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第一部 8

僕らは公園のベンチで、何を話すでもない、ボーっと座っていた。


あれから鈴子は、和夫との小学校以来のことを、ざっと話してくれた。

「いつもは、あんなに乱暴じゃあないのに・・・。どうしたんだろう・・・・。」

鈴子は和夫の様子が、いつもと違ったことを強調する。そして、こんなドタバタに僕を巻き込んだことについて、何度も謝った。

「んん? ・・・あ、もう良いです。ホント、良く分かりました。」

彼女の謝罪に、僕は気にしてないと応える。確かに、今日の出来事について、僕はもうなんとも思っていなかった。しかしそれなのに、尚、心を覆うこのドーンと来る重い気持ち・・・


そうなんだよな、鈴子はあいつの「いつも」を知っている。そしてあいつも、鈴子の「いつも」を知っている。


僕はそれを、和夫に対しての、挽回しようのない「ビハインド」だと感じているのだ。

和夫だけではない、義男のときもそうだった。彼女から昔馴染みの話を聞くたびに、胸にドンと来ること、それは、僕は彼女と付き合いのあるどんなヤツよりも、彼女を知らないと言うことだ。


結婚するってディープな約束をしておきながら・・・。




いつしか日が傾き、公園の向こう側にある遊具で遊んでいた子供たちも姿を消した。公園は静まり返る。代わって、少し向こうにある商店街は、家路を急ぐ人たちのざわめきが、それとは別世界のような公園の中にしみこんでくる。

その公園に二人佇む。


そして・・

渦巻く感情の渦の中から、浮かび上がってきた現実。

それは、僕らは「見合い結婚」をしようとしていること。

そうなのだ、初めから分かっていたことだったのだ、僕らがこういう「良く知らないのに誰よりも近しい」という、妙な関係であることは。


どの見合いでも、そう何年も付き合ってから結論を出すなんて有る訳は無い。誰かのツテで出会って、少し付き合ってみて決心。とっとと結婚する。

それが見合い結婚のタイムテーブルなのだ。


 普通僕らの年代だと、恋愛結婚が基本だろう。

たまたま出会って、趣味とか一緒で意気投合し、友人の中で特別に見えてきて、そのうちコクって・・・、同じ時間を過ごし、たくさんの思い出を共有し、いろいろなことを積み重ねてそれでついに!!・・みたいな感じ。

でも見合いは、そんな探り合いみたいなのも、駆け引きも、秘めたドキドキするようなことも、何にも無い。他人の立会いの下、引き合わされて、初めっから結婚するかどうか、その二つの選択肢しか用意されていないのだから。

恋愛から結婚と同じゴールを目指すのに、見合いのこの短絡は何だ!?


でも、それが見合い・・・・


見合いというものが自分でよく分かっていなかったんだと、思わず溜息が漏れた。


 僕が考え込んでいる間、鈴子は僕の隣に座って、同じくボーっとしていた。

その端正な横顔を眺める内に、どうしても聴きたくってならない衝動が、僕の中で駆け巡る。

僕にはそうは魅力的には見えない彼女だけど、彼女と一緒にいて遭遇する様々な事は、確かに彼女の人気の凄さを物語っている様に思った。

 そう、客観的に見て、彼女はもてる。それもメチャクチャもてる・・・。

そして、僕と会ったあの三人から滲み出していたのは、出来るなら将来鈴子と・・・・みたいなものだった。その三人とも、タイプはそれぞれ違うが、揃いも揃ってイケメンと呼ばれて、全然可笑しくないルックスだった。

 ……だのになぜ僕と??

いや、彼女、この縁談に本当に本気なのか……。

ここが自分なりにしっくり来ないと、これからこの結婚に本当の意味で積極的にはなれないと思った。僕はおもむろに話しかけた。   

 「天原さん、・・・・天原さんはどうして、僕と結婚しようと思ったんですか?いや、本当に僕と結婚したいって、思ってるんですか?」

彼女は、え?!と夢から急に起こされ、変なところを見られて恥ずかしいみたいな、顔をした。でも、聞かれた内容を理解すると、キュッと姿勢を正して、丁寧に答えてくれた。

「え?・・・あのう、お見合いの後、そうお答えしたように、そう思ってます。本当に思ってます。」

「じゃあ、どうして、そう思うようになったんですか?」

「どうして・・・・と言われても・・・・。」

考え込む鈴子。どちらかと言えばこの縁談に積極的に見えた彼女が、そんな頼りない反応をするので、正直うろたえる・・・・。

「それは、た、武村さんのご紹介だし・・・」

・・・親父さん達の紹介だから・・・

ガクッと来る僕。一瞬、力が抜けた。だが、まあ人のことは言えない。僕も信頼し、ある意味尊敬している親父さんところからの話だからこそ、前向きな気持ちになれたのだから。

「武村さん御夫婦、あのお二人がわたしの理想の夫婦なんです。わたし、お父さん知らないし、夫婦ってどういうのか、ちょっと分からないんです。」

なるほどと相槌を打つ。

「でも、武村さんにお出会いして、本当に素敵だなあって、あんなふうにお互い尊重しあって、信頼しあって、楽しく毎日過ごせたら、どんなにか良いかなって。」

 その気持ちは分からないでもない。僕もあの夫婦を見ていると、なんともいえない和んだ気持ちになるのだから。でも、それと僕らのこととは・・・。単なる憧れの「投影」としてしか、考えていないのだろうか。僕の胸のうちに失望の影が迫ってくるのだった。

 そこまで話を聞いて、僕は一つため息を付いた。

僕以上にこの縁談に積極的に見えた彼女の姿は、単に親父さんたちへ対する憧れからのものだったのか・・・。

 ある意味それだと納得できる。何の取り得も無い僕に、紛いなりにも「アイドル」と呼ばれる彼女が、心寄せるはずは無いのだから。

まあ、そんな不釣合いな二人が結ばれると言うのが、「見合い結婚」の面白い所かもなと、自虐的な笑みが思わず零れる。

でも、そんなアンバランスの中、彼女の言う「理想の夫婦」など、なれるのだろうか・・・・。

 そんな僕の冷えた反応に気付いたのか気付かないのか、鈴子は話を続けた。

「だから、下村さんとのお話を伺って・・・。」

僕の方に膝を向ける彼女に反応するように、僕は彼女の方に向き直った。

「下村さんとだったら、わたしでも、武村さんところみたいになれるって、思ったんです!」

「・・・・なぜ?」

そう聞くしかない。考えていたのと真反対の結論を宣言する彼女に、反射的に問い質した。

「なぜって・・・。」

・・・なぜ・・・って・・・

思わぬ切り返しに驚いた顔で固まる彼女。彼女CPU使用率100%、一生懸命、何か答えを出そうとしているのが、見ていて分かる。

 彼女が必死に答えを編み出す間、僕はじっと彼女を見つめていた。その答えが僕自身にとっても、物凄く重い意味を持つことになるのだから。

そして、やっと搾り出した彼女の答えは、

「野生の・・・勘です・・・・。」


・・・・勘・・・・

はあ?!


ガクッと来て、思わず額に手を当てる僕。

彼女、あれ?ちょっと説得力無かったかな・・・って顔をして、頭をカリカリ掻いた。

<この娘は、勘に生涯をかけるのか?!>

 しかし、バイクからサーフィン、そのほか色々と見事にこなす彼女の勘。

彼女の「勘」と言う言葉に含まれた深い意味を、僕が本当に理解できたのは、彼女をもっともっと知ってからのことだった。 


 

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