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第一部 3

僕ら二人は教会の祭壇の前に立っている。

隣にいるのは天原鈴子。僕らは今、婚約式をしている。


目の前の牧師さんが、聖書の言葉を紹介し、お祈り、続いて約束の印として、婚約記念品を交換となった。

僕はこの間、彼女と買いに行った、婚約指輪を渡した。彼女は僕に腕時計をくれた。

立ち会ってるのはうちの両親と、親父さん夫婦こと、僕の勤める会社の社長である武村夫妻。それとあちらの家族として、歳の離れたお姉さん。実は彼女の両親は既に他界していた。だから彼女が高校生のころから、お姉さんが親代わりになって、ここまでやってきたらしい。

涙で潤んだ目で鈴子を見つめるお姉さんに、そんな彼女の生い立ちを思わされ心が動く。


「それでは、以上をもちまして、下村功太郎さんと、天原鈴子さんの婚約式を終わります。」

牧師さんがそう宣言して、僕らはとうとう婚約者になった。

「それでは結婚式のことについては、先ほどお話したとおりです。後は御両家でお話し合いが出来ましたら、また御連絡下さい。」

にこやかに見送る牧師さんにお礼を言って、教会を出ると、おかみさんが待ってましたとばかりに、僕を捕まえて話し始める。

「さ、『トキワ屋』に移動だよ。これからの打ち合わせ。」

「え、は・・はい。」

鈴子もおかみさんの勢いに、ちょっと押されぎみ。あちらのお姉さん、時子さんも目を丸くしていた。


「トキワ屋」での打ち合わせ会も、おかみさんの勢いで、スムーズに(一方的に)進み、善は急げと言うことで、結婚式は4ヵ月後と決まった。


あと4ヶ月の独身か・・・・

自分の心に言ってみても、アッソ!見たいな返事しか返ってこない。




「どうします?」

「はい、どうしましょう・・。」

僕らは駅前に取り残された。おかみさんに、”あんたたち、今日は強制デートだからね!”と、駅前で車から下ろされてしまったのだ。

「おかみさん、強引だよね!」

さすがに、カチンと来てるんではないかと心配した僕は、走り去っていく車を眺めながら、そんなことも言ってみる。

「あら、武村の奥さん、とっても良い方ですよね。」

「え、ええ・・。」

・・・ふーん、そう思ってるんだ・・・・

しかし、婚約式のときのにこやかさとは違って、なんとなく素っ気無い印象を受ける。表情もクール。

・・・・本気、それとも、単なる社交辞令?

そんなことも勘繰ってしまう。


しかし僕は人の心配をするより、突然立たされた自分の立場のことを考えるべきなのだ。そう、僕は完全に準備無しで、いきなりこんな所に放り出されたという、この信じられないこの現実を。

デートと言うものは、男がしっかり下準備して、女の子を楽しませなければならないって言うじゃないか。そんな男に、女は”頼りがいがある”とか、”カッコイイ!”とか感じるもの。

元々そう言うことにダメダメな僕が、こんな風にいきなり矢面に立たされたら、もうメロメロになるに決まってるのに。

おかみさん、これじゃあ親しくなるどころか、ダメ出しされるー・・・・。

僕が焦って考え付いたのは、情けないことにファーストフード店に飛び込むぐらいだった。


「いらっしゃいせ、こんにちは。御注文をどうぞ。」

「えっと・・。」

こういうところに、あまり慣れていなさそうな彼女を案内し、二階の奥の席に陣取る。でも見回すと周りは子供づれとか、高校生とかばかり。入って直ぐ、自分の選択が、いかに愚かなものであったが分かった。婚約式の直後、ちょっとフォーマルな服を着て、来る所じゃない。

慌てる僕は次の手も思いつかない。そして、やけっぱちで、僕は今たった一つだけ話題が共有できる、結婚式関係の話を始めた。

「結婚式場は良いとして、披露宴はどうしましょうか?」

「あと4ヶ月ですよね。」

「そう、早く場所を決めないと、いけないんですよ。」

そしてそれぞれ、「シンキングタイム」に入る。少し落ち着いてきた僕は、この間にどうにか、何とか次に打つ手はないかと考える。そうしていると、彼女が何か考え付いたようで、話を始めた。

「わたし考えていたんですけど、お友達のお家がフランス料理店をやってるんで、そこでお願いしたらどうかなって思うんですが、いかがでしょう?」

「へー、そうですか・・・・。じゃあ、家族だけって感じで?」

「ええ、その後の生活もあるし、できるだけお金掛けない方がいいんじゃないかって・・。」

結構、現実的な視点があるんだ・・・。そんなことを思う。

「どんな感じのお店なんだろう。どんな感じです?」

「え、ああ・・・。」

僕が聞くと、ちょっと困って、俯く鈴子。そしてばつが悪そうに話し出す。

「古い店には行ったことあるんですけど、今のお店の方には、・・・ないんです。」

「そ、そうなんだ・・・。」

なんか、突っ込んだみたいになって、あっちだけではなく、こっちも冷や汗をかく。僕は出任せで誘ってみた。

「じゃ、じゃあ、これから一緒に行きますか!」

「今からですか?」

彼女パッと顔をあげビックリした顔をする。いきなり唐突だったと後悔している所に、笑顔を顔に輝かせた彼女の声が飛び込んできた。

「ええ! ハイ!」

その笑顔はまるっきり少女の笑顔だった。今までの真面目ではあるが、色気の全く無い無いオバサンのような彼女の印象とのギャップで、僕の心臓はドキンと跳ねた。

「・・・良いんです・・・か?」

「ええ!」

さも嬉しそうにそう答える。なんか、僕も嬉しくなる。



それから、僕らはさっさとファーストフード店は切り上げて、彼女の案内で彼女の幼馴染の実家だと言う、フランス料理矢に向けて出発した。僕が良く知っているエリアとは逆方向ということで、ここからは彼女がリードすることになる。正直、僕は内心ホッとする。


当然と言う風にタクシー乗り場ではなく、バス乗り場に行く。

見合いのときもそうだったが、うちの会社に来ていたとき受けた感じとは違って、スーツがばっちり似合って、クールで出来る感じの彼女に、身構えていたところもないではなかった。でも、彼女のそんな庶民な感覚は、自分と近い感じがして正直ホッとする。


彼女はいかにも慣れた様に列に加わり、駅のバス乗り場でおばあちゃんや子供連れさんたちと一緒に、バスの来るのを待ち始めた。

「君、何歳?」

彼女は直ぐ前になった、若いお母さんと小さな男の子に、ごく自然に話しかけた。

「2さい!」

Vサインをするその子。

「そうなんだ!幼稚園はまだかなあ・・」

彼女はどこまでもさわやかだ。

「来年から、行かせようって思ってるんですよ・・。」

遠慮の無い子どものに、今まで見せなかった表情を次々と見せる。そんな彼女を眺めていると、バスが入ってきてた。

「じゃあ、乗ろっか。」

「うん!」

彼女はその男の子に言って、バスに乗るように促す。そのお母さんは乗り際に、彼女と僕、両方に会釈をして、乗り込んで行った。


僕ら、カップルに見られたんだよな・・・。


鈴子はどう思ったか知らないが、僕は自分が女連れであることを他の人から認められ、くすぐったいキモチが胸に広がる。


結構な人が乗っているので空席は無く、結局僕と彼女は、二人掛けの椅子に並んで座った。でも、やたらと意識してしまって居心地悪くって仕様が無い。

電車とかで女の人の横に座ることは、普通のことではあったが、今日は少し意味が違うのだ。電車の中だとかなら、体のどこかがちょっと触ったぐらいでは、気付きさえしない。でも、今日はそうは行かない。

彼女の方もそうみたいで、窓側にピッタリくっついて座っている。僕は体を通路側に向けて座っている。こんなことやってるのを僕らのこと見て、僕らが既に婚約者だなんて、誰も思わないだろう・・・。僕は彼女との距離や接し方が分からなくって、どうしていたら一番自然なのか、そればっかり考えていた。





日が傾き、窓の風景も駅前の繁華街から少し離れた住宅街、そして今は田園風景がひろがり、それを過ぎると、唐突にニュータウンの風景が広がる。

駅ではあんなにいっぱい乗っていた人たちも、ここまで来るとほとんどいなくなった。あの親子連れも大分前に降りて行った。


「あ、下村さん! あれ、わたしの行ってた小学校です!」

ほほー・・・

古い村落っぽい所の外れに、パッと開けた所に見えてきた学校。僕はどれどれと、車窓に覗く小さなそれを見る。夕暮れの校庭にはもう人気は無い。でも僕は過ぎし日を思い、この校庭を駆け回っていた幼いころの彼女を想像した。


ここが鈴子の町なんだ・・・・

小学校のことを案内され、幼いころの彼女を思い、改めて彼女もまた時を経て成長し、今があることを思う。そして今、何の脈絡も無く僕と出会い、これからの長い人生を一緒に過ごそうと、今しがた約束したのだ。当然、そんな風に他人を見た事が無かったから、とても不思議な感触に僕は包まれた。


見合いの後、会社の車で一度だけ彼女に家に行った。小さな古いアパートの一室だったけど、お姉さんと彼女の女所帯ということで、とても綺麗に片付けてあった。会社のあるところからすると、車だと20分以上奥だから、大分郊外ということになる。今日は彼女の家には行かないが、その直ぐ近くまで来た。バスではここまで、小一時間かかった。


小学校を過ぎてしばらくすると、彼女が慌てて言った。

「あ、次ぎ降ります!!」

彼女は僕にそう言って、準備を促す。僕はそそくさと下りる用意をする。

バスはその田舎町の中心地らしき辺りに着いた。近くにコープがあり、市役所の支所があり、郵便局、そしてその前には、大きな銀杏の木がデンデンと数本聳え立っていた。

周りは田んぼと、その田んぼの一部を埋めて造ったことを連想させる住宅地があり、そこに少し古くなった建売住宅ぽい家が、ずらっと並んで建っていた。


そのバス停を中心に小さな商店街がある。バス停からしばらくその商店街を歩いた所に、彼女が言っていた、瀟洒なフランス料理店があった。

 

  

  

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