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第四部 4

 放送席を取り囲む、スタッフや放送席の三人組のファンが作る分厚い人垣は、僕が鈴子に近付くことを阻んでいた。

 海での熱戦への歓声以上に熱い、放送席の三人に対するコールが、耳に飛び込んでくる……。それを聞く度に、否が応でも、彼女との距離を意識してしまう。

 彼女との距離や壁を意識したのは、今日が初めてではない。でも今までのそれは、どれも僕の杞憂だった。色々ゴチャゴチャあっても、実際に彼女に会ってみると、彼女はそんな僕との不安や迷いを、跡形もなく吹き飛ばしてくれた。

 でも今日、ここに来て今までと決定的に違うことがある。

僕は一つ深呼吸をし、改めてビーチいっぱいのギャラリーを見渡した。

 ここにいるみんな、鈴子のことを良く知っていて、そのほとんどは彼女の熱狂的なファン……。

 <こんな風に、沢山の取り巻きに囲まれ、声援を受けてると、僕なんかもそんな中の、一人なんだろうな……>


 そもそも今までのことは、全部「僕の部屋」という、他に比較も目移りも仕様の無い、閉鎖空間でのことだった。

 そんな特殊空間の特殊条件に助けられ、僕は彼女の仲がちょっとだが進展し、もう僕等の関係は大丈夫だと、余裕をかまし始めていた。でもこの状況に置かれると、今まで感じていた手応えみたいなものを、全く頼りないような気になる。

 僕以外で鈴子に好意を寄せている人間が、こんなに沢山いる。今まで何ごとも負け組で、しっかり負け癖のついている僕にとって、この状況は、戦意を失せさせるに十分なプレッシャーだった。

 僕はそんな不安の淵から、呆然と放送席に目を向けた。視力だけは人並み以上に良い僕は、行き交う人の間から、彼女の表情ははっきりと見て取れた。

 放送席でイケメンに囲まれ、あっち向いたりこっち向いたり、やけにゴソゴソと動いる鈴子。なんだかいつも以上に元気に見える。

<嬉しくって、はしゃいでるよ……。>

無意識にもう一つ溜息をついた。ズキズキ胸に来るのを耐えながら、さらにその様子を眺めていると、ハタと彼女の動きが止まった。あれっと思ったら、彼女がくるっとこっちを向いた。

 ん??


そこには、今にも泣き出してしまいそうな鈴子の顔があった。


 +++++++++++++++++


 <鈴子……、あの分だと、相当、気を揉んでる。>

 見れば見るほど、放送席の彼女の姿は、超慌てたときの彼女そのものだった。彼女を慌てさせているのは他では無い、「僕がここにいる」ということであることは、さすがの僕にでも察することが出来た。


「「スーちゃーん!!」」

「「時也!!」」

 気づいた事実に呆然としている僕の耳に、彼女へのコールが飛び込んできた。笹塚時也は手を振って応える。

「はい、こちら西南海岸です! こちらも盛り上がってますよ!! みんな声援、アリガトー!!」

『盛り上がってますね!』

 ……

 テンションの高い笹塚の声。見るとビーチに設けられたモニターには、笹塚と鈴子が映っていた。コールされた鈴子も、呆然としているところを、カメラのアングル外のスタッフに言われて、半分強制的に手を振らされていた。

 <な、なんで?! どうなっているんだ。あいつら友達なんだろう?!> 

どうして鈴子に、そんなに辛がっていることを平気でさせるんだ?! 僕は心の中で叫んでいた。

 僕は今まで、鈴子との距離を感じてしまって引いていた。言い方を換えれば、あの放送席の連中と鈴子の間に、付き合い出して日も浅く、魅力の無い人間が割って入るのは野暮だとの思いが、僕をここに追いやったのだ。

 そして思い出す、鈴子がいつも、彼女のことを褒めたりしたとき、ふっと寂しげな顔をするのを。

 出会って直ぐの頃は、そういうのって単に格好をつけているか、謙遜ぶっているだけだと勘繰っていた。でもここに至って、そうじゃないことがはっきり分かる。 

 確かに彼女はみんなの視線を集める人気者。モデル以上の美貌を持ち、完璧なスタイルをしている。それだけではなく、様々な人並み外れた特技を持っている。やっかみを除くと、そんな彼女のことを憧れはすれど、悪く言う人なんてまずいないだろう。

 でも彼女は、そんな称賛の只中で、胸に惜しさや寂しさ、言いようの無い悲しさを抱いていた。でもそのことを、誰にも分かってもらっていない。

 この状況を喜べない、鈴子の方が変わり者なのかもしれない。単に贅沢なだけかもしれない。それでもそれこそが彼女なのだ。その結論は、彼女なりに生涯をかけた真剣な探求の結果であり、両親との死別という、辛い体験の上に成り立っているものなのである。

 だのに、自分達が幸せだと思っている幸せを、無理に押し付けてるっていうのは、果たしてどうなんだろう。

 うつむき加減の鈴子に、なおもハイテンションで話を振る、笹塚たちを見ながら、そう思った。


……下村さんって、わたしの「本当」を、ちゃんと理解し受け止めてくれる、特別な人なんです!!……


 鈴子と、真剣に向き合ったあの晩のことが、脳裏に蘇ってくる。そして、彼女はそう言った後、僕に食ってかかるように告白したのは、

<『絶対に……下村さん……なんです』って>

あの衝撃が、あの時以上に全身を揺さぶった。


 次の瞬間、鈴子がモニターにどアップになった。そして僕はその顔に、小さな涙の粒を見つけた。

 体が動いていた。人垣を強行突破しようと人ごみに突っ込む。しかし悲しいかな、いじけてグダグダしているうちに、僕は群衆から弾き出され、人垣の一番端まで追いやられている。これじゃあ彼女に近づくっても、ギュウギュウの満員電車の中を、隣の両に行くようなことになる。

 それでもと、目の前のヤツらの間に体を押しこんだら、そのガタイの良いおにーちゃんにガン見され、じゃあと手を滑り込ませると、イケてるおねーさんにバイ菌みたいに見られた。なんだか、これ以上動いたら、警察呼ばれそう。

 <こりゃあ、参ったなあ。>

さっきとは違う意味で、また溜息が出た。

 <くっそー……。>

辛い思いをしている鈴子を、ただ見守るしかできない……。つくづく役に立たねヤローだと、自分の膝を力任せに殴った。


 


 僕はひたすら、早くコンテストが終わらないかと、終了を待ちわびる。やはりまともには動くにはそれしか無い。手をこまねくしかない自分にイライラして、熱戦の繰り広げられている海を望み見た。

 そんなささくれ立った心でも、サーファーたちが真剣に波と取り組んでいる姿には、一種の感動を覚えた。綺麗だと思った。自然の営みである波と共だって作り上げるパフォーマンスは、他のスポーツとまた一つ違う。

 サーフィンには縁は無いが、海自体については深い関わりを持っている。小さいころから釣りに水泳に、沢山の思い出がある場所。海で繰り広げられる青春ドラマには、サーファーに多くの共感するものを感じていた。

 見渡すとカップルや家族連れが、思い思いにパラソルを広げて、海水浴を楽しんでいる。

 <家族か……。>

パラソルの下で微笑む母親、父親と小さな子供が、波打ち際で走り回っている。家族連れを見ていて、無意識に僕と鈴子の姿を重ねてしまっている自分にドキンとする。

 苛立つ心が少し和んだ僕は、自然に先の見えない水平線に視線が向いた。


 そこで僕の目の端に飛び込んできたもの……。


それは、小さな主の居ない浮き輪と、その側で上がる水飛沫。


これは


……マズい。


 僕は反射的に振り返り鈴子を注視した。するとなぜかその時は、彼女もこっちを見た。

しかし、彼女と見詰め合っているわけには行かないのだ。僕は伝わるか分からなかったが、手を大きく振って異変を伝え、すぐさま振り返って全速力で走り始める。砂浜の砂に足が取られるのをもどかしく感じながら、大声で叫んだ。

「溺れてる、人が溺れてる!!」

そして、海岸をその飛沫が一番近く所まで走って行き、そこを見極めるや、今度は沖に向かって駆け込み、泳ぎ始めた。


 +++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 「スーちゃん? え? おい、スーちゃん、何してんの?!」

俺が尋ねると、急にキョロキョロしていたスーちゃんは、いきなり屈んだ。あれ?!と思ったら今度は四つん這いになる。目を丸くしていると、こんどは立ち並んでいる人の足元に、無茶苦茶に頭を押し込み、人混みの中に潜り込んでいった。

『え? 何?』

『あ、ごめん、今、踏んだ?』

『いや? どうして?』

『ちょ、ちょっと、何?』

『おい、これ?』

  ……

 ギャラリーの中から、急に足元で変な感触がしたとの声が上がる。あまりのことに唖然とする俺と小宮山さん。見ていると次々と上がる驚きの声のは、人垣の向こう側に達し、そこに無我夢中で駆けていく、スーちゃんの後ろ姿が現れる。

「お、おい、あの娘どうしちゃったの?」

驚き飽きれたような顔で、小宮山さんが聞いてきた。

「あ、済みません。俺にもちょっと……。」

「笹塚さん、行きます!」

ハッとして後を追おうとしたとき、横に居たディレクターが、カメラがこっちに来ることを知らせた。

<ここで、穴を開けるわけにはいかない……。>

その頃にはスーちゃんの行動に気づいた、ギャラリーがざわめき始めていた。

『おい、スーちゃんだったよな、今の。』

『ああ、そ、そううだね。』

『どうしたんだ?!』

『いや、分かんねー。』

 何人かがゴソゴソと、スーちゃんの行った方向に駆け出した。ざわめきはいよいよ増してくる。

 ちょうどその時だった、向こうの海岸から、ただならぬ叫び声が聞こえた。それに応じるように、一斉にライフガードが走り始める。

 何事かと身を乗り出したところに、スタッフの一人が、テントにいる僕等の所に駆け込んできた。

「水難事故です! 子どもが溺れたみたいです!!」



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