3
私は、翔太郎の手をとって駆け出した。外に出て、道路をひたすら走る。鬼はまだ家から出てきていない。床にめり込んだ金棒を抜くのに苦心しているのだろうか。
そう安心しかけたその時、鬼が見えた。こちらに気づき、猛スピードで追いかけてくる。ぐんぐんと距離が縮まる。
「どうしよう!」
「ことわざだ!逃げられそうなことわざを探すんだ!」
「え?えっとえっと!」
言葉を交わしながらも走る。とにかく走る。あれに捕まったらまずい。
いつも運動している私とは違って、翔太郎は大して運動をしない。だからだろうか、翔太郎はもう息切れしている。そう長くは走れなさそうだ。
「"来年の事を言うと鬼が笑う"っていうのは?笑った隙に距離を離せるかも!」
「はぁ、はぁ、やってみるか!」
「来年こそ、宝くじを当てて豪邸に住む!」
「医師国家試験に1発合格して、彼女を作る!」
私と翔太郎は来年の願望を鬼に聞こえるように大声で叫んだ。
「フッ」
鬼は小さく笑った。
「えぇ!それだけ!?」
思わず叫ぶ。鬼はスピードを緩めず、状況は何も変わっていない。
「やばいってぇ!もう体力限界!」
翔太郎の顔は真っ青だ。限界とは言いつつ、どうやら限界を突破したらしい。次のことわざがラストチャンス。これで逃げきれなければ翔太郎の顔面は酷いことになるだろう。もちろん、顔面以外も。
「えーっとじゃあ、"急がば回れ"!一直線に逃げるんじゃなくて回り道して行こ!」
「…………」
喋る気力もないみたいだ。顔は真っ白である。
一直線に逃げるのを止め、路地を右に曲がる。少し行って、また左に曲がる。
すると、少しづつ足が軽くなり、走るスピードが早くなってくる。どんどんどんどん早くなり、最後には車並みのスピードになった。後ろを振り返る余裕もなく、ただ走り続ける。
どこだかよくわからない公園にたどり着いた時、翔太郎が地面に倒れ込んだ。
「もうダメだ……俺はここで死ぬんだ。」
「何言ってんの、逃げるよ!ってあれ?」
鬼はもう追ってきてはいなかった。なんとか振り切ったみたいだ。
「ふぅーっ。」
ベンチに座って、息を整える。同時に、全身から力が抜けていく。
「よかった。捕まってたらどうなってたか。」
「なんなんだよ。俺を狙ってたぞ。そんなことわざないだろ……」
「とにかく、あいつをどうにかして倒さないと、生活出来ないわよ。床もボロボロにされちゃってたし。」
あれ、弁償しないといけないだろうな。金額の事を考えると憂鬱になる。
「警察に相談しよう。あいつも拳銃には勝てないだろ。」
翔太郎はスマホを取りだして、110番しようとする。
プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……
ツーツー……
「ダメだ。繋がらない。」
「警察署に行きましょ。それしかないわ。」
鬼を警戒しながら、警察署に向かう。運良く鬼には出会わなかったが、緊張感でどうにかなりそうだ。ほんの少しの物音にいちいち反応してしまう。逃走中に出ている気分だ。いや、実際これは逃走中なのだ。
警察署の近くまで来ると、にわかに騒がしい音が聞こえてきた。不思議に思いつつも、警察署に入る。
「これは……」
思わず口から呟きが漏れる。警察署内は人でごった返していた。人混みの中を何人もの警察官が忙しそうに走り回っている。
「ねえ。これは、どうなってるの?」
すぐ近くを通り過ぎた警察官を捕まえて質問する。
「朝からこの調子なんですよ。なんでも各地で怪奇現象が起こってるとかで。申し訳ありませんが、今日中の対応は難しいかと思います。急いでますから、これで失礼します。」
口を挟む余地もなく、警官は早口でまくし立ててからどこかへ行ってしまう。
「これじゃ、鬼の事を相談するのは難しいな。」
「ええ。どうしよう。」
2人とも黙りこくってしまう。
「そうだ。じいちゃんのとこ行くのはどうかな。俺のじいちゃん、こういうことわざとかに詳しいんだ。
まあそりゃ、警察に比べたら頼れないけど……」
「他に頼れる人もいないんだもの、行きましょう。」




