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第五部 8

第5部9との関係で、一番最後の辺りを変更しました。

申し訳有りません。

 久しぶりに自室での一人。

今まで思った事もなかったが、なんて無機質な空間なんだろう。暑いはずなのにヒンヤリとした雰囲気。何もかも妙にあせて見えるのは、気のせいだろうか。

 自分で一人で色々考えたい言って、一人で帰ってきた。だのに溢れる溜め息は止まることなく、のっそりと風呂に入り、いつもの場所に腰を下ろすと、自然と今日一日の色々なシーンが脳裏に映し出された。

 一言で言って大変な一日だった。思いがけないことが一度に押し迫ってきて、心も体も悲鳴を上げている。僕はまとわり付く息苦しさを紛らわそうと、目の前のアイスコーヒーを一口すすった。


 <……もっと酷い事をするかもしれない。もし功太郎さんが、どこかの誰かと、どっかに行っちゃうなんてことになったら。>

 酷いこと、か……。

今日、会ったと言う、その幼馴染とのやり取りについて話す中で、鈴子が口にした言葉だった。

 いつもホワッとしていて、天然系。笑顔を絶やさず優しい彼女が、今まで見せたことのない険しい表情、鋭い視線、そして余りにも似合わない言葉。

 異世界の人間とも言える、彼女の幼馴染みであるセレブたち。ちょっと二人で街を歩くとかでも、週刊誌上を賑わすであろうレベルの彼らが、鈴子に結婚を迫ったと言う。今まで築いてきたキャリアにも、取り返しの付かない影響があろうことを承知だろうに。

 ……決して遊びではない。

その時、僕は形振り構わずに食ってかかってきた、大会社の御曹司である、森山を思い出していた。 

 今日、引っ越し作業の中で見つけたあのアルバムには、彼女が幼いころから極最近に至るまでの写真が並んでいた。その画面には、かのセレブたちが鈴子と一緒にはしゃいでいた。

 どの写真の鈴子も、僕が見たこともないほどギラギラで、取り囲む出来る男たちに決して見劣りしてはいない。いや、その輪の中心をいつも占めていた。

 そんな積み重ねられたアルバムの山の高さに、僕は自分の入り込めない時間の流れを、いやと言うほど思い知らされた。

 <どう考えても、僕なんかより、あの人たちの方がずっと、鈴子の連れ合いとして、良いに違いない。>

 そこまで考えが及んで、僕は胸の疼きに耐えられなくなって席を立った。酒が体に合わない僕は、飲むといえばコーヒーである。ついさっき空にしたグラスに、またインスタント・コーヒーを淹れる。

 スプーンでクルクルと混ぜながら、氷と泡が回っているのを見ているうちに、今度は薄暗い倉庫の中の情景を思い出していた。

 なぜ倉庫の奥にアルバムが山積みになっていたのか。当然、僕に見せたくなかったからだろう。鈴子は時子さんに、セレブの友達がいたことがバレると、僕が引いてしまうって言われたって言っていたという。さすが時子さん、僕の性格を良く見抜いていると思った。

 それにしても、公正明大なところが、高校時代から時子さんの何よりの魅力だと思っていたのに、ここに来て隠し事とはどういうことだろう。

 話の感じだと、鈴子自身も深く関わっているようで、なんとも複雑である。気に入られようとして、そういう姑息なやり方するって、なんか頂けない。僕は小さく舌打ちをした。


 僕は重い心を引きずり、ゴソゴソと元のところに戻ってドスンと座り込んだ。

苛立ちを抑えきれない。一言二言、鈴子にぶつけたい衝動に身を焦がされるが、幸か不幸か彼女は近くにいない。

 居た堪れなくなってコーヒーをゴクッと飲み下した僕の脳裏には、あの時の不意に拳を握り締め、震える唇で叫ぶ、彼女の姿が映し出された。

 <だって、大好きなんだもん!>

告白と言うより、真情の吐露と言うべきだろうか。

 彼女がはっきりと「好きだ」と言う言葉を口にしたのは、もしかしたら、初めてだったかもしれない。でも不思議なほど、僕はその言葉自身に対してクールだった。

 恋人達がときめかないはずは無い言葉であるのに、なぜ僕の心はこんなにいつもどおりなのか? ここに来て、ふと疑問が湧いてくる。

 それは思うに、いっしょに時を過ごし、その端々にそれ以上のものを、いつも感じていたから?

 僕は綺麗に片付いている、広くもない卓袱台の上を見渡す。彼女が広告で折った「ゴミ入れ」が置いてあった。それは僕が会社でのことを話すのを嬉しそうに聞きながら、折り溜めたものだ。僕はあの笑顔に、何度、癒され励まされたか。……あ、そういえばこのグラス、コーヒーをいつも飲む僕にと言ってくれたっけ。あの時、プレゼントだと言って差し出した、はにかんだ顔ったら……。思わず、顔が緩んでしまう。

 いやそれだけではない、この部屋中に詰まっている沢山のエピソード。僕は止め処もなく蘇ってくる、数え切れない彼女との事に、あっという間に胸はいっぱいになってしまった。


 そう、彼女と過ごしたここでの日々は、僕の今まで過ごしたことのない「時間」だった。本当に必要とされている、最高に大切に思われている、どこまでも真実な愛で愛されていると、ひしひしと実感できる時。

 今まで、ただ機械弄りに、夢中になって生きてきた。それはそれで楽しいことではあった。でも、彼女と出会いは、僕をもっともっと、ワクワクでドキドキな、全く違う世界へと誘ってくれた。

 愛されることの喜び、そして、それ以上に素晴らしい、


愛することの喜び……。


 もしかしたら僕の知らない彼女が、もっともっとあるのかもしれない。隠されている事実がこれからもまだまだ出てくるのかもしれない。

 でも彼女と過ごした、あの温かい時間は、やっぱりウソじゃない。

 

 「大好きなんだもん……か。」

彼女の独白を、口の中で唱えてみた。すると彼女の中で溢れたその時の気持ちが、僕の中に伝わってくるような、不思議な感触を覚えた。

 <ずっと一緒にいたい……。>

 彼女はそう言う。そんな思いは彼女の愛し尊敬する、今は亡き彼女のお父さんとお母さんの姿に礎を置いている。

 永遠に変わらない絆、それへの憧れ。姉妹二人だけで頑張っこれたのは、父母の姿をいつも思っていたからだと切々と話してくれた。


……そして断言した、僕こそは、その契りを結ぶ人なんだと。


 カタチある物は、何れは朽ち失われるというのは、物質の背負った性である。それは宇宙も大自然も然り。

 しかし、科学万能主義者である僕が、彼女の憧れに心動かされ、彼女の言葉を、彼女自身を、そして確かめようのない永遠に存在するものすら、確かに信じている。


そう、何でも試さずにはおかない僕が、信じている。


 思わず苦笑が漏れた。

<おい、功太郎。おまえ、ここまで入れ込んでて、今更、なんだ。>

 ホントだ、ウダウダ考えるのはもうよそう。


 なぜなら、僕は彼女を、大好きなのだから。

 


 +++++++++++


 翌朝、僕は前日の疲労と転寝のまま朝を迎えてしまったせいで、体調は最悪だった。しかし波一つ無い湖畔のような、落ち着いた空気が僕の中を満たしていた。

 ただ一つ問題だったのは、どんな顔をして彼女に会えば良いのかということだった。それは、僕が一人で帰ると言い張った時の、時子さんの困惑した顔と、今にも泣き出しそうな彼女の目に、今更のように自分の独りよがりな行動の責任を、感じていたからである。

 

 ピンポン!

鈴子の家に着いて、部屋のチャイムを鳴らすと、ドタドタと足音が聞こえてきて、ガバッとドアが開く。そこには思い詰めた顔をした時子さんがいた。

 僕は何事かと目を瞬かせていると、ビックリしている僕を見て、一瞬、目を泳がせた時子さんは、視線を落としたまま「おはよう」と言った。

 「あ、おはようございます。」

 やっぱり、気まずさ全開だ。とにかく時子さんと差しはキツいので、作業を始めさせてくださいと言って、部屋に上がらせてもらった。そこで僕は立ち尽くしてしまった。

 玄関を入ってすぐのところの四畳半の居間に、鈴子は正座し、膝には白くなるほど握り締めた拳があった。僕は背筋にゾクっとしたものが流れる。僕の後ろではコトンと音がして、時子さんが僕についてきているのが分かった。

 後ろから時子さんは、かなり動揺し多様な声で話しかけてきた。

「あ、あのう、私が悪かった。鈴子は悪くないんだ。」

何の話をしているのか、僕には見えてこない。

「鈴子は、ただ、功太郎君と一緒に居たくって……。」

目の前で僕をジッと見つめる鈴子の口元が動く。

「こ、功太郎さん……、わたし、最悪だよね……。」

ボソボソッと言葉を紡いだ鈴子の唇は、不意に固く結ばれ、フルフルと振るえ始めた。僕は予想以上の深刻な雰囲気に、ひたすらと惑う。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。」

 兎に角、落ち着いて話をしようと、いつしか涙を流し始めている二人に懇願する僕だった。

 

 「昨日、功太郎君帰ってから、鈴子の様子がおかしかったから、色々聞かせてもらったんだ。」

時子さんは、いつもとは違って、訥々と事情を話してくれる。

「私が言ってたの、『要らないことは話さないように』って。」

「要らないことって……。」

水を向ける僕に、時子さんは言い辛そうに続ける。

「鈴子の幼馴染のこととか、趣味とか、そういうの。」

「なるほど。」

鈴子は畳を見つめていた。

「昨日もね、昼過ぎには帰ってくるつもりだったんだって、鈴子。でも、あの子たちに会ってたら、泣けてきちゃって、泣き止んで帰らなきゃ、あの子たちのこと話さないといけないって、涙が止まるのを待ってるうちに、……ああなったんだって。」

 時子さんが普通に「あの子たち」と言っているのは、言うまでもなく鈴子の幼馴染のことである。その言い方が、鈴子たちとあの人たちとの関係を、物語っている様に思えた。

 <親しい人たち、だったんだよな……。>

倉庫のアルバムに楽しそうに収まっていた鈴子と彼ら。昨日とは違う意味で脳裏に映った。僕はその仲を結果的に引き裂いてしまったのだ。微妙に胸が疼く。

 「功太郎さん……。」

僕がちょっと物思いに耽っていると、心配そうな鈴子の声がした。

「功太郎さん、本当にごめんなさい、今頃になって。でも、功太郎さんに、隠し事なんか出来ないよ。」

「鈴子、一つだけ聞かせてくれ。」

「あ、ハイ……。」

鈴子は僕の問いに見るからに緊張した顔になり、背筋を伸ばしまっすぐに僕に視線を向けた。

「鈴子、僕と一緒にいて、無理してたのか? 僕が気に入るような、演技をしてたのか?」 

 「え?」

彼女は思いも寄らない問いをされたみたいに、キョトンとして目を瞬かせた。クルクルと目を動かし、しばらく考えていたが、直にその視線は僕に向けられる。

 「初め、頑張ってはいました。でも、直ぐにそんなことなくなって……。今まで、自分でも気づかなかった自分を、功太郎さんと過ごしているうちに、見つけたような気がしたの。 

 お料理もお姉ちゃんに教えてもらっていたときは、上手く出きるかなって心配だったけど、功太郎さんのところに行ってからは、美味しいって食べてくれるのが嬉しくって、すごく好きになったし、お掃除だって、功太郎さんがのんびり床に寝転んでもらえるように、綺麗にしたかったし、それに、それに……。」

 鈴子の顔は、いつしかホンワカ、ニコニコ、僕が良く知っている、いつもの顔になっていた。

「鈴子……。」

僕の後ろから、驚きを含んだ時子さんの声が聞こえてきた。

 「そっか、分かった。もう良い。」

僕の胸に点った暖かい塊。方や僕が急に話を切り上げた真意を計りかね、彼女はヘッ……と、情けない顔をした。

 僕は知らない鈴子を勘繰るより、知っている鈴子を見詰める決心をした。ただあのアルバムの鈴子を知ってしまった手前、どうしても一つだけ気になる事があった。

 それは、僕の知っている鈴子でいることが、彼女にとって負担ではないか、無理してるのではないかと言うことだったのだ。

 自分の答えが僕を満足したのか不安で仕方ないようで、彼女の視線は揺れていた。そんな彼女に、僕は有りっ丈の笑顔で満足を表現した。彼女の目は一瞬驚きの色を示すも、直ぐに破顔し、頬をピンクに染めた。時子さんはそんな僕らを見ながら、大きく深呼吸をした。目は安堵に潤んでいた。

 僕は少し冗談めかせた声で言った。

「グズグズしてたら、また昨日みたいになるぞ。明日は教会でリハーサルだから、今日中に片付けなきゃ、新婚初夜は朝まで大掃除だ!」

「し、初夜って……。」

鈴子は耳まで赤くなって、目を瞬かせた。

「だね、鈴子、やるよ!」

時子さんがすかさず、相の手を入れる。


 髪を後ろにまとめ三角巾をかぶり、ジャージを着てエプロンをした鈴子。

それにしても、ジャージ姿というのは思った異常に体の凹凸を強調する。特に屈んだときなんかには、下に着ているもののラインをもろに浮き出させたりして、かなり刺激的なのだ。

 引っ越し作業は、言うまでもなく屈んだり立ったりが多い。狭い部屋で一緒にやっていると、屈んで顔を上げると目の前に、突き出した彼女のお尻があったり、荷物を抱えてバックしていると、まともに尻相撲を取ったりと、要らんことを考えてしまう機会がゴマンとある。

 「キャッ!! ごめんなさい!!」

 その度に済まなそう赤くっなって謝る彼女だが、そんな彼女に、何度、萌え死にそうになったか……。今日はまた、違う意味でエネルギーを使うと、影で悪態をつくのだった。

 

 こうしてキャーキャー言いながらも残りの積み込みを終え、場所を僕のアパートに移して荷下ろしと搬入。すっきりした気分の僕は、思った以上に体が軽くて、仕事ははかどった。

 鈴子も時子さんも、気がついたら朝の重い雰囲気はすっかり影を潜め、テキパキと動いて、結局、夕方には粗方片付いてしまった。

   

 新しい家財に、大分狭くなった我が家を、感慨深く眺めていると声がした。

「お疲れさま。お茶しようよ。」

ちょっと甘えた言い方に、微妙に恥かしくなる。横で時子さんが嬉しそうにクッキーを盛り付けていた。


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