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悲劇『メフィーゼンの馬飾り』に沿った彼女の一生

〇『メフィーゼンの馬飾り』

 エィーステ古王国時代の麒麟児、メフィーゼンの短くも波乱に満ちた生涯を描いた悲劇。馬飾りを旗印として用いていたという伝承に由来する。


〇馬飾り

 仔馬を模した綿を詰めた布製の飾り。馬は財と繁栄、そして権力の象徴であり様々な形態のものが大陸各地で見られる。エィーステ古王国では男児の生誕の祝いと健やかな成長を祈願するものとして、主に母親から贈られていた。


 メフィーゼンの短い生涯は生誕直後から波乱に満ちていた。男爵家の長子として生まれ落ちた彼女は、女児であったにもかかわらず高名な占い師でもあり、後に師となる産婆からこう宣告された。


「この子は類まれなる勇敢で猛々しい魂を持っておる。ゆえに男児として育てるべし」


 この言葉に従い男爵家は彼女を男の子として発表する。しかし、名前だけは産後の肥立ちが悪く儚くなってしまった母親の望みも考慮し、男性名の『イーゼン』の前に女性名の『メフィ』を付けた『メフィーゼン』となったのだった。


 すくすくと育つ一方で、父親である男爵との関係は極めて疎遠だったとされる。彼女の誕生が母親、つまりは愛する妻を奪う結果となったから、本当は女児であるという秘密に耐えられなかった、後妻に夢中になっていたから、等が有力な理由として挙げられている。


 メフィーゼンが三歳の時、大きな転機が訪れる。男爵の後妻が正真正銘の男児――と双子の妹――を産んだのである。後妻は当然のようにその子を後継ぎにしようと画策し、男爵もまた消極的にそれを認めるようになっていく。

 これにより彼女の立場は不安定で危険なものとなった。奥方に睨まれるのを恐れて、使用人たちもまたメフィーゼンから距離を取るようになってしまう。


 噂を聞きつけた占い師が責任を感じて彼女の引き取りを申し出ることになるのだが、その時には三歳児とは思えないほどにやせ細っていたという。

 このことは後々にまであとを引き、成長してからも同年代の子息令嬢たちと比べても小柄なままであった。


 こうしてメフィーゼンの占い師の弟子としての生活が始まると、彼女はすぐにその天才性を発揮するようになる。書庫に入り浸り文字を覚えると、片っ端から蔵書を読みふけっていったのだ。中には古代語や神聖文字で書かれた本や巻物などもあったのだが、六歳になる頃にはそれらも含めて全てを網羅していたとされている。

 また、魔法に関する書籍も多数所蔵されており、それらを教本として独学で様々な魔法を習得していったという。


 十歳になる頃には、師匠をも上回る程の知識と腕前を持つ大魔法使いとなってしまう。

 これには占い師も目を丸くし、己の放任主義を深く悔いたと言われている。そして今のメフィーゼンに最も必要なことは子どもらしく過ごす時間と、生きていくための当たり前の知識であることに気付き、彼女を王立学園へと通わせることとしたのだった。


 この王立学園でメフィーゼンはその生涯に深く関わる二人との出会いを果たす。一人はエィーステ王国の第一王子にして後の婚約者となるミゲルオスト。そしてもう一人は一番親しき友であり最大の理解者でもあったエィン公爵家令嬢リリンシアン。

 世間知らずでお人好しというどこか似通った三人が、その正義感や無知ゆえに引き起こす騒動の数々を面白おかしく描いた『王立学園物語』は今日でも少年少女を中心に人気の娯楽作品である。


 そんな穏やかながらも騒がしい日々は、メフィーゼンが十五歳の時に突如として終わりを告げる。隣国のランスト国から宣戦を布告され、電撃作戦によって国境付近の都市イーサッカを占領されてしまう。

 直ちに奪還作戦が練られ、王国騎士団を中心に複数の貴族軍による部隊が派遣されたのだが、長きにわたる平和を享受していたためか大敗を喫してしまう。


 参加した貴族の当主または跡取りの多くが死亡し、騎士団も壊滅状態となったエィーステ側は戦える者を確保するため王立学園の生徒の動員を決定する。その旗印としてミゲルオストに白羽の矢が立てられた。これには第二王子派の陰謀も絡んでいたことが後々明らかになっている。


 当初、メフィーゼンは動員される対象からは外れていた。占い師から学園に彼女の生い立ちやその秘密が伝えられていたためだ。

 しかし彼女は自ら出兵を志願し戦地へと赴く。小柄で女性であることを隠した中性的な容姿であったため、学生たちを中心に士気は大きく向上した。更にいざ戦闘となれば本職顔負けの大魔法でもって時に敵を討ち、時に翻弄した。


 イーサッカの奪還並びに追討戦が成功したのもメフィーゼンの大魔法があってのことで、ランスト側からは『破滅の魔導士』として恐怖の対象とされた。

 余談だが、リリンシアンも公爵家の財と人脈を活用して、後方で炊き出しや負傷者の治療に当たったと伝えられている。


 強大な力を見せつけることになったメフィーゼンは、民衆を中心に救国の英雄として名声を得るとともに、第二王子派などの一部からは危険視されるようになる。


 戦いには勝ったものの、エィーステ王国は大きく疲弊していた。その上、一時ではあるがイーサッカを強奪したことでランスト王国の野望は火は消えることなく燻り続けていた。

 このような閉塞した状況を一変しようと、エィーステ国王は大胆な方法に打って出た。ミゲルオスト第一王子の婚約発表である。

 もちろん、王家の常として彼の幼少期には既にエィン侯爵家令嬢リリンシアンと婚約が行われている。彼女に瑕疵(かし)はなく、身分的にも第一妃の立場は変わりない。つまり第二妃となる側室が発表されたという訳だ。


 何を隠そう、その相手こそがメフィーゼンだった。

 王立学園では常に男性として振舞っており、まさか女性であることを知られているとは露とも考えていなかった彼女は、その発表を聞いて大いに狼狽えたと伝えられている。


 救国の英雄が実は女性であり、共に肩を並べて戦った第一王子と婚約する。国王たちの目論見通り、この話題は大いに民衆を熱狂させた。

 だが、その一方でこの出来事が悲劇の幕開けを担うこととなる。


 このままではミゲルオストが王太子となり王位を継ぐことが確定路線となってしまう。派閥の権威が弱体化することを恐れた第二王子派の一部が、あろうことかランスト王国と結びついてしまったのだ。

 後の記述ではランスト側からの悪辣な奸計に陥れられたとする表現が多いが、これは第二王子派を必要以上に追い詰めることなく取り込むための方便だった、という見方が今日では一般的である。


 婚約の発表から三か月後、メフィーゼンたちは結婚という来るべき時への準備に勤しんでいた。その日はドレスの試着を行っていたという。王都でも評判の新進気鋭のデザイナーと一流の針子たちが学園そばにある離宮に集められていた。


 そして、惨劇が起こる。


 第二王子派の手引きによって、ランストの暗部が離宮へと侵入してきたのだ。確実性を高めるためだったのか、あるいは別の目的があったのか。とある歴史書には「ことさら残忍さを強調するように出会った者たち全員を殺害していった」と記述されている。

 恐らくこれは事実なのだろう。離宮内の様子がおかしいことを感じ取ったメフィーゼンは、リリンシアンたちに向かって部屋の隅に移動するように促しており、それだけ賊が到着するまで時間がかかっていることを物語っている。


 もしもこの時、彼女が仮縫いのドレスを着ていなかったらば。または、もしもこの時彼女が一人きりであったならば。歴史は違っていたのかもしれない。

 しかしメフィーゼンは純白の仮縫いドレスを身にまとっており、室内にはリリンシアンたち戦えない者たちが多数存在していた。


 卓越な戦闘技術を持つメフィーゼンをもってしても、動き辛い衣服のまま複数の暗殺者と渡り合うのは至難の業だった。それでも当初は互角の戦いであったという。

 だが、卑怯にも敵はリリンシアンたちを狙うそぶりを見せ始めた。これによりとうとう運命の天秤が傾いてしまう。罠だと分かっていても、メフィーゼンにそれらを見逃すという選択肢はなかったのである。


 そしてついに、複数の刃が彼女の身体を穿ち、純白のドレスには真っ赤な血の花が咲き乱れた。


 目的を達した襲撃者たちは即座に反転し、それまでの殺戮とは打って変わって残る女性たちには見向きもせずに逃亡していったという。

 その姿が見えなくなるや否や、メフィーゼンは糸が切れたかのように床に倒れた。慌てて駆け寄ったリリンシアンに「誰も怪我はない?」と尋ねたとされている。

 大粒の涙をこぼしながら頷く親友の姿に、彼女はほうと大きく息を吐くと「良かった……」と呟く。


 その言葉がメフィーゼンの最期の言葉となった。

 こと切れるその瞬間まで他者のことを気遣った彼女の在り方は、人々を導く神の(しもべ)のようですらあった。


一万文字ほどの短編となります。


いつもの作風とは毛色が異なりますが、楽しんでいただければ幸いです。

感想や評価なども頂けると今後の励みになりますのでよろしくお願いします。

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