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第一部 7

「鈴ちゃん泣かしたの、あんたなのかい?」

僕が座っているスベンチの直ぐ側で、犬の顎を撫でながら、その婆さんは問いただすように話しかけてきた。言い方は至って穏やかなのだが、僕自身は凄く悪いことをして咎められているような気分になり、言葉に窮する。

「え、ええ・・・多分・・・。」

あやふやな僕を無視して婆さんは話を続ける。

「あんたも罪作りだねえ。・・・・・まああの娘も、何人もの男どもを、泣かしてきたんだがね・・・。」

?!

・・・男を泣かすって・・・

ただならぬ話に、僕は目をむいて婆さんを見る。

・・・と言うことは、彼女は遊び人で、たくさんの男をその気にさせておきながら、自分の都合であっさり振ったりしたとか? そんでもって、次々と男を換えて・・・・・・。

今まで会った、鈴子の知り合いの三人の男の思い詰めた顔が、脳裏に巡った。


青くなってそのお婆さんの顔を見ていると、婆さんは少し不思議そうな顔をした後、ポンと手を打って、何か合点が行ったようにニタッと笑った。

「いやな、そうじゃないよ。ガハハ」

そして、さも可笑しそうに続ける。

「あの娘は、この村で一番の、人気者なんじゃよ。あんたらぐらいの子らだったら、アイドルっちゅうのかいな? 村の年頃の男という男は、一度はあの娘に心寄せただろうよ・・・。だから、村の連中、みんなあの娘のことは知ってるで。」

そこで婆さんは、少し声を潜めて続けた。

「でもな、尽く袖にしたって言うんだから、あの娘も大物じゃ!」

そういったかと思うと、婆さんは僕に熱い視線を投げかけた。

「それがねえ・・とうとうねえ・・、ふーん、こういうのが好みだったのかよ・・・。あいつらもなあ・・・。」

などと言って、僕を上から下まで、なめるように眺める。

「ほんま、壮観じゃったでー。あの娘の振りっぷりは。でけー会社の息子から、なんじゃ、テレビにも出ちょるちゅう色男までなあ・・・。」

僕はその話を聞いて、ボーっとしてしまった。

「その中にゃ、まだ諦め切れねーってやつも、わんさか居るちゅうぞ。あんた、そんな娘を泣かしちまうなんて、相当、腹据わった男じゃの。」

僕は血の気が失せ、気が付いたら、足がガクガクしていたりする。

「じゃあ、ま、せいぜい男どもの恨みを買わんように、上手いことせえよ!」

などと、胃が痛くなるようなことを言ったと思うと、ポンと僕の肩を叩いて、カッカッカと笑って犬を連れて行ってしまった。


・・・まだまだ、自分が立たされている立場が、分かっていなかったことを、痛感する。


ズドーンと落ち込んでいると、鈴子は水場から帰ってきて僕の横に座った。

「あれ・・・、お民婆ちゃんじゃ・・・。」

あって感じで、説明を加える。

「バス停の近くで、八百屋をしてたお婆さんです。買い物に行くおばさんたちと話して、この辺りのことは何でも知ってるって評判だったんです。それにとっても親切で、わたしも小さいころ、お民さんのお店にお使いに行っては、その度に『あんたのとこ大変だね・・』って、色々とおまけしてくれたりして・・。」

お民さんって言うのか・・・。僕は皺くちゃ顔で、カッカと笑ったときのお民さんの顔を思い出しながら、溜息を付いた。



しかし、この娘が村一番のアイドルだとは・・・。そう言われてもなあ・・・。

改めて鈴子を眺める。鈴子はどうしたのかしらって顔をする。


確かに健康そうではあるが、色白でお嬢様的な娘が理想な僕には、日焼けして色黒だというのは大減点。まあ良く見ると顔立ちも整ってはいる。体つきも胸は大きく、ダップリとした服の下でも、体のメリハリをうかがわせるほど出たり入ったりしている。きっとこういうのを、「スタイル良い」というのだろうが、個人的に和服が似合うような肩幅の狭くって華奢な娘が好きな僕には、全くといってプレミアムとはならない。

だから、いくら贔屓目に見ても、僕の目にはやっぱりアウトコース低め、ギリギリいっぱい、見逃せばボールかもしれない・・ぐらいにしか見えない。


「ビックリさせて、済みませんでした・・・。」

お民さんの話で頭いっぱいの僕に、鈴子は恐縮仕切りで頭を下げる。僕はハッとして、慌てて意識を引き戻す。

「どう、落ち着いた?」

「え?・・・ええ・・・。」

そう言って、僕の顔色を伺いながら、訥々と話し始めた。

「和君・・・さっきの男の人ですけど、あの人も幼馴染で・・・。」

「やっぱり・・。」

それで、お民さんの言う、鈴子のファンの一人ということなんだろう。

「しかし、春先にサーフィンだなんて、寒くないんでしょうか。」

僕は話をこれ以上重くしたくなかったので、とっさに無関係な方に振った。

「え? ウェットスーツ着ていると、大丈夫なんです。ホント、寒くない。」

いかにも実感が篭った返答に、僕はあれ??っと思う。

「天原さんも、結構上手いんでしょ?」

カマをかけると、見事に引っかかった。

「いえ・・・、わたしなんか、ほとんど浮いているだけで・・・。」

そこまで言って謙遜するも、目を丸くしてパフッと両手で口を押さえた。


別に隠すことじゃあないのに・・・。



いつの間にか、何人かの子供たちが公園にやってきて、屯しながらポケットゲームをしている。またしばらくすると、他の子供たちもやってきて、公園にあるでかい滑り台で遊びだした。僕は遊んでいる子供を見るなんて久しぶりだと思いながら、そのほほえましい風景を眺めていた。


「下村さん、・・・・きっと、呆れてられますよね・・・・。」

いきなり声を掛けられ振り向くと、彼女は俯いて地面をじっと見つめていた。今日会った時には綺麗にセットしてあった髪は、今は大分乱れて、髪飾りも微妙にずれていた。その一つ一つが、いつもしなれていないことを、今日は頑張ってしていることを伺わせる。

「わたし、少でも下村さんに似合う相手になりたいって、頑張ってみたんですけど・・・。」

・・・なに?!

僕は思わず背筋がのび、彼女の横顔に釘付けになった。見てると彼女もパッと背を伸ばして、真直ぐ前を見て話し始める。

「もう、こうなっちゃったら、いくら繕ってもダメだろうし、何でもしゃべっちゃいます。」

すると急に彼女の声が湿って、いきなり咽んで幾つか涙の粒が零れた。僕は背中でもさすってあげようかと思って手を伸ばすが、やはり体に触れるには、僕らの関係はまだ遠いと思ってしまって、躊躇するのだった。




「あのう、さっきの和君のことですけど・・・。」

鈴子は涙が止まると、何か吹っ切れたの様に、さっきのドタバタについて説明を始めた。

「和君、確かに前から、今日のクラブのミーティングには、絶対来てくれって言ってたんだけど・・・。」

クラブと言うのは、ここら辺りのサーファーが作っている、クラブだそうで、鈴子も和夫もそのメンバーだった。僕は話の途中に割って入る。

「あのさ、前からの約束だったら、僕の方が譲っても良かったのに・・・。」

「良いんです!だって、わたし、下村さんとのことは最優先って決めたんですもん。だからちゃんと、今日のこと決まって直ぐ、リーダーの友君には言っておいたのに・・・。和君、あんなに言うなんて・・・。」

いつもはあんなこと絶対に無いんだと、僕に話す鈴子。


しかし、なぜ彼がここまで逆上したか、ずっと後で分かった。

実は和夫、まさにそのミーティングで、サプライズ・プロポーズをしようと、一人心に決めていたのだ。そして、その日を目指して、資金を貯め、アイテムを買い、セリフからその後のことまで、綿密な準備をした。

しかし、いざ当日になって、何も知らない友幸から、いきなり鈴子の欠席を知らされたのだった。


その直後、あの偶然の出会い・・・・

<そりゃ、切れる・・・。>

僕はそれを知った時、冷や汗がタラリと流れたのは言うまでもない・・・。


  


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