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第五部 7

大変永らくお待たせしました。

体調、仕事の状況とも、どうにか目処がつきましたので、ボツボツ再開させていただきたいと思います。

今後とも宜しくお願いいたします。

 大好きなんだもん!!


 鈴子の放った言葉の塊は、僕に心のど真ん中に命中した。一瞬、体に電気みたいなのが走ったかと思ったら、その後、体の中に温かいものがジワーッと満ちていった。


 僕が戸惑いながらも、その感触を確かめていると、僕の耳に鈴子の沈痛な声が響いて来た。

「ごめんなさい。……本当に。」

唇を噛み、色をなくして俯く彼女。そんな彼女を僕はじっと見詰めた。

 さっきまで、苛立ち、不安、絶望、冷たく重いものでいっぱいだった僕の心は、すっかり落ち着いてしまった。換わって、温かいものがホカホカと占領している。

 酷いドタキャンをしたのだ。ガツンと言っても行き過ぎではないだろう。でもそんなこと、どうでもよくなっている自分がいた。


 いつの間にか鳴き始めた、秋の虫の声が、周囲の静けさを際立たせる。厳しい暑さに攻め立てられるようだった夏が終わり、穏やかな初秋を感じさせる。

 しかし、そんな穏やかさが包むキャンパスの片隅の小さな公園には、辺りの雰囲気とは異なる、深刻な雰囲気に包まれていた。

 証言台で罪を悔悟する被告人のように、鈴子は僕の前に立ち尽くす。彼女はどんな叱責の言葉も、受ける覚悟をしているようだった。

 でもそんな彼女を見詰める裁判官と目されている僕は、とうに責める気をなくしていた。かえって頭を悩ませていたのは、こんな沈痛な顔をして居る彼女に、どう切り出したら、上手く話を終わらせられるかであった。

 <「気にしてない」とか言っても、信じてくれないだろうし、かと言って……。>

厳しく叱責したり、口汚く罵ったりする気が、完全に失せてしまった今となっては、それは僕にとって苦痛でしかない。

 その時、秋の虫の声に混じって、思わぬ「虫」が抜け道を開いてくれた。

 クゥ~……キュルキュルー……

 鈴子は「え?」って顔をして僕を見た。僕は顔を赤くして目を瞬かせた。何のことは無い、気が緩んだら「腹の虫」が鳴ったのだ。彼女の硬い表情が崩れ思わず噴き出す。でも、直ぐそんな立場じゃなかったと口を押さえて、困った顔をした。僕はそんな彼女の仕草に思わず苦笑した。

 「腹、減った。話はそれから。」

「あ、は、はい。」

彼女は「判決」を聞くより、兎に角、僕の腹の虫に対応する事が先だと、急いで帰り支度を始めた。

 <……助かった。>

いつも腹具合に正直な僕の腹の虫。今まで何度、良いところで鳴りやがって、雰囲気をぶち壊したか。シリアスな雰囲気でも、ラブラブの時でも、ところ構わずなのだ。

 ま、その罪滅ぼしか、今日は”グッジョブ!”だった。

 僕はお腹空いてるの気付かなくって、ゴメンなさいゴメンなさいと、謝り続ける鈴子をタンデムシートに乗せて、兎に角、時子さんところに帰ろうと、バイクを走らせた。



 もう、日付が変わろうとするころ、二台のバイクは時子さんの待つアパートに帰り着いた。アパート前の駐車場には、会社から借りてきたワンボックス・バンが、僕らが日中に荷物を積んだ荷物を載せてたまま置いてあった。鈴子は車のことに気付いて、辛そうに目を伏せた。

 重い足取りで階段を上り、部屋の前に二人で立つ。一瞬、逡巡するもそんなことを言ってはいられない。時子さんが待っている。大学を出る前に時子さんに電話した時は、見つかって良かったといっただけだったが、あの時子さんがそれで済ませるはずもない。僕らは、しこたま雷で打ちのめされるだろうと覚悟を決め、「帰りました、遅くなりました。」と言いつつ、恐る恐る玄関ドアを開けた。

 時子さんには飛び出してきて、済みませんでしたと謝る僕ら二人見て、言葉を失って立ち尽くした。こっぴどい叱責の言葉を待つ僕らに聞こえてきたのは、嗚咽の声だった。

 僕が思わぬ展開に呆然としていると、鈴子はそんな姉に縋りついて、何度も何度も頭を下げた。

「お姉ちゃん、本当にごめんね。わたしが悪かった。ゴメン……。」

「でも良かった、ここまできてこの話がダメになったりしたら、私どうしよかと。お父さん、お母さんに、なんて報告したらいいかって……。」

 いつも凛々しく、カッコイイ時子さんだが、今は身を捩じらせてさめざめと泣いていた。鈴子はそんな見た事もない姉の姿に、大きなショックを受けていた。

 僕もなかなか連絡しなかったことを謝ると、時子さんはそんなことはない、こちらこそ妹が迷惑をかけたと、頭を下げるのだった。いやいやこっちこそと恐縮していると、時子さんは一つ溜息をついた。

「でも、仲直りしてくれて良かった。お姉ちゃん、安心した。」

 その言葉に鈴子はハッとして身を強張らせる。というのは、僕らは腹の虫が鳴ったから帰ってきただけであって、ちゃんと話はついていないのだから。

 そんな鈴子の肩に僕は静かに手を掛けると、彼女は僕を深刻な目をして振り返った。その視線を受け流し、時子さんに応えた。

「もう、心配ありません。なんか、すっかり吹っ切れました。」

「……功太郎さん。」

鈴子は思わぬ僕の言葉に目を瞬かせた。時子さんはそれを見て、安堵の笑顔で顔を輝かせた。


 僕らは時子さんが、用意してくれていた夕食を頬張った。使い込まれピカピカに磨かれたテーブルに、ズラッと並んでいる数々の料理。それは時子さんが前々から企画してくれていた、僕らの「壮行会」だった。 

 腕によりを掛けて造ったご馳走の数々。そのホカホカであったであろう料理が、すっかり冷えてしまっているのに、胸が疼く。

 急いで暖め直す時子さんと、それを手伝う鈴子。ドタバタしている内に、さっきのシリアスな雰囲気は自然と紛れていった。

 料理を一緒にする二人の背中から、言葉に言い表せられない温かいものが伝わってくる。親に死に別れ、必死に生きてきた女の子二人。その絆は僕が知っている、どの兄弟のそれなんかとは、比較にできないほど強く温かい。

 そして二人を見ていて、脳裏に浮かんでくるのは、鈴子の幼馴染達のことだった。僕は彼女と見合いから一年、婚約して半年だ。でも、それまでの二十年以上の時を、その幼なじみたちは、彼女と共に生きてきたのだ。

 彼女を育て、育んできた温かい人達……。彼女の優しくって感受性豊かで、誠実な性格は、その人たちが育んできたものなのだ。

 でも僕はどうなのか。僕は彼女のために何もしていない。そんな僕がいきなりやって来て、みんなが宝物のように大事にしている彼女を、さらっていく……。

 凄く悪い事をしているんじゃないかと言う思いが、いきなり霧のように湧いてきて、僕の心を飲み込もうとした。

 「功太郎さん、これ、美味しいんですよ!」

「えっ、あ。」

僕はハッとして顔を上げると、そこには満面の笑みを湛えた鈴子が居た。その手には一つの鉢があって、その中には素朴な田舎料理っぽい煮物が盛られていた。

 「これ食べると、とってもホッとするんです。お姉ちゃんの、得意料理なんです!」

「功太郎君、ちょっと田舎っぽいけど、食べてみて。」

「そ、そうですか。」

僕は彼女の笑顔に「霧」は魔法のように消え去ってしまった。その現金な反応に、半分呆れてまごまごしていると、二人の目はさあ食べて!と促す。僕はじゃあと、ひと箸付けてみた。

 <……あ。>

 すごく懐かしい味……そう思った。

それは、悲しみとか、挫折とか、限界とか、まだ何も知らないで、大きな夢を見ていた頃、食べたことのあるような懐かしい味。

 丁寧に切られたであろう野菜の角切りが、汁の中に浸かっている。まともな料理なんか、まずしない僕には、どれ程手間がかかっているかは分からないが、それでも見た目はジミジミだけど温かい思いがギッシリ詰まっていることだけは、感じ取る事が出来た。

 僕の反応をじっと見守っていた二人は、嬉しそうな声で感想を聞く。

 「功太郎さん、ね、美味しいでしょ。」

「これ、鈴子にも教えといたからね。これからいつでも食べられるよ。」

「そ、そうですね。」

 口の中で広がる、穏やかで上品なその煮物の味は、今、僕の中でモヤモヤしているものが何なのか気付かせる。


 「じゃあ、僕は家に帰ります。車、済みませんが置いとかしてください。あっち、停める所ないし。」

「じゃあ、わたしも帰ります。」

そう言って当然という風に、支度を始める鈴子だったが、

「鈴子は、今日はこっちにいろ。」

「え?」

 さっきの僕の終結宣言に、良くわかんないけど良かったと、安心した顔をしていた鈴子だった。しかし僕が一人で帰ると言い出して、俄かに涙目になる。

 「バカ、『帰る』って……。まだ、結婚式前なんだからな。」

「で、でも……。」

内容的には小学生レベルではあるが、一応、ずっと一緒にいる今日この頃。それがあんなことがあった後、急に僕だけで帰ると言い出したので、混乱している様だった。

「もう数日しかないんだ、『お姉さん孝行』しろってこと。」

「あ、う、うん……。」

いつになくはっきり言う僕に、鈴子は口篭る。その横で時子さんは、静かに僕を見ていた。

 

 「お姉さん孝行」と言われたら、今日の事もあり、拒絶するわけにも行かない。結局鈴子は、渋々だが実家に留まることになった。

「功太郎さん、気をつけてね。」

「ああ。」

すると横から時子さんが疲れた顔で声を掛けた。

「功太郎君、今日は鈴子取っちゃって、ゴメンね。」

「え? いや、あ、鈴子、明日朝、9時ごろな。」

「うん。」

僕は時子さんの言葉に微妙に照れて、急いで話を変えた。

 朝、会社から車を借りてこっちに来たものだから、自分のバイクはない。仕様がないので、鈴子のバイクを借りて家に向うことにする。

 バイバイしながらも不安げな顔を向ける鈴子に、僕は手を振り返し、ギヤを入れてスロットルを開く。

 ドドドド……。

曲がり角で、エンジンの振動に揺れるミラーをちらと覗くと、鈴子はさっき以上に大きな身振りで、バイバイをしていた。



 流れる夜景、バイクを走らせながら僕の脳裏には、今日一日の事が浮かんでは消えては浮かび、消えていく。

 <今日は、久しぶりに「独身」だな。>

 空のタンデムシートを意識ながら、そう呟いてみる。

夜更けの田舎町の暗い夜道を、SRの心地よい揺れに揺られながら、見送ってくれた、時子さんと鈴子のことを考えていた。また明日会えると言うのに、なんとも言えない寂しさが胸に広がっている。 

 <でも、今日はこれでよかったよな。>

 鈴子もそうだったが、僕にとっても、今日の時子さんの憔悴ぶりはショックだった。

 いつの間にかほぼ同棲状態になってしまった僕ら。二人しかいない鈴子の家族なのに、結婚前でちゃんとした理由が無いにもかかわらず、彼女をこちらばかりに引き止めて楽しい思いをしていることには、日頃からかなり呵責を感じていた。

 今日なことがあり、その上、時子さんから鈴子を引き離し連れ帰るのは、余りにも図々しい。

 それともう一つ鈴子を置いて帰った理由は、一度一人になってしっかり考えたい事が有ったから。それは時子さんの姿を見て脳裏に浮かんだ、鈴子の周囲の沢山の人のについてだった。

 今まで僕らのことの、邪魔ぐらいにしか思って居なかった彼らのことだが、今ちゃんと考え彼の捉え方について、自分なりのものを持たなければ、僕はいつまでも事あるごとにギクシャクし、揺れるだろうと感じていた。

 そのためには、彼女と一緒にいてドキドキ・フワフワ状態では、どうしようもない。

 

 流石、夜の田舎道はガラガラだった。いつも以上に早く家に着き、僕は朝、大慌てで出てきた自分の家の玄関先に立った。

 ドアの端には、女物の傘が立てかけてある。古びた傘。物持ちが良い鈴子が、僕に出会うずっと前から大切に使い続けているものだ。

 ふと鈴子の人柄を感じ、彼女が急に恋しくなる。いやいや、こんなことでは折角一人になった意味が無いだろうと、必死に湿った気持ちを振り払い、玄関を開けて部屋に入った。

 久しぶりに真っ暗な部屋。一人暮らしなら当然のこのシチュに、違和感を感じるのが今の僕なのだ。

 小さな溜息をついて電気を付けると、果たして一人で居た頃には、ありえないほど片付いている部屋が、目の前に現れる。

 玄関を入ったところにある小さなキッチンは、鈴子のいつもいる所。僕はキッチンの鈴子から、「おかえりなさい」と言われる時、最高に幸せだといつも思う。

 無意識の内に、あのアルバムの中の鈴子と、キッチンの鈴子を比べていた。革ジャンやジーンズ、ウェットスーツなんかをバッチリ着込み、どの写真も鋭い隙の無い顔をして写っていた。

 でも、ここにいる時の鈴子は、天然系でいつも緩いブラウスとスカートを着、フワフワでホワホワな彼女だった。そして気が付くと猫のように僕の側にやってきて、そこが自分の居場所といわんばかり、コチョコチョと何かしら細々とした事に精を出す。

 <やっぱ、演技……にしては、出来過ぎている。>

人を見る目が有る方だとは決して言えない僕だが、いつでもどこでもどんな時でも、彼女は「彼女」だった。あんなに自然に、あんなに楽しそうに、全く別のキャラを演じ続けるなんて出来るんだろうか? 

 <じゃあ、あのアルバムの鈴子は?>

見た目だけ同じで別人みたい。なんか、良く分からん……。

 無意識の内に、玄関先で立ち尽くしていたのにハッとして、一人、テレながら靴を脱ぎ、部屋に上がる。

  

   

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