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てんちゃんから、

「……堪能したね」


 私はてんちゃんから離れて、顔も合わせずにそう言う。

 トイレでなにやってんだろうと冷静になって、今の状況が少し恥ずかしくなった。


 でも、やっぱり、このハグするという時間は心地が良かった。

 嫌なことを全部忘れられて、目の前のてんちゃんのことしか考えれなくなるから。


 良い匂いがするし。

 シャンプーは私と同じだけど、そういう匂いじゃない。

 ……てんちゃんの匂い。みたいなそのようなものだ。

 とりあえず、その匂いを嗅げば私はなぜかホッとするのだ。


「終わり?」


 私が離れた事に対して、てんちゃんは意外そうな声を出した。


「うん。てんちゃんの言う通り、人がきたらまずいかなとか思ったし」

「そう」


 頷くその声は寂しげだった。

 顔を見れば、少し哀愁めいたものが浮かび上がっている気がした。


「離れたの、嫌だった?」


 多分こういうことだろう。

 少し自意識過剰っぽいかもだけど。

 両思いなんだからこう聞くくらい、いいだろう。


「うん。だからもうちょっと──」


 俯いたてんちゃんは、そのまま私に抱き着く。

 押すようにして抱きついて、私を冷たいタイルの壁に追いやった。肩が壁にぶつかる。

 拘束されているようだった。


「わっ」

「もうちょっとだけだから」

「……うん」


 急にどうしたんだろう。

 今までてんちゃんからなんて無かったのに。

 私が促さずに、てんちゃんは抱きついてくれた。

 素直に嬉しい。


「これは普通だからね」

「うん。そうだね」


 普通じゃないよ。

 そう心の中で言う。

 てんちゃんも、普通じゃないの分かってて自分を言い聞かせるために、そう言っているのだとは思うけど。


「ねぇ。お姉ちゃん」

「ん? なに?」

「離れないでよ?」

「うん。というか、てんちゃんが抱きついてきてるしね」


「違う。これからの生活で」

「……うん」


 てんちゃんから、「離れないで」と。そう言って貰えるのは本望だ。


 だけど。

 なんでだろう。

 少し怖い。

 てんちゃんが昨日と比べて変わってる。

 その様子は変貌と言ってもいい。

 昨日まで私の方がグイグイとしてたのに、今日になって、私が藤崎さんと話されてるのを見られてから、てんちゃんの方が少し態度を露わにしているような。


「お姉ちゃん。自分から一緒にいたいって言ったのに、離れたりするのはダメだからね?」


 てんちゃんが抱きしめるその腕には、しっかりとした力がある。

 私を束縛するような。

 それくらいの意味を込めているような。

 そんな抱擁だった。

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