てんちゃんと藤崎さん
「えっとー。なんか藤崎さんって聞こえた気がしたんだけどー、あれ? 聞き間違い?」
藤崎さんは、頬をぽりぽり掻きながら「おっかしいなぁ」という感じで言ってくる。
「……聞き間違いだと思います」
わざわざ対応するのも面倒だ。
聞き間違いということにしておこう。
大した内容でも無いし。
「あ、そうなんだ! 忘れ物とりにきたら、なんか聞こえた気がしたからさ! ごめんごめん!」
てててっと自分の席へと駆け寄る藤崎さん。
ふと、てんちゃんの方に目をやると、どこか鬱陶しげな表情を浮かべている。
その表情からは、敵対心のようなものさえ感じ取れた。
「えっとー。あったあった」
机をゴソゴソと漁り、一冊のノートを彼女は取り出す。
「邪魔したね、瑞樹さん! じゃ、バイバイ!」
私も軽く手を振る。
が、その時、後ろから声が飛んできた。
「ねぇ」
見れば。
というか、見なくともてんちゃんが藤崎さんを呼び止めたことが分かる。
目の前の藤崎さんは、困惑を浮かべた。
「ん? どうしたの? ……えっと、楓ちゃん?」
「私は、あなたに質問がある!」
「うんうん。なになに」
「ズバリ。あなたと、おねえ──瑞樹とはどんな関係か!」
うわぁ。
てんちゃん聞いちゃったよ。
……変な風に思われちゃったらどうしよう。
思ったけど、てんちゃんって気になったことを素直に口に出すタイプだ。
……だけど、私を取られたくないっていう、てんちゃんの意思も伝わってきて、これはこれであり。なのかな。
「どんな関係って……。友達かな? だよね、瑞樹さん」
圧。圧がすごい。
いや、笑顔でこっちを見てるだけだけど、圧を感じる。
けれど、てんちゃんを優先して私はこう答える。
「友達、というか案内役ですね」
「えぇー! 酷い!」
「酷くないです」
「そう? それで、楓さん。どうしてそんなことを?」
てんちゃんに目を移す。
上の空みたいな顔みたいになってた。
「……いやー? なんでも?」
なんでもあるだろ。と言わざるをえない喋り方だ。
とぼけ方がわざとらしい。
「えー。……まぁいいや! じゃあ、じゃあね、お二人さん!」
カバンを手にとって。
駆け足で「部活あるからー」と教室から出た。
「ねぇ。お姉ちゃん」
藤崎さんが教室から出た時と、ほぼ同タイミングで、後ろから声が飛んでくる。
「ん? どうしたの?」
「私、あの人苦手!」
どこに不快に感じる要素があったのかと思ったけれど。
……やっぱり。そうだよね。とやけに、あっさりと納得した。