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 結局、てんちゃんと話せていない。

 話したとしたら、本当に必要最低限の会話だった。

 「おはよう」しか言ってないかな。

 あとは、一文字二文字の返事くらいだったか。

 「ん」とか「はい」。それだけ。

 本当に辛い。今すぐにでも学校を休みたい。

 でも休まないのは、また不登校になりたくないからだ。

 きっと一回でも休んだら、明日も、明日も。

 私はどんどん先延ばしにして、きっとまた行けなくなる。

 それを過去に経験をしている。

 せっかく通えるようになったのだから、それは大事にしたい。


 今日も授業が終わる。

 金曜日の最後が保健というのは楽だ。

 話を聞き流すだけだから。

 ただ。今回の授業は、そんな私でも真面目に話を聞いていた。


「ねぇねぇ瑞樹。さっきの授業、どうだった?」


 話しかけてきたのは、後ろの席の藤崎さん。

 てんちゃんの耳がピクッと揺れた。

 多少の申し訳なさを抱きつつ、私は振り返る。

 そういえば、もう7月だけど一回も席替えがない。


「うん。よかったと思うよ」


 授業の内容は、LGBTというものについてだった。

 その単語をネットで見かけたことがあったりして、今日ようやくその意味を理解した。


「瑞樹はあーいうのどう思う?」


 顔を私の方に近づけて問われる。

 私は──


「いいと思う。素敵だよ。LでもGでも、人が人のことを好きになるって」

「ふむふむ。瑞樹はそういう考えをお持ちしているのね。素晴らしい」

「どうも。……え、それだけ?」

「うん。それだけ」

「……なるほど」


 適当に頷いて、前を向く。

 視界の端っこで、てんちゃんの頭がビュッと動いた。

 ……見られていた。


「ふぅ」


 L。

 レズビアン。

 女性の同性愛。

 私たちはきっと、これに該当している。


 女性同士の恋愛は、おかしくない。

 先生の話を聞いて、私たちが抱いていた想いが肯定されたようで嬉しかった。

 ……多分てんちゃんもそう思っている。そう信じてる。


 でも。分からないのだ。

 何がかって、私の気持ちだ。

 好きって気持ちは変わらない。

 きっと今でも、てんちゃんのことを性の対象として見ている。

 けど、前にてんちゃんに言われて気づいた『好き』の意味の変化について。


 ……変わりたくない。

 そのためには、私からアクションを起こさないといけない。

 それは、わかっている。

 わかっているのに。

 ……何もできない。


 今日の帰り道。

 蝉の声が、聞こえ始めてきた。


 てんちゃんが数メートル先を歩いている。

 その背中は遠い。果てしなく。

 寂しげなその背中を見るたびに、私の心臓が痛くなる。

 届かなかったらどうしよう。って、そんな思いが増幅していく。


 頭の中で、ハグとか撫でて貰う妄想をしてみる。

 てんちゃんの柔らかい腕の中に、私がいる。

 てんちゃんの温かい手で、撫でられる。

 その感触を思い出す。


 ……あぁ。

 懐かしいなぁ。


「……うっ。うぇ、う」


 自然と、涙と嗚咽がこぼれる。

 この呻くような声も、きっとてんちゃんには届かない。


 声が届いて振り向いてくれたら、こっちに駆け寄ってくれるのかな。

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