07-ズレた会話
昼休み。
窓の外に広がる春の空は、今日も青い。
なのに、
拓海の胸の中には、重たい霧みたいなものが晴れないでいた。
──昨日の屋上。
井上が何気なく漏らした、仮想現実の話。
(冗談、だよな……)
そう思いたいのに、
井上のあの瞬間だけ妙に冷めた目を、
拓海は忘れられなかった。
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「よう、拓海〜、今日もメシ行くか?」
井上がいつも通り声をかけてくる。
自然な、友達同士のノリ。
だから、拓海も自然に立ち上がった。
──自然に、のはずだった。
でも。
ほんの些細な違和感が、また胸の奥で疼いた。
⸻
コンビニでパンを買って、公園のベンチに腰掛ける。
何気ない雑談が続く。
進路の話。
バイトの話。
どこにでもある、高校生の昼休み。
だけど──
「俺さ、こないだ面接受けた店、なんか面接官二人いてさ、
どっちもロボットみてーな顔しててさ。ウケるだろ?」
拓海が軽く笑いながら振った話題に、
井上はほんの一拍遅れて、
「……あぁ、ウケるな。」
と、ぎこちなく笑った。
(……今、遅れたよな。)
パンをかじるふりをしながら、
拓海は、そっと井上を横目で見た。
井上は、何事もなかったようにパンにかじりついている。
まるで、
“適切なリアクション”を選び取るために、
一瞬だけ間を置いたみたいに。
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そのあとも、会話の端々に引っかかる。
話題がちょっと込み入ると、
井上は「ま、いっか」と雑に話を打ち切った。
ちょうど、昨日の屋上で──
仮想現実の話を、
あんなふうに、ぷつりと断ち切ったみたいに。
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(──こいつ。)
拓海は、コーヒーをすすりながら思った。
(やっぱり、何かがおかしい。)
⸻
放課後。
帰り道、別れ際。
「じゃーな、拓海。」
井上は軽く手を振って去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、
拓海は、口の中に苦い味を感じていた。
(──あいつは、何なんだ?)
問いかけても、答えはない。
けれど、
胸の奥の霧は、確実に濃くなっていた。