03-歪んだ自由
教室の空気が、妙に重かった。
昼休み、机に突っ伏していた拓海の耳に、小さな声が滑り込んでくる。
「大西くん、バイトの面接落ちたらしいよ。」
「マジ?就職希望だろ?今からヤバくね。」
「求人倍率、めっちゃ上がってるらしいしなー。」
笑いとも同情ともつかない、湿った声。
拓海は何も言わず、指で机をコツコツ叩いた。
(生きるために働く……のか?
それとも、働くために生きる……のか?)
問いかけるような思考が、頭の中をぐるぐると回る。
誰にぶつけるわけでもない問い。
答えなんて、あるわけがない。
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午後の授業は、進路希望アンケートの提出タイム。
先週配られた進路票。
まだ白紙のままの生徒たちが、渋々ペンを走らせている。
「とりあえずどっか受けときゃいいっしょ。」
「遊べるしなー、大学行ったら。」
シャーペンのカリカリという音と、
乾いた笑いが教室に満ちる。
拓海は、自分の机の隅に置かれたプリントをぼんやりと見た。
(“自由”のために、レールに乗るのか。)
喉の奥に、小さな笑いが引っかかった。
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隣の席──村上。
無表情のまま、スラスラとペンを動かしている。
ちらりと覗くと、整った文字でこう書かれていた。
「将来の夢:安定した企業に就職し、定年まで勤め上げること」
模範解答、完璧。
あまりに自然すぎて、違和感を覚える暇すらない。
けれど、拓海は気付いていた。
(ここは、自由なオープンワールドのはずだった。)
(でも──気付いてる。
どいつもこいつも、まるで”正解”しか選べないみたいな動きしかしてない。)
(まるで、“牢獄サーバー”だ。)
村上は顔色一つ変えずに、プリントを片付け、
次の授業へと無機質に移動していった。
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放課後。
拓海は、夕暮れの校門をくぐる。
ポケットから、くしゃくしゃになった一枚の写真を取り出した。
市場のおばちゃんたちと笑う、カナ姉ちゃん。
太陽の下、笑顔も、声も、風景も──
全部が、生きていた。
拓海は、写真を見つめながら、小さく息を吐いた。
「自由って、なんだっけな……」
誰にも聞こえない独り言。
ポケットに写真を押し込み、
群れの中へ、静かに歩き出した。