第8話
突如として現れた、最後のお客さん。
ベージュの巻き髪を揺らして、鞄の紐を両手できゅっと握りしめながら向かってくるのは、坂巻だった。
固く結ばれた、リップの鮮やかな唇は、どこか決意に満ちているようにすら思う。
荻野が、脇を小突いた。
『お前が行け』ってことらしい。
俺は仕方なく、注文を取ろうと足を向ける。
荻野が、坂巻には聞こえないような小声で呟いた。
『あの子、多分、美容室に行ってから来たっぽい』
『え?』
『ガチもガチ。勝負に来たよ。全力で受け止めろ』
「は? え? 荻野?」
そんな急に! どうすりゃいいの!?
『うるせー。行け』
再び脇を小突かれて、俺はよろけながら坂巻の前に立った。
いつもと少し意味の異なる、超弩級のガチガチスマイルで、声を上擦らせる。
「い、いらっしゃいませぇー。ご注文をお伺いいたしますぅ……」
得も言われぬ沈黙が満ち、一秒が一分にも十分にも感じる。
すると、坂巻はぽつりと呟いた。
「い、いつものでお願いします……」
「え?」
「…………」
俯きがちに頬を染めたまま答えない坂巻。
俺はとりあえず、坂巻が気に入ってよく頼む、キャラメリリボンとロッキィロードを掬ってみた。
キャラメリリボンは、女子に人気の定番。バニラとキャラメルが絶妙にマッチしたアイスだ。
一方でロッキィロードは、細かく刻んだマシュマロがチョコレートアイスの中にふんだんに入っている、固定ファンの多い商品。
いずれも、甘くて濃厚な味わいが魅力のアイスだ。
坂巻は他にもストロベリィチーズケーキや季節のフレーバーなどを注文することもあるが、基本的にもったりとして甘いのが好きで、トータルで考えるとこの2つがお気に入りなのだろうと思う。
「スモール、ダブルの、キャラメリリボンとロッキィロードでお間違いございませんか?」
何故今日はこんな注文の仕方なのか。何故そんなに俺の手元を凝視してくるのか。
チラチラ顔色を伺うな、手元も調子も狂うだろ!
などと思いつつアイスを用意し終えると、坂巻はいつも通り会計を済ませてソレを受け取る。
そして……
「あのっ! そのっ! こ、今度一緒に、お茶でもしませんか!?」
「はい……?」
なんだ、その、お見合い一回目を終えたばかりのぎこちなMAXみたいな誘い方は。
お茶? お茶だと? カフェ行きませんか?じゃなくて? どうしたんだよお前、そんなキャラだったっけ? ギャルとしての矜持はどうした? そこは「一緒にタピりません?」じゃないのかよ?
思考が渋滞を起こし、思わず固まっていると、坂巻はあせあせとアイスを持っていない方の手で髪を耳にかける。その耳があまりに真っ赤で、俺は再び思考停止した。
「あっ、えと、急にこんなこと言われてもなんなんだ、って話ですよね。私、その……お兄さんのことカッコいいなって、もっとお話ししたいなって、それで、よければ、お茶でもしながらアイスの話でも……」
「あぁ……」
要はデートに誘いたいってことらしい。
……で。
な、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ!?
あまりに必死な表情に言葉を失っていると、沈黙に耐えかねた坂巻が早口に語り出す。
「あっ、ごめんなさい! こんな、私みたいなJK……じゃない、高校生なんて、お子様ですよね、話にならないですよね、すみません。いっ、今の話は忘れて……!」
去ろうとする坂巻。『どうにかして止めろ!』と、荻野に足を踏まれた。俺は咄嗟に声をあげる。
「いてっ! あ。いやっ、その……! お、おれ、も。高校生ですから……」
「へ……?」
その一言に、坂巻は心底安堵したような笑みを浮かべた。
あいつのこんな、ふにゃんと腑抜けた、安心しきった表情は学校で見たことがない。
返事をしてくれたこと、俺が同じ高校生だったこと、年下というだけで「釣り合わない」と一蹴されなかったこと、様々な感情がないまぜになったんだろう。
その安堵が、坂巻がどれだけ本気だったのかを表していた。
オタクを毛嫌いするギャルなんて、と心の中で燻っていた毒気が、わずかに抜けていく。
告白されたわけでもない。付き合うわけでもない。ただ、お茶がしたい、話したい、と誘われただけだ。
俺に好きな人がいるからって、別に不義理ってわけでもないだろう。
いや。それはただの言い訳で、本当はもう本能的にわかってるんだ。
こんな全霊の好意がこもった誘い、断れるわけない……!
それまでは、「ギャルなんてナシ」と思っていた。いたはずなのに。俺だって人だ。こんな真っ直ぐぶつかってくる想いに、何も動かされないわけじゃないし、迷いだって生じる。
でも、どうしよう。やっぱり優柔不断かなぁ?
助けを求めるように荻野を見ると、小さく頷いた。
『デートくらい、いいんじゃん?』……と。
俺は、流されるままに頷いてしまった。
「わかりました……俺でよければ、お茶、くらい、なら……」
「……!」
ぱあっとした坂巻の笑顔は、今までの、どんなアイスを食べたときより輝いていた……ように見えた。




