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「好き」の意味

 なんて言おう。なんて言おう。

 立ったまま膠着状態で、私は必死に考える。


 けど、私のカバンの方を見れば、開けられた痕跡無いようだった。

 つまり。手紙のことがバレたわけではないのだ。

 だから、てんちゃんの気のせいってことにしてここは乗り切ろう。

 ……それで大丈夫。絶対。


「隠してることって……何もないよ」

「ふーん。……机に何か入ってるとかは?」


 ドクンと、心臓が跳ねる音がした。

 問いがピンポイントすぎる。

 分かっているの?

 それとも、ただ勘がいいだけ?


「な。何も、ないよ」

「ほんとに?」

「……うん」


 これでいい。

 これでいいのだ。

 この事がバレたら怒られると思うけど、バレてないのなら自分でさっさと解決しよう。


「へー。そうなんだ」

「うん。そうだよ」


 何かを察せられないように、私はなるべく平然を装って答える。


 雨音より、心臓の音の方が大きい。

 はぁはぁと呼吸が少し荒くなるのを抑える。


 てんちゃんは一つ「はぁ」と溜息をつく。

 表情が落胆に変わっていた。


 なんでそんな表情になるの?


 そんな困惑を私は顔に浮かべて。

 それがてんちゃんにも伝わったのか。

 口をゆっくりと動かして。


「あの手紙。書いたの私だよ」


 冷めた口調でそう言い放たれる。


 ……。

 頭をハンマーで殴られたかの様な衝撃だった。

 くらっとした。


 時間が止まったようにさえ思えた。


「へー。そっか。隠してたんだ」

「ち、ちがっ──」


 振ろうと思っていた。

 そう言えば解決すると思うけど。


 全身が震えて声が出ない。

 心臓が痛い。凄く痛い。


「相談してくれると思ったんだけどな。……告白受けるつもりだった?」


 反論したい。

 したいのに……。

 なんで声が出せないの?


「え、あ。あ」


 出そうとしても、出たのは言葉にならない声だった。


「やっぱり。少し変だと思ったんだよね。最近、ハグとか全然求めてこないし。好きとか可愛いとかって言ってくれる量も極端に少なくなったし」


 違う。

 違う違う違う。

 それは。単に。

 それをしなくても、てんちゃんと一緒にいれる時間は幸せだとわかったから。

 だから、最近してないんだよ。

 ……わかってよ。


「だから、手紙をいれてみた。藤崎桃杏(もあ)のラブレターという風を装って。……その人と前よりも話しているみたいだし。……そしたら案の定だった。告白されて浮かれたでしょ?」


 やめて。

 やめてよ。てんちゃん。


 その言葉の一つ一つ。

 私の心にグサリと刺さる。

 今ので何本目だろうか。

 その言葉の数々に私の咽喉は潰される。

 だから声が出せないのであった。それを理解する。


「なんか反論したら? できないってことだよね?」

「……ち。ちが」

「うん。なんか、前に告白されたのが嘘みたい」


 呆れたように、言われてしまう。


 でも、同時に気付かされてしまった。

 前に告白した時。あの時使用した『好き』。

 そして今。てんちゃんへと抱いている『好き』。

 その二つは、別物に変化しかけているということを。


 なぜそうなってしまっているのか、分からない。

 ただ日にちを重ねる(ごと)に、そうなっていた。


 『特別』が何回もあれば、それは『普通』だ。

 てんちゃんと、毎日手を繋いで家に帰る。恋人繋ぎで。

 そんな『特別』は、いつの間にか自分の中の『普通』へと変わっている。

 それに今、気づく。


 怖かった。

 自身の薄情さが。


 てんちゃんは、私のことが好きなのだ。

 それは、二ヶ月前に言われた「好き」と何も変わっていない。

 じゃなければ、こんなことしない筈だから。


「お姉ちゃんの嘘吐き。……もう。知らないから」


 何も言えない。

 悪いのは自分だから。

 てんちゃんも、やりすぎみたいなところは多少あるとは思うけど、その根底にあるのは私の薄情さなのだ。


 バタンと、荒々しく部屋のドアが閉じられる。

 部屋の外で、雷が鳴っている。酷い雨だ。

 今の私は、そんなことに気を向けられない。


 ごめんの一つも言えないことに酷く恥じ入る。


「ごめん。……ごめんね。てんちゃん」


 泣きながら呟くけど。

 この言葉はてんちゃんに届きはしない。

 虚空に対して謝ったって、それはただの自己満でしかない。


 ズビズビと鼻水が垂れる。

 嗚咽を漏らして、ようやく動けるようになった体を、私はベッドの元まで運ぶ。


 ごめん。

 ごめん。ごめん。

 ずっと呟く。


 ずっと。


 ずっと。

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