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第六部 3

 「だけど、土枝山先生、ノリノリだったね!」

さも可笑しそうに、鈴子は言った。

「まあな……」

僕はその後、先生に捕まってまた例のこと、……大学に戻ってこないか……との話につき合わされたので、微妙に苦笑が混じる。


 披露宴が終わり、うちの親父たちや、親戚、そして時子さんを見送り、ポツンとホテルのロビーに残された僕らは、ロビーのソファーに腰をかけ、お互いにそんな感想を言い合っていた。


 「じゃあ、わたし、着替えてくるね!」

 鈴子はなんとも清々しい顔でそう言って、丁度、迎えに来てくれた美容師さんと一緒に、着替えのために指定された部屋へと行った。


 <マジ、ファンタジーの中から飛び出してきた、お姫様だったなあ……>


 鈴子はやはり反則なほど綺麗だった。ホテルのレストランを出て、みんなを送る間も、ほかの宿泊客の人たちが立ち止まっては見入ったり、中には写真を撮っている人もいたりする。

 いやそれだけではない、男同士だから分ることだが、アイドルに向けるような、熱を帯びた男たちの視線もあちらこちらで見て取った。

 自分の家で普段着を着て、普通にしている鈴子には、流石にもう緊張とかはしないが、こんな風にちゃんと女性の装いを整えると、やっぱり今でも圧倒される。


 <それにしても、あんな色白だったっけ?>


ふと、そんなことが脳裏に過ぎった。まあ、そんなこと良いかと一つため息をついた。




 流石に緊張し続けたので、こうホッとするとどっと疲れが出てくる。それに昨日の晩も色々考えて目が冴えてしまって、ほとんどと言って良いほど寝てはいないから、尚のことである。

 僕はロビーにおいてある待ち合わせ用のソファーに座っているうちに、思わずコクリコクリと居眠りをしてしまっていた。

 

 「功太郎さん、お待たせ!」

「ん?」

 鈴子は暫くして、さも嬉しくて堪らないというような、ちょっと上ずった声で僕に声をかけた。急いだからだろうか、少し息を弾ませている。


 見るとベージュをベースにした小さな花柄がちりばめられた、お嬢様ワンピースを着ていた。wウェーブしたさらさらの髪、雪のように白い肌の顔、花びらのように可憐なピンク色の唇、……まるでフランス人形のようだ。

 そこでやっぱり感じる、この違和感……

 「鈴子、鈴子って、変なこと聞くけどさ」

「ん?」

「色白になった?」

「あ? ……う、うん、そうだと思う」

 なんかちょっとはにかみながら、でも嬉しそうにそう言った。

「だって、ウェディングドレス、焼けてないほうが良いかなって」

まあ、僕好みはそうであるが……

 <でも、この言い様からすると、鈴子は色白になろうとして、なったってことだよな> 

 かつては美女の絶対条件として、「色白」が絶対に外せない僕だった。しかし出会った当初、鈴子の小麦色の肌は彼女のトレードマーク。僕にとっては、それがかなり微妙に映った。

 しかし彼女と心通わすうちに、全く考え方が変わってきた。それ以上に惹かれるべき魅力に、数えきれないほど出会ったのだから。

 そんなことしているうちに、今では余り色白、色黒など、考えないようになっていた。

「どうしたの、さあ、行こうよ」

「うん」 


 上階へのエレベータに乗りながら、鈴子はちょっと胸を張ってこう言った。

 「わたし本当は、お姉ちゃんより色、白かったんだよ。海に通ってたからなの、やけてたの」

「そうなんだ」

 ふーんと思った。彼女はちょっと僕の様子を窺いながら、少し照れながら言った。

「それもだけど、……どう、この服?」

 ほんのちょっと彼女の声が上ずったのを聞き逃さなかった。きっとこの服にも、彼女らしい可愛いいエピソードがあるんだろう。

 しかし、本当に似合っていた。今の色白な彼女には、こんなレースとかフリルとかが、ピッタリ来る。

 それに、こういうことについて、こんなにストレートに感想を聞いてくるのも、付き合い始めて初めてかもしれないと思った。それは距離がグッと近くなった証拠なんだなと、しみじみ感た。

 「うん、とっても似合ってる」

 僕もそんな彼女に、素直に思ったままを答えた。すると彼女はちょっと目を丸くすると、そのピンクの頬を更に高潮させて、輝くばかりの笑顔を顔に浮かべる。

 「功太郎さん! ありがと!」

そう言って、エレベータにほかに人が乗っていないのを良いことに、ガバッと腕にしがみついてきた。




 「お部屋、こっちだよ」

 エレベータを降りると、彼女は子供がはしゃぐ様に躍るようにして歩いていく。すれ違う初老のご夫婦が、目をぱちくりしながらこっちを見ていた。僕はそんな彼女を、慌てて追いかける。


 「ここ!」

 彼女はドレスから着替えるのに、この部屋を使ったので、場所が分っているのだ。彼女はまるで大切なお客様をもてなすように、鍵を開けドアを開いて、僕を迎え入れた。


 ブラウンが基調の調度、入って直ぐがシステムバス、奥に二台のセミダブルのベッド。一台のテーブル、そこには可愛らしいスタンドが置いてあった。

 その無効がベランダになっていて、そこからは眼下の、駅前のターミナルの様子を眺めることが出来た。 

 まあ、僕らが借りるような部屋なので、そう贅沢ではないが、いつもいるアパートの一室とは、比較にならないほど豪華である。

 


 「わたし、こんなところに泊まったことないから、なんかドキドキする!」

(そうなんだ……)

 彼女の交友関係や趣味を考えたら、不思議にも思わなくないが、無邪気にはしゃぐ彼女を見ていたら、嬉しくて堪らない少女のようなので、確かに初めてかもしれないと思った。



 「功太郎さんも、早く着替えて。お散歩しようよ!」

「ああ、ちょっと待って」

荷物を置くや彼女はそう提案する。僕はそう来るだろうと思っていたので、早速シャツとズボンを持って、ユニットバスに入った。夫婦になったとは言え、いきなり彼女の前で脱ぎ始めるのは気が引ける。

 僕がユニットバスから出ていくと、待ちかねたように僕のところにやってきたかと思うと、僕の前に立った。何が始まるかと思ったら、彼女は一瞬、躊躇したようなそぶりをしたけれども、僕の首に腕を回し、力いっぱい抱きしめた。

 「鈴子……」

「結婚してくれてありがとう」

「なんで、こっちこそ、ありがとうだよ」

「功太郎さん、わたし、幸せだよ」

「僕も、……だな」

 僕も彼女の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。遠慮なく押し付けられる、鈴子のやわらかい体、腕をまわしている細い腰、サラサラの女性用の服の生地、鼻に香ってくる甘い香り……

 これが僕の妻なのだ。

 一頻り抱きしめ合い、どちらともなく腕を緩め宇土、お互いを見つめ合った。

 そして当然の流れとして、静かに唇を重ねる。

お互いのあふれる思いは溶け合い、いつしか音もなく伝わり合って一つとなっていく。

  

 今までは、こういう事も、やはり彼女の気持ちを大切にしたかったし、正直後ろめたい気持ちがあった。だから恐る恐るだったし、一線を越えないよう決めていた。

 しかし、最早その制約は取り去られ、彼女と僕とはこういうことがあって、しかるべき間柄になったわけで……。

 でも可笑しいのは、この期に及んで、今まで必死に守ってきたストッパーは思ったよりしっかり掛かってて、何かとギクシャクした感じになってしまうのだった。

 

 かくして、この間よりもうちょっと熱くキスを交わしてみたものの、ちょっと気恥ずかしくなったり、鈴子の反応が心配になったりで、結局はお互いに微妙な表情で見詰め合うこととなった。


 「……ご飯、行かない?」

「だな、そうしよう」

 次どうしたら良いか分らない僕らは、どちらからともなく、外出を提案する。僕らは鍵を確認し、夕暮れの街に出ていった。


 やはり、チラチラと人の目が彼女に向けられるのが分かる。でも、彼女はそんなことは全く気にもしていないようで、僕の腕に取りついたり、はたまたそこから離れて、店のウィンドウを覗いてみたりと、さながら蝶のようだ。


 「功太郎さん、何が食べたい?」

本来、僕がエスコートするべき時かもしれないが、彼女はそんなことは期待していないようだ。僕の腹具合と嗜好とを考えて、食堂街をああでもない、こうでもないと、飛び回っている。

 「鈴子は何が食べたい?」

「え? わたし?」

「うん」

「じゃあ、功太郎さんの食べたいもの!」

そう言うと、彼女は我ながら会心の答えができたと言わんばかりに、手をポンと合わせた。

 <ほら来た、鈴子らしいな……>

「じゃあどしようか」

今度は僕がレストランのウィンドウを覗いては、店を選定する。

 <鈴子が好きな、レディースものがあって、ん、こっちは……>

ここで、単に彼女に合わせたと勘付かれると、それは嫌だと拒否されるので、あくまでも僕の好みでということを、納得させる事が必要なのだ。こういう小技も、一緒にいていつの間にか体得した。

「よし、じゃあ、ここにしよう!」

そう言うと、彼女が急いでやってきて、ここにしようと僕が指定した店のディスプレイを、しばらく眺める。

「うん、そうしよ」

振り返りざまの満面の笑み。僕は彼女の急襲にバクンと胸を鳴らす。


 


 「あー、美味しかったー」

「そりゃ、良かった」

 少し先を行く彼女は、無邪気に背伸びしながらそう言った。そんな鈴子の背中を見ながら、僕もまた満足していた。

 <鈴子、かわいい……>

 僕は蝶のように僕のまわりを舞う自分の妻を、心ゆくまで見つめる。すると鈴子も、初めはそんな僕の目に、少し気恥ずかしい顔をしているが、直に僕の腕に帰ってきて、僕をボーっと見つめ返してくる。

 そんなこんなで、レストランで食事をし、気もそぞろなまま、ショッピングモールをぶらつき、結局、何をしても落ち着かないので、ホテルへと帰ってきた。


 

 鈴子、疲れてるなあ……


部屋に帰りついた鈴子は、ポテッとベッドに腰掛けたまま、ボーっとしている。

 「疲れたから、とっとと風呂に入って寝るか?」

「あ、……うん」

なんだか生返事。

「鈴子が先に入りなよ、僕、明日のこと、ちょっと考えとくから」

 実は明日、朝早く、「新婚旅行」に行くことになっている。と言っても、鈴子のバイクに二人乗って、そぞろ旅をしようということなのだが。

 新婚旅行についてだが、武村の親父さんたちに、お金ないし仕事忙しいから、新婚旅行はしないと言ったら、それはいかん、少しでも良いから二人だけの時間を持つのは大切だと、コンコンと諭されたのだ。

 そのことを鈴子に言うと、じゃあと言うことで、ああだこうだと言い合った結果、自分たちの間を取り持ってくれた彼女のSRで、箱根や富士山、上高地辺りにでも行ってみようかという、話になった。

 でも、そこまでしか決まっていない。

「どうした?」

僕が勧めても、モジモジしていたので、声をかけると、じゃあと言ってやっと立ち上がった。


 <鈴子、疲れてるから、今日は早く寝よう……>

先日のちょっとした先走りに、マズカッタと思った僕は、夫婦の関係については、ゆっくり落ち着いてしたら良いと、思うようになっていた。しかも、疲れた顔を見ていては、今後の展開を期待するのは、余りに身勝手なような気がした。鈴子もきっと、そうしたいに違いない。


 「おさきでした……」

風呂から出てきた鈴子は、小さな花柄のピンクのパジャマを着ていた。真新しいパジャマがやたらと似合っていて、アップにした風呂上りのうなじが、扇情的である。

 しかし、とっくに今日は兎に角、休むべきだと結論を出していた僕は、そんな鈴子には敢えて注意を向けない。

 「先に寝て良いよ」と言い残し、僕は今日一日でしこたま流した「脂汗」を流すべく、バスルームに向かう。




 <もう、寝ちゃっただろうな……>


 さあ、僕もさっさと寝ようと、頭を拭き吹き部屋に戻ると、まだ電気がついていて、彼女はベッドに腰掛けたままだった。

 そして僕が出てきたのに気づくと、ちょっと緊張が走り、彼女がピンと背筋を伸ばした。


 いったい何が始まるのと、訝しげに見ていると、立ち止まった僕に向かって、自分の向かい側、すなわち、僕のベッドに腰掛けるように促した。

 「ねえ、座ってくれる?」

「ああ……」

僕は言われたように座った。僕の濡れた髪から数的水滴が落ちる。彼女はそんなことは全く気にしないように、僕のほうに正対し、一つ深呼吸をした。

 そして、じっと僕の目を見ると、こう言った。

 「ふつつか者ですが、これから末永く、よろしくお願いします」

そういって、僕に深々と頭を下げた。

 まさかこんなかしこまった挨拶が来るなどと思っていなかった僕は、まごつくも、彼女の結婚に対する思い入れもよく知っているし、きっとこれもそんな気持ちから、ちゃんとしたいのだろうと思った。だから、僕も精一杯の誠意をもって応える。

 「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げる。

 

 「へへー」

「まあな」

 <なんか、ドラマの初夜のシーンだよな>

ちょっと照れくさい。そんな僕を見て、してやったりと彼女が悪戯っぽく笑った。

 僕は何ニヤけてるんだ、トンと頭に手を置くと、今度は彼女が自分の頭に置いた僕の手を、パッと頭の上で捕まえた。

 「つっかまえた!!」

「何だよ、それ」

「功太郎さんは、あたしの旦那さんだ!」

「え? ああ、そうだ、僕は間違いなく鈴子の旦那だ。で、鈴子は僕の奥さんだ」

「うん! そう!! 間違いなく」

 僕は僕の口ぶりを真似る鈴子が可笑しくって、アハハと笑った。鈴子は悪戯化たっぷりの顔をして、こっちを見てる。

……あれ、どうした?

「ん?」

「えっと」

「なに?」

「だから……」

 何故かそこで口篭った。どうしたのかと思ったら、ちょっとはにかんだ目で僕を見つめ、そそれからフッと視線を落とした。そして、やっと聞こえる声で言った。


「……いいよ」

    

  

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