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午後1時。もう朝とは言えないこの時間。いつもいつも寝すぎたなと思う。今日も同じ時間に目が覚めると、なにか違和感がある。いつもよりベッドが窮屈なような。そんなわけないんだけど。
「ううん」
体を起こして伸びをすると、やっぱりなにか違和感がある。なんなんだろう。
ベッドから下りて、立ってみるとようやくわかった。身長が伸びている。それもちょっとやそっとじゃなく、20cmくらい。
「なにこれ……。身長が一晩で20cmも伸びるなんて、そんなことあるの?」
とても信じられないけど、この視線の高さは勘違いとは思えない。とりあえず、下に降りて翔太郎に相談してみよう。あいつは医学部だし、なにか知ってるかも。
――石川翔太郎。同じ大学に通う同級生。とても頭が良く、医者を目指しているらしい。飲み会で意気投合してからというもの、家賃を折半して同じ家に住んでいる。いわゆるイケメンで、モテモテである。身長も高い。
そして、私は遠藤あやか。どこにでもいる普通の大学生、だった。今朝までは。――
リビングまで降りると、翔太郎は椅子に座ってテレビを見ていた。
「おはよ」
「ああ。あやか、おはよう。って、お前なんかデカくなってないか?」
「やっぱり?私大きくなってるよね。」
思った通り、勘違いじゃなかった。でも、こんなこと起こるはずがないのに。異世界転移でもしちゃったんだろうか。
「ニュース見てみろよ。大騒ぎだぜ。お前のそれ、関係あるんじゃないか。」
そう言って、翔太郎はテレビを付けた。そこに映っていたのは現実とは思えない、異常現象。
ネギを背負った鴨。しゃっくりを100回して死んでしまった男性。そして、私と同じように一晩で大きくなった人々。
「これ、現実?」
とても現実とは思えず、翔太郎に尋ねると
「ああ。現実だよ。」
と翔太郎は返してきた。どうやら、夢の中ではないみたい。
「ニュースによると、この市限定でことわざとか迷信とか、そういったものが現実になってしまったみたいなんだよ。お前の身長が伸びたのもなんかのことわざなんじゃないか?」
うーん。身長のことわざなんてあったっけ。
「えーっと。身長……伸びる……巨大化……成長……」
そんなことわざ、1個も思い浮かばない。
「そうか!寝る子は育つ、だよ!お前、昨日何時間寝た?」
「昨日は疲れてたから――11時間くらいかな。」
「めちゃくちゃ寝てんじゃねえか。だから身長がそんなに伸びたんだよ。」
なるほど。でも私、ことわざ界ではまだ子供扱いだったんだ。寝る子って。ちょっと不服を申し立てたい。
それにしても不思議な話だ。ことわざや迷信がホントになっちゃうなんて。
「何はともあれ、身長が伸びたんだ。いい事じゃないか。」
「そんな訳ないでしょうが。服もこれしか着れるのなくなっちゃったのよ。あーあ。お気に入りの服あったのになあ。」
身長が伸びて、スタイルが良くなって嬉しいけど。それでも、お気に入りの服が着れない事への悲しみの方が大きい。
「それはすまん。と、とりあえず飯でも食いに行こうぜ。お前が起きるの待ってたんだ。」
「全く調子良いんだから。準備するからちょっと待ってて。」
「おう。」
翔太郎はこうやって調子づく時がある。でも不思議と憎めない。翔太郎と暮らし続けているのもこういう所が一因なんだろうなと思う。
準備を済ませて、翔太郎の所に行くと、また不思議な事が起きていた。
翔太郎の首が伸びていたのだ。微妙に。だと言うのに当の本人は全く意に介していない。まさか、気づいてないんじゃないでしょうね。
「翔太郎。あんた気づいてる?」
と翔太郎に尋ねると。
「ん?何に?」
やっぱり気づいてなかった。まあちょっとしか伸びてないし、無理もないけど。
「あんたの首。伸びてるわよ。」
「えっ。嘘だろ!」
翔太郎は急いで洗面所に向かっていった。後を追いかけると、翔太郎は洗面所に着くなり、鏡を見て目を見開いた。
「ホントじゃん!俺の首伸びてる。なんか特別感あって嬉しいなあ。」
ホント、こいつは。このお気楽さが羨ましい。