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第六部 1

大変長い休養を頂いてしまいました。

どうにか書ける状況になってきましたので、続けていこうと思います。

どうぞよろしくお願いします。

 僕は祭壇の前にしつらえてある新郎用の席に座って、式の開始を待っていた。

親族席には、うちの家族をはじめ、既に席について、式の開始を待っている。新婦の親族席には、時子さんと武村のおかみさん。ちなみに武村の親父さんは、鈴子の父親代わりに、入場のときに鈴子をエスコートすることになっていた。


 <くぅー、震えが止まらん……>


 足が小刻みに震えている。微妙に歯の根も合わない。気を抜くとマジで意識が飛びそうなほど、めちゃめちゃ緊張している。


 <それにしても、鈴子のやつ、昨日は堂々としていたなあ>


 昨日、ここであった式のリハーサル。その中でなんといっても一番大変なのは、入退場の行進の練習である。普段着ではあるが、そのとき履く靴を履いて、本番さながらオルガン演奏に合わせて、実際にヴァージンロードを行進する。

 入場は親父さんと鈴子だけなので、眺めていたらよいのだが、退場は鈴子と腕を組んで歩く。家族とはいえ、みんなの注目を一身に受け、あんな風に二人で寄り添って歩くのは、僕にはまだ恥ずかしくて、いくら頑張ってみても膝が震えてしまう。

 ところが鈴子は常にクッと胸を張り、真っ直ぐに前を見詰め、まるで王女様のように歩いて見せた。


 今更だが「格」みたいなのが違うのを思い知らされ。微妙に凹んでしまう自分。しかしそこでハッとして、こんなことでは彼女を心配させるだけだと気づけたのは、僕なりの成長だ。


 僕はいつしか、もう目前に迫った結婚式の様子を、イメージしていた。あそこから鈴子は行進をあ始める。昨日の記憶にダブらせて、本番の様子を想像を試みるも、決定的な情報の欠落にその試みは頓挫する。


 <それにしても、どんなドレスだろう……。>


 実は僕はまだ、ウェディングドレスを見ていない。ドレスはそっちの道でも相当名が知られている、時子さんの手製であり、鈴子と時子さんが一緒に作り上げたものである。そして彼女に「楽しみにしてて!!」と、オアズケを言い渡されているのだ。 


 鈴子、すごいスタイル良いからなあ、セクシーな感じかな?


 僕はいわゆる「セクシー」といわれるデザインを想像し、ドギマギしてしまう僕。胸がバッ開いてたり、背中は腰の辺りまで切れ込みが入っていたり……。でも、そんな彼女と腕を組んで、僕はまっすぐ歩けるだろうか?


 思わずごくりと唾を飲んだ。そんな彼女と一緒に腕を組んで歩くなんて絶対に無理。途中で膝が笑って、よたるに決まっている……。


 <くそっ、さっきよりガクブルが激しくなった。>


大きなため息が漏れた。



 礼拝堂前のホールで、受付の手伝いをしてくれていた従兄弟姉妹たちが、気がついたら新郎の親族席に戻ってきていた。

 僕は雰囲気の変化を感じ、ハッとして礼拝堂の後ろにかけてある時計を見ると、式開始、十分前を指している。無意識のうちに、ひざの上のこぶしを握り締めた。手のひらには白い手袋が汗で濡れている。


 そうしているうちに、牧師さんが講壇の上に立った。と同時に静かなオルガンの曲が礼拝堂に流れ始める。

 その調べは、まるでこれから執り行われるものが、いかに尊いものであるかを、集まった一人一人の心に、静かに語りかけるかのように聞こえてきた。


 「これから、下村功太郎さんと天原鈴子の結婚式を始めます。」


オルガンの演奏が終わると共に、よく響く牧師さんの声が、凛と礼拝堂に響いた。


   


 みんなで賛美歌を歌ったり、牧師さんのお祈りがあったりと、僕にとってはなじみの無いものばかりだった。でも、ずっと礼拝堂を満たしているものは、そんな僕らの結婚を、ここに集まっているすべての人が、本当に喜んでいてくれるという、暖かく和んだ空気だった。


 賛美歌を歌い終わって、牧師さんが一つ咳払いをした。一瞬の緊張が走る。ドアの向こうに白い影が動いた。ウェディング・ドレス姿の鈴子が現れた。


「新婦、入場」


 会衆の人々は立ち上がり、新婦の入場してくるドアに注目した。そして牧師さんの宣言と共に、荘厳で静やかな結婚行進曲の前奏が始まる。


 鈴子…… 


 王女様のような、いや天使の方が近いのか?


 高貴で清らかなオーラを温かく醸し出す、彼女の姿……。


 ドレスは僕の頭を過ぎった大胆で派手な雰囲気のものでは全くなく、派手さより清楚さを纏っていた。すらっとした襟元は少しスタンドカラー、袖は無くて、床すれすれのスカート長け。全体にシンプルに見えるけれど、動くたびに裾とかにそれとなくあしらわれたレースや刺繍の飾りが上品に自己主張し、豪華に見える。それら一つ一つは素人の僕にも、どれほど緻密で大変な作業があってこそのものであるかは、想像することが出来た。

 胸に飾られたペンダント、細い腕を包む肘上までのグローブ、美しい花の飾られたベール、ブーケ……

日ごろファッションなんか無頓着、油もぐれになって機械をいじっている自分でも、恍惚とした気持ちにさせるものだった。


 そして何よりも、それを纏う鈴子自身である。

 トップモデルのようなすばらしい着こなしと、立ち居ずまいにかかわらず、それが良い意味で職業っぽくない。気高さを感じさせながらも、周囲に緊張を強いない…… 


  何なんだ? この人は……


 彼女の全てから発散される美しさは、テレビでも雑誌でも、生まれて一度も遭遇したことの無い、いやこれから生涯感じることは無いだろうと想像できる強烈なイップレッションを、僕の心にドスンと与えた。



 あちこちから、ため息の漏れる。現実離れをしたその美しさは、何もかにもファンタジーの中の出来事のように感じさせるほどだ。

 そんな異次元なく浮きを漂わせながら、絹のように滑らかにヴァージンロードを進み来る彼女。

 いつの間にか、僕は自分の置かれた立場なんか忘れて、このスペクタクルを息を呑みながら見守る一聴衆であるような錯覚に、すっかりとらわれてしまう僕だった。




 荘厳で静かな喜びと、厳粛な雰囲気をたたえた結婚行進曲。その響きはとても素晴らしく、掛替えの無い出来事が、今、ここで起こっていることを、集まった全ての人々に感じさせる。

 親父さんにエスコートされた鈴子は、静かに静かにヴァージンロードを進んでいった。

 

 あっ!


 しばらく、一見物人の様にボーっとそんな風に見ていた僕は、立場もわきまえず思わず声を漏らした。

 ファンタジーのヒロインのような彼女が、後もう少しでゴールに達しようとした時である。僕は眺めていたその光景からのもの以上に、更に勝る強烈なショックが僕に臨んだのだった。


 それをもたらしたのは、その美しいヴェールの向こう、神秘の領域に住んでいるような彼女の眼差し、それであった。


……微動だ燃せず、僕の瞳に注がれている、彼女の透明な眼差し。


 <鈴子……>


 それは彼女にとって、僕という人間がどんな存在であるかを、僕の魂に理解させる。僕こそが、彼女の現実の生涯を共に生きていく、紛れもない伴侶であるということ。

 

 <そう、伴侶……なんだよな>


 僕自身、一緒になろうと本気で願うようになったのは、僕にとって本当に掛替えのない人、生涯の伴侶となってくれる人であると、心底分かったから。もう一ついうなら、彼女の側こそ僕が居る場所であると、確信したからだった。

 そうなのだ、そこで笑って、そこで怒って、そこで泣いて、時には泣き言も言うかもしれない。ウザイ自分を曝け出して、愚かな事を口走るかもしれない…… 

 でも鈴子が居て、じっと聞いていてくれて、受け入れてくれて、慰めてくれて、叱ってくれて、そこはどんな時の自分も「自分」で居られる場所。


 それが鈴子の隣……。


 このドレスは、彼女の美しさを最大限に演出するものだと、僕は確信して疑わない。そして、この美しさもまた、彼女自身の真実な一面じゃないか。


 伴侶なら、それもまた、受け止めなけりゃ、何に替えても、彼女が彼女であることを、受け止めなけりゃ……


 気後れしている場合ではない、僕はここに、この美しい光景を眺めるためにいるのではないのだ。この全ての輝きは、僕に託されているのだ。輝きを決して消さないよう、守るべきものとして……。


 全く違う熱い塊が心の一番底に生まれた。と思ったら、あっという間に体中に広がっていく。


 <鈴子、さあ来い。僕の花嫁!> 


 そんな決意が伝わったのか、もうすぐ間近に近づいて来ていた、ヴェールの向こうの彼女の目が、フッと見開いて、さも嬉しそうに細くなった。




 行進曲が止まった。目の前には、エスコートした武村の親父さんに伴われた鈴子が立っている。


 彼女の眼差しは、変わらずじっと僕に向けられている。


 その横に励ましの色を滲ませた、親父さんの顔。ふとそっちに向き直ると、親父さんは目で手を差し出す促した。僕は一瞬慌てるも、それを精一杯隠しながら、静かに手を差し出す。


 すると親父さんは、まるで古の騎士が姫君を王子に託すように、丁重に、……この上なく丁重に、彼女の手を僕の手に受け渡した。

 

   

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