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第52話

「い、いらっしゃいましぇ〜」


 驚きに声を上擦らせながら、加賀美さんの前に立つ。


「ご注文はお決まりですか?」


 尋ねると、加賀美さんは長らくジャモカアーモンドファッジに留めていた視線をあげる。

 そういえばこの子、前に来たときもジャモカアーモンドファッジをガン見していたような……?


「スモール、ダブルで。バニラと大納言あずきをください」


「へ?」


 凛としたまっすぐな面差しで下される注文に、あたしは半ば絶句した。


 ジャモカアーモンドファッジじゃないの!?

 あんなに見てたじゃん!!


 ……バニラ。 は、まぁいいよ。無難に美味いしね。ウチの兄貴も好きだし。


 でも……


 ……大納言あずき? 大納言あずき、つったか!?


 渋っ!!

 いや、ウチの店のはアイスの割に豆感があって、そこがまた美味いんだけどさ。

 ……JKのチョイスではなくね?(偏見)


 あたしは思わず問い返す。


「ジャモカアーモンドファッジじゃなくていいんです?」


「え?」


「だって……ずっと見てたでしょ、ジャモカアーモンドファッジ」


 加賀美さんは艶やかな黒髪を耳にかけながら、ふい、と横を向いた。

 逸らした視線が、閑散としたフロアを行き場なく彷徨っている。その静けさに背を押されたのか、加賀美さんは口を開いた。


「母が……加賀美屋かがみやという和風のカフェチェーンを経営していて……」


「ああ、あの有名な。渋谷とかにもあるやつっすよね? すごいな。超お嬢様じゃん。てゆーかご令嬢?」


 言ってから思った。お嬢様とご令嬢って、どっちも一緒じゃね?

 つか、真壁は加賀美さんがお嬢って知ってたのかな? 知らなかったとしたら、見る目あるぅ~。


「本来なら、部活の帰りに寄り道なんてあまり許されないのだけれど、これはあくまで、視察ということなので……」


「あぁ、そういう……」


 だから、店の参考になるような和風とバニラしか食えないのか。


 家柄とか躾とか、やんごとない身分の方々の考えることはわからんけどさ。

 同じ高校生なのに、大変だなぁ……


 少し間をあけて、あたしは呟いた。


「偉いっすね」


「え?」


「自分は、誰になんて言われようが、自分の好きにしちゃうタイプの人間だから。おうちの人の言うことをきちんと聞けるいい子ってのは、素直に尊敬します。親孝行で偉いなぁって」


 そう言って右耳を掻き分けると、イカつい無数のピアスが覗く。

 お嬢様にはちょっと見慣れないシロモノかな? きょとんと一瞬、面食らったような顔が可愛い。

 加賀美さんにしか見えないように、こっそりと舌を出すと、真珠大のピアスがきらりと、宝石みたいに煌めいた。


 これはちょっとしたイタズラだ。

 たとえ家の人……親がどんなに制限しようとしたって、外に出ればいくらだって、あたしみたいな、住む世界のちょっと違う人間に触れる機会はあるんだよって。


 でもさぁ。そういうあたし達でも、好きなアイスを手にすれば、おんなじ顔で笑いあえるんだよ。男も、女も、老いも若きも関係なく。アイスはそこがすごい。加賀美さんにも、わかって欲しいな……


 あたしは注文通り、口を動かしながら手も動かして、スモールサイズのバニラと大納言あずきを用意していく。


「でも、たまには息抜きも必要でしょ? 別に自分は、アイス屋(ここ)にいるときくらい、自分の好きなもん食べたらいいと思いますよ」


「でも……」


 未だ戸惑う加賀美さんを見て、あたしは、大納言あずきの上に、小さなアイスの玉を盛った。


「だったら、コレは自分の奢りです。今ね、プラス百円で、もう一つ味を追加できるキャンペーンをやってんの。実は自分、ジャモカアーモンドファッジ大好きで。二番めに好きな味なんすよ。絶対美味いから、食べてみて」


 できあがった三段重ねのアイスを差し出すと、首を傾けた拍子にふわり、と銀髪が揺れて、精緻な細工のピアスが覗く。

 爽やかな海の蒼を彷彿とさせるカラーコンタクトに微笑まれると、加賀美(しおり)の中で、日々の重責や早すぎる門限、厳しい制限のある生活への鬱憤が晴れていくような心地がした。


「え? でも、そんな……」


「いいから、いいから。とりあえず一口! だぁいじょぶ。アイスの追加一個くらい、誰にもバレたりしないって」


「……あ、ありがとう、ございます……」


 食べたことのないコーヒー味のアイスクリームは、アーモンドの歯ごたえが軽やかで、香ばしくて。舌の上でチョコレートの甘味が交じり合って、なんともいえない夢心地な味だった。


 ――わ。なにこれ、美味しい……!


 込み上げる感情を抑えるように、口元を手でおさえる。

 だが、隠しきれない感動が、店員さんにはお見通しだったようで。

 カウンターに頬杖をついて、銀髪の店員さんは笑った。


「ね? 美味うまいでしょ」


 加賀美の中に、柔らかく温かな、季節外れの春風が吹いた瞬間だった。

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