06-それは、冗談の顔をして
昼休み。
井上がパンと缶コーヒーを片手に、拓海に声をかけた。
「なあ、ちょっと屋上行かね?」
特に深い意味はない誘い方。
けれど、拓海は自然と頷いていた。
滅多に開かない非常階段を抜け、
ギイ、と重いドアを押し開ける。
屋上には誰もいなかった。
春の空気が、ほんのりと暖かい。
二人並んで、金網フェンスにもたれながら、
買ってきたパンにかじりつく。
⸻
「なぁ……」
ふと、井上が空を見上げながら口を開いた。
「都市伝説って、信じるか?」
「……は?」
突然すぎる話題に、拓海は思わずまばたきをした。
井上は缶コーヒーを傾けながら、
特に表情を変えずに続けた。
「たとえば──俺らの世界が、実は”仮想現実”だったら、って話。」
パンをもぐもぐやりながら、
まるで雑談の続きみたいに、井上は軽い調子で話す。
「人間も建物もさ、空も海も、ぜーんぶ、誰かが作ったデータで──
俺たちはその中を、生きてるだけ。
……そんなの、笑っちまうよな?」
拓海はパンをかじる手を止めた。
それは──
あまりにも”的を射すぎている”話だった。
井上は、なおも軽く笑いながら続ける。
「いや、マジでそうだったらウケるよな。
学校も、バイトも、就職も、ぜーんぶ、クエストみたいなもんで。」
フェンスに背中を預けたまま、井上は空を仰いだ。
「人生ってさ、“最初からレール引かれてるゲーム”かもしんねぇ。」
そして──
井上はふいに、言葉を止めた。
まるで、何かに気付いたかのように。
まるで、誰かに命令されたかのように。
「──ま、そんな話、どうでもいいか。」
ポツリと。
あまりにも自然に。
けれど、あまりにも不自然に。
拓海は思った。
(今の……何だ?)
その瞬間、拓海の胸の奥に、
小さな棘が刺さったまま、抜けなくなった。
⸻
放課後。
拓海は教室を出るとき、
ふと井上の背中を見送った。
軽やかに手を振り、何もなかったように去っていく、その背中を。
(──あいつ、本当に……)
プレイヤーなのか? それとも──
空を仰いだ。
透明な春の空が広がる中で、
胸の奥に、
“小さな違和感”だけが、確かに残っていた。