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第七部 4

 僕は鈴子と一緒にSR400に跨り、高速道路を飛ばしていた。目的地は僕の生まれ育った町。昼下がりに鈴子の町を出た僕らは、ひたすら西走する。

 市街地を抜け、海の脇を通り、トンネルに入り……と、次々と風景が移り変わる。

 何度も行き来した道。でも、そこを鈴子とこうして一緒に走るというのは、想像したこともなかった。

 なんだか「これまでの日常」と「夢のような現実」が溶け合って行く様で、不思議な感覚……。

 そのうち日は傾いて行き、西日が眩しくなっていく。

 目指しているインター・チェンジの名前が、しばしば標識に現れるようになり、高速から降りるべき時が近いことを知らせている。

 僕は混雑するであろう市街地に入る前に、ちょっと休憩しようと、サービス・エリアにバイクを入れた。


 バイクから降りてメットを取り髪を整える。鈴子も続いてスルッとメットを取り、フルフルと頭を振った。

 一連の仕草が纏っている自然な優雅と、メットの中から現れた、汗ばんで少し髪が乱れた鈴子の顔との色っぽさの絶妙なコントラストは、僕の心臓を否が応にもドキドキさせる。

 どうしたの?と、固まってる僕に首を傾げるも、直ぐ彼女は、

「じゃあ、ちょっと……」

と、少し上目遣いではにかむと、足早に人だかりの方に歩き始めた。どうしたのかと背中を見送っていると、彼女はトイレへの人波の中に吸い込まれていった。「そっか」と今のやりとりの意味がやっと分かって、僕もこうはしておられないとトイレへ向かった。


  

 さっさと用を済ませた僕は、側の自販機の前で、まさに沈もうとしている太陽を眺めながら、鈴子の出てくるのを待った。

 このサービスエリア、人が多いいなあと、切れることなく行き交う人波を眺め、鈴子はどこだろうと彼女の姿を探していると、ひときわ目を引くオーラを背負った女の子が、視界に入ってきた。

 まわりの何人もの人が、二度見しているのが見て取れる。まさかと思って注視してみると、果たして髪をくくった鈴子だった。

 <ポニーテール?>

 暑かったのだろう。さっきまで下ろしていた髪を、ポニーテールにまとめていて、パッと分からなかった。

 鈴子はキョロキョロとまわりを見渡し僕を見つけると、顔にフワッと喜びを輝かた。そして真っ直ぐこっちに近づいてきた。

 なんだか、一つ一つの仕草がいちいち可愛い。気のせいか、昨日から見る度ごとに、可愛さがレベルアップしているように思った。

 そのせいで、もうすっかり慣れたはずの彼女のキラキラにも、昨日今日とドギマギさせられっぱなしの僕であった。

 「おまたせ!」

そう言って僕の目の前に立つと、すっと手を伸ばして僕の腕を捕まえた。そしてそれをキュッと抱きしめた。 

 <ちょっとこんなところで、しかもほら、みんなこっちジロジロ見てるし……。>

 はにかみ屋のはずの彼女のいきなりの大胆な行動に、こっちはすっかり泡を食ってしまった。でも鈴子はそんなことは、お構い無しだった。

 僕の腕を捕まえたまま、平気な顔で話しかけてきた。

 「功太郎さん、コーヒー飲む?」

 「ああ」

 僕はじゃあと、空いた手でポケットを探っていると、鈴子は当然のように、自分の財布からお金を出し、コーヒーを買った。

 「あ、悪い……」

そう言って、探り当てた財布から、お金を出そうとゴソゴソやっている僕に、彼女は文句を言った。

 「いいよぉ」

口を尖らす彼女の目は、咎めている。僕は小さくため息をついた。

「って、そうだな……」

 僕らは恋人でも婚約者でもなく、夫婦なのだ。こんなシチュで「割り勘」って、ちょっとおかしいか。僕は素直に財布をしまうと、鈴子は満足気に頷いた。

 「ブラックだよね」

 「ああ」

 コーヒーを買った後、あれこれと見繕い、フードコート・エリアのテーブルに着いた。僕は早速コーヒーを啜り、鈴子が買ってきたポテチをつまみつつ、道路情報など眺めながらちょっと一休み。

 彼女はそんな僕の目の前に席を決めて、ずーっとニヤけながらこっちを見ている。直に背中がむず痒くってしようない。

 僕は敢えて目を合わさない。でも、そんなことはどうでも良いようで、フフッとか言いながら、自分はミルクティーを啜っていた。


 結局、鈴子関係の「思い出の場所回り」は、高校で一先ず終わりとなった。僕の方から、また、落ち着いてから連れて来てくれと頼んだのだ。

 高校生頃の話は、何度か鈴子自身から聞いていた。その話の中にしばしば登場する男友達。初めに話を聞いた頃は、まだ何も知らない時期で、さしてどうこう思うこともなかった。だが実際、直接的に色々とあった今となっては、そんなに簡単な話ではない。

 僕自身はともかく、あいつらのことを思うと、僕が鈴子を連れて、彼らのテリトリーをうろうろするのは、余りに無神経に思えた。

 鈴子も僕の話を聞いて、確かにそうだねと納得してくれた。

  

 バイクを走らせている間にも、頭の中に色々とやりあった時のことが浮かんできた。初めはみんな、ハイソのスカしたヤツらかと思った。しかし今になってみれば、鈴子に対しては、恐ろしいぐらいに真剣で、それはそれで一生懸命生きている奴等だったという印象である。……まあ、フェアと言えないことも、少なからずあったけれど。

 きっと、鈴子との馴れ初めを思い出すたびに、あのギラギラと輝いた、本気の眼差しを思い出すだろう。そしてそれは、最終的に彼女と結ばれた人間として、負うべき責任の一端を、思い出させてくれるだろう。それは、あいつらが納得できるほど、この女の子を幸せにすることである。

 <そう、この笑顔、絶対に守らなければ……>

「どうしたの?」

「いや、なんでも。まあ、結婚したから頑張らなきゃなって、思っただけ」

「わたしも、頑張らなきゃいけないね」

「そっか」

「うん」

そう言うと、またキラキラと笑って見せた。僕は余りの眩しさに、照れ隠しに思わず突っ込む。

 「で、なに、ニヤニヤしてるんだよ」

「いいでしょ、新婚だよ、わたしたち」

「あっそ」

ちょっと前までは、直ぐに赤くなっていたくせに、開き直って悪びれない彼女を見て、思わず鼻で笑った。

「なに?」

「いや、うちの嫁さん、むちゃくちゃ可愛いなと思って」

「……」

今度は唇をプルプルさせながら赤くなった。

<ザマアミロ、こっちの勝ちだ。>

という自分も、自分でも赤くなったのが分かるほど、照れまくったのだが。



 そんな「不毛」な争いをしつつも、この夜の宿泊場所である、僕の実家に近づいていった。大学入学以来、たまに帰省するぐらいで、あまり実家には帰ることがなかった。そしてまさか、次の帰省が嫁さんを連れての帰省だなんて、前回の時には想像すらしていなかった。

 実家が近づいてくるに従って、はしゃいでいた鈴子も静かになっていく。

そうこうしているうちに、目の前を流れていくのは、もう僕が毎日見ていて風景になっていた。

 実家の直ぐ側の信号に引っかかって、信号待ちの間、シールドを上げもう直着くぞと告げようとした。しかし、振り返って目に入った鈴子は、さっきまでのはしゃいでいる姿とは程遠い雰囲気を纏っている。

 「鈴子?」

僕の呼びかけに、彼女はシールドをあげた。見るとメットの奥の目がウルっている。それは相当思いつめている時の顔。

 僕は何だかこのまま実家に連れていくのが心配になり、ちょっと進路変更して、直ぐ先のコンビニにバイクを入れた。

 「ちょっと、休憩するか」

 バイクから降りてメットを取りながらそう言うと、脈絡もなく、いきなりコンビニにバイクを入れたので、ちょっとビックリしたようでタンデムシートで目を瞬かせている。

 「え?、そ、そう……」

と生返事をすると、やっとバイクを降りた。

 「緊張するか?」

「あ、……うん、まあ」

 僕は自分の親だから、緊張もへったくれもないが、彼女にとっては舅姑である。今までは話したとしても、婚約式の後とかリハーサルの後とかという、時間の合間に喫茶店でちょっと話すぐらいしかなかった。


 「おとうさん、おかあさん……なんだね」

「ん?」


 ポツンとつぶやくようにそう言った。初めは言っている意味が分からなかったが、鈴子の言葉を何回か口の中で復唱してみて、僕はそうかと納得する。

 両親がいない彼女にとって、「両親」というものが、普通の人とは全く違う重みをもっているのは良く知っている。なんだか、彼女を圧倒しているプレッシャーが、急にリアリティーを持ってグイッと迫ってきた。

 そしてもう一つ、彼女がこういう思いつめた顔をする時というのは、強烈に不安を感じている時が多い。

 土岐山先生の学会賞の祝賀会の後、一人自分はダメだと落ち込んでいた時も、こんな顔をしていた。あの時も自分が取り残されたように思えて、不安で不安でならなかったと、話してくれた。

 <そっか、そうだよな>

実家に帰るというので、緩む一方だった僕は、鈴子を一人、緊張の渦の中に取り残してきたようだ。

 「鈴子、所詮、僕の親だからさ、大したこと……」

「大したことって、……そんなに言われても」

 そりゃ自分の実のご両親だから、そんなこと言えるのよ!みたいな、抗議の目で睨んだ。そして、益々、心配そうな顔になる。

 やっぱり、そうなんだな……。僕は一つ深呼吸をして、ゆっくり話し始めた。 

「鈴子、鈴子はきっと、親父たちにすごく気に入られると思うよ」

「え? ……どうして?」

いきなり?!という顔をしたが、直ぐに理由が聞きたそうな眼差しを向けた。

「さあ、なぜでしょう? 知りたい?」

「……」

 彼女は思わず素直に反応してしまい、僕に見事に見抜かれたことを悟ったらしい。ちょっと悔しそうに、口を尖らしながら、答えを教えて欲しいと頷いた。

「そりゃ簡単」

「簡単?」

「僕の親父とお袋だから」

「へ?」 

「僕がこんなに好きになった女の子を、嫌がるはずはない!」

って、また、臆面もなく、こんな事を言ってしまった。

 今度も僕は顔から火が出そうになり、それを鈴子に見られたくなくって、クルッと車の行き交う道路の方に向き直った。 

 様子を伺っていると、彼女はちょっと慌てたようだったが、一つ大きく深呼吸をして言った。

 「だよね、功太郎さんの、お父さんとお母さんなんだもんね……」

その声からはすっかりテンパった雰囲気は失せ、いつものホンワカな雰囲気になっていた。

「まあな」

そういうことでさあ行こうと彼女に目を向けると、彼女のじーっと僕を見つめる眼差しに出会った。何か吹っ切れた雰囲気を漂わせる鈴子の落ち着いた表情を見て、僕もホッとするのだった。

 

  そのコンビニからバイクで数分走ると、もう実家である。僕の実家は良くあるニュータウンの一角にあり、有り触れた建売の一軒家。

 着いたときにはすっかり日は暮れていたので、見慣れた家の前の道は、いつもの通りもうあまり人通りもない。

 家の前にバイクを置くと、僕らはバイクから降りた。流石に緊張は残っている様子だったが、さっきみたいな悲壮な感じはない。


 完全な僕のテリトリーの中に、こんな風にいる鈴子。ずっと続いている不思議は最高潮に達していた。夢と現実とが逆になったようなフワフワした思いを、どうにか胸にしまい平静を装う。

 ヘルメットを取って髪の毛を整え、服を確認すると彼女は僕の前にまっすぐに立った。鈴子に目で合図をすると、うんと頷いたので、おもむろに玄関の呼び鈴を鳴らした。


 ピンポン


 「帰ったよ」


 玄関の中からの騒々しい音に、僕はそう呼びかけた。慌ただしくガチャガチャと鍵を開ける音がしたと思うと、バッとドアが開いた。

 そこには、期待に紅潮したオヤジの顔と、その奥にいかにも嬉しそうなお袋の顔があった。

「ただいま」

「おお、お帰り」

僕は横にいる鈴子を引っ張って、玄関口に立たせた。

「ただ今、帰りました」

鈴子はそう言って、ガバッと頭を下げた。

 凄く鈴子らしいのだが、いきなりこんなテンションでは、親も面食らうかと思い、反射的にフォローを入れようとした時だった。

「ああ、お帰りなさい、鈴子さん」

「疲れたでしょ、バイクなんだものね」

僕の耳に、今まで聞いたこともないような、労りに溢れた親父とお袋の声が飛び込んで来た。

 自分の親たちの声音とは思えないようなその声に驚いて、まじまじと両親の顔を見た。するとそこには、これまた見たこともない優しい顔。

 おい、息子の僕には、そんな顔したことなんかないくせに。

 「さあ、何してるの?」

動かない鈴子に促すお袋。僕が彼女の顔を覗くと、なんだかウルってた。 

 「鈴子?」

「う、うん」

家に入るように促す僕に、彼女はちょっと照れくさそうに、へへへと笑って見せた。

       

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