その真相
これにて完結となります。
最後までごゆるりとお楽しみください。
純白のドレスの左胸を赤く染めたメフィーゼン。ふらりと覚束ない足取りで後退ると、ばたりと仰向けに倒れた。
「フィーゼ!?」
その音にリリンシアンや針子たちが動き出す。急いで起き上がるとメフィーゼンの元へと集まってくる。
「フィーゼ!フィーゼ!?」
「うう、そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ。それよりも声下げて。床にぶつけた頭に響くう……」
とぼけた返答に一斉に気が抜けるリリンシアンたち。
「驚かせないでくださいまし!」
嘘とはいえ親友の殺された姿を見せつけられたのだ。リリンシアンの怒りは正当なものだろう。
「ごめんごめん。だけど上手くいったでしょ」
「……ええ、そうですわね。本当にフィーゼの読み通りになりましたわ」
だが、メフィーゼンから締まりのない笑顔を向けられてはその怒りも長くは続かない。彼女がその表情を浮かべるのは、本当に気を許した相手だけだと知っているから。
少し悔しく思いながらも、親友が描いた通りに事が進んだことに改めて感嘆する。
「男なんて単純なものだからね。分かりやすい標的を用意してやれば狙わずにはいられないものさ」
仰向けになったまま、その小柄な体に反して不自然に盛り上がった右の胸を指先でツンツンと触れるメフィーゼン。そのすぐ隣に武骨な凶器が突き刺さっているとは思えない行動である。なお、赤く濡れた左胸の方は若干小さくなっていた。
「胸に詰め物をすると聞いた時はようやくあなたも女として着飾ることに目覚めたのかと嬉しく思いましたのに」
「それだけは死んでもあり得ないから。それよりも早く後片付けを始めよう。今頃は逃げた連中が王都中で大々的に喧伝し始めている頃だろうし、ここにもすぐに人がやって来るはずだ」
「……本当に死んだことにしますの?今ならランストや第二王子派の謀略は失敗したと言えますわよ」
左胸を赤く染めて倒れるメフィーゼンに彼女に寄り添うリリンシアンと針子たち。そして少し離れた場所には暗殺に失敗した者たちのなれの果てがいくつも。
一周回って滑稽な状況だが二人の眼は真剣そのものだった。
「やるよ。度をはるかに越えた力の持ち主なんて国にとっては邪魔でしかないからね。今日死ななくてもいずれは殺される。それなら自分の手で幕引きにした方がいい。……まあ、リリーには面倒をかけちゃうんだけど」
「わたくし、これでも将来の王妃と呼ばれている身でしてよ。そのくらいの手間なんてことありませんわ」
こうして、リリンシアンの全面的な協力もあってメフィーゼンは公には死亡したこととなるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても、あの時の占い師様の言葉は堪えましたわ……」
リリンシアンが漏らした言葉にメフィーゼンが分かりやすく顔を顰める。あの時、というのはまず間違いなく偽装葬儀の時のことだろう。
メフィーゼンの育ての親にして魔法の師匠でもあった占い師が告げた別れの言葉は、年若くして逝ってしまった弟子への深い慈しみと悲しみが込められた名演説として長らく語り継がれることとなる。
余談だが、親友という間柄であったこと、また暗殺の現場に居合わせたことからメフィーゼンの葬儀はエィン公爵家――というより、むしろリリンシアン個人――が執り行っていた。本来ならばあり得ないことなのだが、絶縁状態だった生家である男爵家ではおざなりにされたかもしれず、彼女が声を上げなければミゲルオスト第一王子によって国葬が執り行わる可能性があったためである。
いくら先の戦争で多大な戦果を挙げていたとしても、一度きりのことでしかない。国中が疲弊している最中に華美で豪華な葬儀を行えば、民衆の離反を招きかねない。
王宮側としても実行犯を始めランストの手の者や関わりを持っていた第二王子派の貴族たちを捜索し、捕縛または処断するという重要な役割を果たし、メフィーゼン暗殺の失態を取り戻さなくてはいけなかったという事情もあり、ミゲルオストの説得は迅速に行われたのだった。
そして大役を果たしたリリンシアンは、その心の傷を癒すためにエィン公爵家の領地へ向かうという体で侍女に扮したメフィーゼンと共に王都を離れたのだった。
「リリー……、お師匠様のあれは面倒ごとの全てを投げ捨てて逃げ出すボクへの恨み節だよ」
「え?」
「多分全部お見通しだったんだと思う。みんなはどこか遠くを見つめていたと感じていたようだけど、隠れていたボクをずっと睨み続けていただけだからね……」
当時感じた悪寒を思い出し、身を震わせるメフィーゼン。
弔問に訪れる国の重鎮を狙った襲撃が発生することも考えられたので、彼女は密かに葬儀の場に紛れ込んでいたのである。
「では、全部理解した上でフィーゼのことを逃がしてくれた、というのですか?」
「そういうこと。まあ、お師匠様だしボクたちでは知り得ない何かが見えていたのかもしれないけどね」
何十年にもわたって王国を支えてきた占い師なのだ。メフィーゼンが王都に居ることで破滅の未来が垣間見えたのかもしれない。
「騒ぎが落ち着いた頃合いを見て、会いに行くとするよ」
「それならば王都を離れるだけにすればよかったのではありませんの?死んだことになどせずとも、それらしい理由ならばいくらでも付けることができたでしょうに」
「何度も言ったけどそれは無理!死んだことにでもしないと、絶対にミゲルオストの魔の手から逃れることはできなかったね!」
そう言い放つと、今度は体の底から湧き上がってくるような怖気に身体を震わせる。
「やれやれ、フィーゼを側室にだなんて……。王宮もミゲル様もここ一番でとんでもない悪手を打ってしまったものですわね。まあ、ご本人たちからすればこれ以上ない最良の一手だったのでしょうけれど」
親友の様子に呆れ果てたと言わんばかりに額を押さえながら、リリンシアンは首を横に振る。
そう、強大な個がいることで発展や成長を妨げるというのは表向きの理由であり、親友や大勢の人々を巻き込んでまでメフィーゼンが死を偽装した本当の理由は、ミゲルオストの側室となる話を破談にすることにあったのだった。
「悪手以外の何物でもないさ。だってボクは心だけじゃなく体も歴とした男なんだからね!」
「男爵が本当に望んでいたのは後継ぎの男児ではなく王家に近付くための女児だった、という話でしたわね。それこそ命の危険があったので、機転を利かせた占い師様が女児だと偽ったのでしたか」
「そうさ。その話を知っているのにあのスカポンタンのミゲルオストめ!なにが「たとえ男であろうともフィーゼなら愛する自信がある」だ!思い出しただけでも吐き気がしてくるね!!」
文字通り吐き捨てるように言う親友に、リリンシアンは憐みの瞳を向けるより他なかった。
「という訳でリリーには悪いけどしばらく匿ってね。代わりに魔物退治くらいはするから遠慮なく言って」
「結構ですわ。フィーゼにお願いしたら我が領の魔物は一匹たりともいなくなってしまいそうですもの」
二人の会話が和やかなものになっても、馬車は細い山道を進み続ける。
「……うん?なんだか揺れが大きくなっていないかな?」
「言われてみれば少し速い気もしますわね。……もし!馬の足を緩めなさい!」
だが、リリンシアンの命令が馬たちに届くことはなかった。御者席に座るものはおらず、馬たちは狂ったように速度を上げていく。
二人が乗った馬車の進む先は、深い谷へと向かって開けた切り立つ崖になっていた。
※ ご注意 ※
この結末がどうしても納得がいかないという人だけ、スクロールして以下をご覧ください。
これはこれでアリ、と思える方はどうぞ余韻に浸ってください。
本当見ちゃいますか?
今なら引き返せますよ?
作品が台無しになるかも?
忠告はしましたからね。
本編の最期ですが、メフィーゼンはこうなる可能性があることを読んでいました。
その上であえて敵を泳がせ、事故死に見せかけてリリンシアンも表舞台から退場させるつもりです。
理由は単純、メフィーゼンは異性としてリリンシアンのことが好きだったから。
しかし、王妃となることが定められている彼女の運命を変えることは容易ではありません。そこで自身と同じように表向きには死んだことにすることでその流れを無理矢理にでも変えてしまおうとしているのでした。
ミゲルオスト王子については……、ただの天然というオチにするか、それともメフィーゼンに対する劣等感とかで歪んで壊れているかにするかは悩み中です。
他にもリリンシアンを守ることができるだけの能力が王宮側にあるのかどうかを測る等々の思惑があったりもするのですが、これ以上は冗長となりそうなのでこの辺りで筆を置くことにしますね。
え?肝心の部分が抜けている?
もちろん二人とも無事で、ハッピーエンドになりますともさ!