力がもたらす“視線の違い”、仲間たちとの微妙な間合い、そして再び見ることになった封印の夢。
物語は静かに、しかし確実にその輪郭を変え始めています。