プロローグ 黒い帆の残骸の湖から、わたしへ
―――きらきらと、冷たい水に差し込んだ光がうねるように踊る。
ここは暗い水の底。どこにあるのかは知らないけれど、とても冷たい水の底。わたしは気がついたらここにいた。いつだって頭の中に響いてくる『声』と一緒に。わたしはここで生まれたようだ。いつもいつも真っ暗で寒くて、手足はあるのに動かないわたしは揺蕩うしかなくて、わたしはいつも怖くて寂しかった。けれど今日は珍しく、光が差し込んだ。輝きが踊るその場所だけが明るくて、他は真っ暗な水の中でわたしは踊りに夢中にななった。
―――わたしは生まれてはじめて見る星灯りの踊りに夢中になった。こんな何もない暗い水の外にはこんなに美しいものがあるのだと知った。
私はずっとこの輝きを見ていたいと望んでしまった。
けれども本当はもっと、強く願った。水の外の世界へ行きたいと、だけどそれは叶わない夢。この輝きのように掴めないものです。
――――その時だった。
―――――その筈だった。
魂まで凍りついてしまいそうになるくらいに冷たいはずの水が少しだけ、温かくなった。
光の中から、何かが伸びて来た。目を凝らしてよく見てみれば、それは人の手。
綺麗で白くて温かくて、わたしがほんの少しでも力を入れて握ってしまえばあっという間にぐしゃぐしゃに壊れてしまいそうなほど儚くて、頼りなさそうで、
でも、とても優しい強い手。
私は自分でなんでなのかはわからないまま、この手を掴みたいと願った。
………その後のことはよく覚えてはいないけれど、掴んだ手にすごい力で引っ張られて、水から上がった。水の外の世界はとても寒かった。わたしが生まれたあの水の底よりも冷たい世界があるだなんて知らなかった。
水から出て最初に見たものは―――――とても美しい男の子だった。
これが『私』の最初の記憶。私の原初。
壊れ果てても忘れることはない、奇跡のようの美しい出逢いの記憶。
そうして、わたしは私になった。