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第七部 2

 初めの訪問場所を後にし、次の目的地を目指してバイクを走らせる。


 いつの間にか夏の日差しも大分優しくなり、気持ち良い潮風、潮騒は楽しそうにキラキラと輝いている。そんな素敵な風景に包まれ、こうして彼と一緒に走るのは、最高に素敵なこと……のはずだった。


 でも……


 後ろで、さっきからずっと黙りこくっている彼のことを考えると、一つ、ため息が出る。



 わたしの愛車SRに乗って、お互いが今まで過ごしてきた、思い出の場所をたどるというのは、わたしが言い出したこと。


 そう、こと有るごとに話題に上った、思い出の場所を巡りながら、一緒に昔のことを懐かしんで楽しいお話をする。わたしは、それはまるでわたしの思い出の中に、彼がやって来てくれるたみたいだと、一人で想像しては胸をときめかせていた。


 特に今さっき、わたしが初めに案内した場所は、今回の旅行で一番楽しみにしていた場所だった。

 お姉ちゃんと一緒に思い出をたどり、色々と調べてやっとのことで探し当てた、わたしたちが生まれたころに住んでいた家。そこにはわたし自身、引越ししてから初めての訪問だった。

 

 「赤ちゃん鈴子」の話で、盛り上がろうと思ってたのに……


 でも本当にそこに立ってみると、自分でも考えもしなかった気持ちが溢れてきて、楽しいお話どころではなくなってしまった。それどころかあんなにメソメソ泣いちゃうなんて、ちょっと自分が情けない。

 全く考えてなかった成り行きに、わたしは戸惑い、自分自身にがっかりしてしまった。



 いや、それだけではない、なぜか今日は、何もかにも上手くいかない。


 こうして功太郎さんを後ろに乗せるのもまた、ずっと楽しみにしていたことの一つだった。

 わたしのSR、二人で乗るときはいつも功太郎さんが運転してくれる。功太郎さんは、とてもバイクを運転するのが上手く、とても気持ちよく乗せてもらっている。

 だけど、わたしのバイクなのに、わたしなんかよりずっと上手く操る彼に、正直言うとちょっとだけ嫉妬していた。

 そんな彼を後ろに乗せて、今度は彼にゆっくりしてもらい、それと一緒に、わたしだってそれなりに運転できるんだってところを見てもらえるのは、ウキウキすることだった。

 昔、鳥越サーキットで、もの凄い女の子のライダーに会ったと、目を輝かせて功太郎さんは言っていた。

 わたしだって、あのサーキットでは少しは有名だったんだから、ちょっとは見直してくれるんじゃないかなとか、思ってたのに……。


 でも、それも上手くいっていない。 


 今日のわたし、なんだか徹底的におかしい。

 そっと触るだけぐらいの力で、捕まえられているだけなのに、Tシャツを通して伝わってくる彼の手の温もりが、どうしても気になって仕様が無い。

 いくら意識しないように自分に言い聞かせても、やっぱりくすぐったいという思が離れない。それどころか、昨日の夜のことで頭に一杯になっていたり、感触が蘇ってきたりしてして、今度は触られていること自体が凄く恥ずかしくなってきて、全く運転に集中できなくなってしまっている。

 だからさっきなんかみたいに、信号が変わったのが気付かなくって、クラクションを鳴らされたりするのだ。

 わたしは大きなため息を付いた。

 

 こんなことしてたら、功太郎さんにゆっくり景色をとか眺めてもらえないし、わたしの運転、見直すどころか、危なっかしくって仕様が無いって思うに違いない。


 ヘルメットでしょげた顔が見られないうちに、どうにか元気を取り戻さなきゃ、本当にこの旅行が盛り上がらない失敗の旅行となってしまう。


 「鈴子……」

わたしは後ろからかかった声に、ピクンとする。

「ちょっと、止めて」

「……うん」

ヘルメット越しに掛けられた困ったような声に、わたしはきっとダメだしされるのだと、シュンとしてしまった。

 なんだか、本気で泣きたくなる。わたしはそれからちょっと走ったところに有った、コンビニの駐車場にバイクを入れた。


 エンジンを止めると、功太郎さんが降りた。わたしも続いて降りる。どうしたら良いか分からなくって、もじもじしていると、功太郎さんはシールドを上げ、わたしのもひょいと上げた。

 わたしは、ちょっと涙ぐんでしまっている顔を見られまいと少し俯く。

彼はわたしをじっと見詰め、しばらく何も言わなかった。

 でも二人で黙りこくっていると、益々、失敗してしまったという事実が押し寄せてきて、胸がいっぱいになる。

 ずっと、暖めてきたプランだったのに、スタートしてこんなにすぐに、呆気なく駄目になってしまうなんて……。

 それに加え、こんな変な旅をしよう言い出したことが、ただただ申し訳なく、情けなさと、悔しさとがごちゃ混ぜにやってきて、思ったような顔をすることするどころか、変顔になってしまう。


 「鈴子」

「はい」

「ありがとな」

「え?」

「いや、凄いと思うぞ、この企画」

「あ、そうな……の、かな?」


 わたしは自分の想像と真反対のことを言った彼に、ビックリして言葉が詰まった。

 功太郎さんが、本気で言ってるのは良く分かった。しかし、わたしとしては、全くそう思えてなかったから、どう答えたら良いのか分からない。

 でも、わたしの耳に、響いてきた嬉しそうな彼の声。顔を上げるとそこに待っていた満面の笑み。それだけで、後のものはどうでもよくなっていく。

 わたしの心は、我ながら唖然とするほど、あっという間に満足感に満たされていった。


「ありがとな、こんなワクワクすること、思いついてくれて」

「え、あ、……はい……」

しばらくの沈黙、わたしは素直に自分の考えていたことを口にした。

「で、でも、詰まんないじゃない、わざわざ行っても、別に変わり映えのしない風景しかない所だし」

「まあ、なあ」

「それに、わたし、全然だし」

「全然?」

わたしは恨めしい思いを込めて、SRに目を向ける。

「ああ、確かに、そうだ……」

思わず吹き出す彼。

「自分のバイクなのに、まごついちゃったりして」

「うん、ダメダメだったな、僕が後ろに乗るのは」

「……でしょ」

 ばっさりとダメだし。やっぱり、そうなんじゃない。

 自分で言ってみて、余りに惨めな実情に、またもや凹んでしまう。やっぱり、こんな新婚旅行ってないよ。


 でも、やっぱり彼の笑顔はくすまなかった。


するといきなり、わたしの頭をヘルメットごと両手でガツッと捕まえた。


 「はぅ」

びっくりして変な声を出すわたしに、彼は言う。

 「さすが、鈴子だ!」

「へ?」

「なんかおまえ、僕以上に、僕が知りたかったこと、嬉しくなることを知ってる。うん、ほんとそんな感じする」

「……」

 

 一瞬言っている意味が分からなかったけど、じっと彼の目を見詰めていると、彼の目は彼の思いを無言のうちに伝える。

 彼はわたしの生い立ち、生活、小さな鈴子、わたしの全部を知りたいと思ってるんだ。


……わたしが功太郎さんのことを知りたいように。


違う意味で、また言葉が詰まる。


 「じ、じゃあ、何か飲み物でも、買うか」  


 なんだか彼はほっとした顔をして、そう提案した。わたしがコクリと頷くと、ヘルメットをとってホルダーに掛ける。

 わたしのも一緒に掛けてもらおうと、急いでヘルメットを取った。わたしが乱れた髪の毛を整えていると、功太郎さんたら、ちょっと頬を赤くしてじっとこっち見てるし。

 ……照れるよお

「ね、行こ」

目を泳がせながら少し促すと、彼はちょっと慌てた顔をした。

「あ、ああ」

彼は慌てて歩き始めた。

 「待って」

「ん?」

 わたしの声にちょっと歩みを緩める彼の腕に、わたしは後ろからするっと腕を通し、しがみついた。上目遣いに見ると、正面を見据えている彼の耳が赤くなってる。わたしの胸もドキドキ言ってる。


 「コーヒー買おうか」

「やっぱり、スポーツドリンクが良くない?」

「眠くなると嫌じゃん」

「そうね」


 そんな遣り取りをするうちに、わたしたちはいつものわたしたちになっていく。それがなんとも心地よくって、嬉しくって、幸せ。




 思わぬ楽しい休憩タイムを終え、わたしたちはまたバイクのところに戻ってきた。 

 わたしはここまで来た通り、運転しようとバイクに近づいていくも、ハンドルに手を掛けようとしたところで、思わず躊躇してしまった。

 しばらく、バイクの側に立ち尽くしていると、後ろから声がかかる。 

 

  「鈴子……」

「あ、うん」

 彼の声はどこまでも優しい。そんな優しさのまえに、わたしは自然に肩の力が抜けていくのを感じた。


「代わる?」

「……うん」   

  

 良いところ見せようと思うのはもう止めよう、……ちょっと残念だけど。

 無理しなくったって、彼はわたしの良いところも悪いところ、すっかり知っていてくれる。それに、もしそうでなくったって、何が出来る出来ないかで、わたしへの思いが変わるような人ではない。


 そのことを自分で自分に言い聞かせたら、どこかに居座っていたモヤモヤは、すっかり消えてしまって、穏やかで暖かな気持ちが胸に広がっていくのが分かった。


 わたしがバイクから離れると、彼はヘルメットをかぶり、するっとバイクに跨ると、グローブをはめて準備する。ビッグシングルのキックを、慣れた様子で力強く踏みおろし、わたしのバイクは再び心地よいエギゾーストノートを響かせ始めた。

 そんな彼を見惚れているわたしに向かって、彼はわたしの心臓をドキドキさせる、いつものキラキラした笑顔を向けた。


 「ん?どうした? 乗らないの?」

「え?」 


彼はさあ乗れ!と、ぽんとシートを叩いた。


 わたしはじっとシートを見詰め、そしてハッとした。


 後ろに人を載せることは、色々と気を遣わなければならないし、運転する側には負担になる。

 だから、わたしは後ろの席に座っていると、自分は彼の重荷となっていると、心のどこかで思っていた。


 でも、彼の投げかけてくれた笑顔は、そんな思い込みからわたしを飛躍させてくれる。彼はわたしがそこに座るのを、こんなに嬉しそうに、待っていてくれる。


 そうよ、そうなんだよ!


 彼の運転するバイクのタンデムシートは、わたしの指定席なんだって。


わたしはその瞬間、体がスーッと軽くなり、暖かいものが満ちていくのが分かった。


 わたしは急いでヘルメットをかぶると、ステップを踏んでタンデムシートにすとんと収まる。

そこに待っている、広い背中、彼の匂い、伝わってくるエンジンの振動……。

 ここがわたしの居場所なんだね。


「いくぞ」

「うん!」


こうして、わたしたちの新婚ツーリングを再開した。

  

 

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