表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/59

第三部 8

「婚約者の天原鈴子さんです。」

「こちらが、僕の恩師、土岐山先生。」

僕は先生と鈴子を引き合わせた。

「はじめまして、下村功太郎の婚約者、天原鈴子です。」

「ああ、君が功太郎のフィアンセの天原さん?! こりゃまた、別嬪さんだな。」

良く響く声で、土岐山先生そんなことを言う。

 鈴子は面と向かって大声でそんなことを言われ、目をパチパチして赤くなった。ふと周りを見ると、何だ何だと、今しがたやっと開放してくれた会衆の目が、またこちらに向き始めていた。慌てる僕をよそに先生はさらに浪々と話し続ける。…スピーチの時はあんなに緊張していたのに。

「今日は良く来てくれた。もうあと、2週間ちょっとだねえ。」

「ハイ。」

「いやあ、君の亭主にはホントお世話になったよ。」

<亭主?!>

思わず赤くなる僕ら二人。

「ホント、面白いヤツだよ功太郎は。君もそう言うところに惚れたのかい?」

「ハイ!」

何かこのときとばかりにはっきり答える彼女。その割りには、その後、湯気が出るぐらい赤くなった。

 僕はとっくに、鈴子を先生から引き剥がして、家に帰りたくなっている。しかし先生は僕のことなんか全く視界に入っていないかのように、話を進めるのだった。

「功太郎は学生の時、完全夜型で昼過ぎに出てきて、明け方まで実験するんだ。まあ、私も…。」

 鈴子は僕の学生時代の話を、いちいち頷きながら、瞬きもせずに集中して聞いていた。僕は彼女に隠しておきたかった醜態を、こんな所で…そう、僕らだけでならともかく、こんなに沢山、人がいる所で話され頭を抱える。居た堪れなくなって、横槍を入れる。

「先生、もう、良いでしょ…。昔の話しだし…。」

「お、功太郎、彼女には隠しときたいんだな。おまえなあ、夫婦ってもんは、隠しっこ無しだぞ。後でバレるより、さっさとバレて清々した方が良いんだ。経験者がそう言ってるんだから信用しろ!。あ、で、私もね、実は家内にね…、」

<もうダメだ…先生にかったら…>

僕は行くとこまで行くしかないと腹を括った。

 先生の話は、学校での態度、勉学の励み様、実験の腕、成績の良し悪し・・・、僕の学生時代の実態が次から次へと語られていった。しかし、こう並べられると、いかにも不良学生じゃないか。鈴子はきっと呆れ果てているだろう。

 しかし鈴子も鈴子だ、僕が横でこんなに渋い顔してるのに、全く意に介する事も無く、先生の話をさも嬉しそうに聞くんだから。こら、そこでニヤつくな!

チョンと鈴子を突っつくも、そんなの知りません!と振り払われる。それを見ていた先生が、ニヤッと笑う。

…僕はかなり、マジ、拗ねてきた。

「……まあ、そう言うことだ。しかしあんた、今頃の女の子にしちゃあ、相当良い『目』をしてるんだな。よくぞこいつの良い所を見抜いた。大したものだ。ガハハ。」

鈴子はまた赤くなっている。

<なんだ? 希少種みたいな風に言って。僕にはそんなに見つけにくい、良いところしかないのかよ…。>

腹の中で突っ込む僕だった。

 そこまで話して、急に先生はしんみりした。僕はあれ?!と思って、次の話を待った。するとしみじみ、呟くように話は続く。

「就職するって言い出したときはビックリしたよ。私はちゃんと大学にポスト用意するって言ってたのに。まあな、功太郎のキモチは分かるには分かるんだが…、もう少し一緒に仕事したかったなあ、僕としては。」

先生は鈴子の顔を見ながら、一つ溜息をついた。

「そんなこと、今になって愚痴っても何にもならんな。…それに、そのお陰でこんな奥さん、貰うんことになったんだったら、結果オーライか。」

今度は僕の肩を思いっきりバン!!とひっぱたいて、またガハハと笑った。

 そんな楽しい(?)語らいを、しばらくしていると、会場係の人がやってきて、先生に登壇を促した。最後の締めということらしい。先生は壇に上がり、もう一度拍手を貰った。

 見るとさっき僕を取り囲んでいた人たちが、先生に続いて僕にも拍手を贈ってくれていた。僕は頭をかきかき、返礼のお辞儀をした。すると、寄り添っている鈴子もまた、僕と一緒に頭を下げた。顔を上げると、事情を察したのか、鈴子にも温かい拍手が向けられていた。会場の視線を一身に受けつつ、僕らはひたすらオタオタするばかりだった。


 +++++++++++++++


「じゃあな、功太郎。今度は結婚式でな。」

「はい、先生。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

 僕らは二人で土岐山先生に頭を下げた。周りは帰途に付く人達が人波を作り、出口の方に向かって流れていた。僕らはその流れに乗って、ロビーの方に進む。

自然と頭には今別れたばかりの、土岐山先生のことが浮かぶ。

<本当に、お世話になったよな…。>

 久しぶりに嬉しそうな先生の顔を見て、忙しかったけど、来てよかったと思った。まあ、あれだけ熱心に先生から頼まれた上、「頼まれている結婚式のスピーチで、何言うか分からんぞ!」という、恐ろしい脅しをかけられたら、「行かない」という選択肢は、実質無かったのだが。


 そんなこと考えていると、鈴子は少し恥かしそうに、僕の袖を引っ張った。

「ちょっと…。」

振り向くと、僕の視界にドレスの襟から覗く、深い胸の割れ目が飛び込んできた。今まで先生のことでいっぱいだったから気にならなかったが、なんだか目のやり場に困る。それにしても今日の鈴子のドレスは超大胆だ!

 鈴子はそんな僕のことを気付いたのか気付かないのか、慌てて目配せをした。その先にはWCがあった。良く分からんがトイレか…

「ああ、じゃあ僕も…。」

「うん。」

ということで、それぞれの方に向かう。 


 僕は先に「用」が済んで、トイレの外で大分少なくなった人の流れを、ボーっと眺めていた。今日あった、現実とも思えない一つ一つのシーンが、蘇って来る。しばらくそうしていたが、直に微妙にイライラが始まってくる。

<鈴子、遅いなあ。> 

こういうときは女性のほうが時間が掛るが、それにしても遅い。何やってるんだろうと、色々想像し始めた所で、目の前にパッと誰かが立った。

<?!>

「あれ?」

見ると鈴子だった、が、服が変わっていた。今度はさっきみたいなセクシーなイブニングドレスではなく、ブラウンのシンプルなワンピになっている。

「着替えたんだ。」

「うん、ちょっと、さっきの服、恥かしくって。」

 あのイブニングドレスは、武村のおかみさんが若かりし頃、ブイブイ言わしていた時代に着ていた物で、背中がグッと切り込んでいたり、襟がガバッと開いていたりしていた。

 おかみさんに試着させられて、鏡の前で恥かしくって硬直してしまった鈴子だったが、おかみさんが、

「鈴子さん、今回の『お呼ばれ』は、只事じゃないんだからね。これぐらい気合入れていないと、逆に浮いちゃうのよ。大丈夫、こっちの方が目立たないって。」

などと、唆されて着せられたのだ。

「わたし、どうしようかと思って、だって…。」

 しかし、実際は会場中から熱い視線を浴びることになったのだ。おかみさん、どうか知らないけれど、少なくとも彼女が期待していたのとは、全く違った結果であった。

 彼女はもうパニくって立ち尽くすずかなかった。ただ幸運だったのは、そこでたまたま、ここで働いていている友達に出会って、その人にちょっと匿って貰えたことだった。

「待ち合わせの時間に行けなくて、ごめんなさい…。」

匿って貰ったところまでは良かった。でもいざ戻ろうとしたら、今度はその友達がやたら忙しそうで、声をなかなかかけられない。まごまごしている内に時間は過ぎ、とうとうパーティーの開始時間になってしまったと言う。

<なるほどね…>

 僕は時間に彼女が来なくって、気を揉んでいた。さては道にでも迷ったか、それとも会場が分からなくなったのかと思ったけど、そういうことだったのか。

 僕もどうにかして探しに行きたかったのだけれど、僕は僕で先生に捕まって、どうしても席を外すことが出来ず、結局、パーティー会場で出会うことになった。

 彼女は少しでも早く「恥かしい服」から開放されたいと、着替えのチャンスを待っていたのだ。それでいきなりWCに飛び込んで、そそくさと準備してきた服に着替えたということらしい。

「わたし、生きた心地しなかった…。」

そう言って、ヘラヘラと笑う鈴子の顔には、なんだか血の気がない。

「わたし、こういうの苦手だあ…。」

「そう? 結構、堂々としてるように見えたけど。まるで女王様みたいに。」

そう言うと、彼女はパシンと僕の背中と叩いた。

「おちょくらないで、モー!」

「ま、そうだな。分かってたって。なんか、マネキンみたいに硬直してたよな。君って、緊張すると堂々としてる風に見えるもんな。損か得かは分かんないけど…。」

マネキンとか言ったので、もう一発、バシンと来ると思って身構えたのだが、いつまでも来ない。

「…ウン、だよね…。」

あれ?と思って振り向くと、なぜか彼女は、凄く嬉しそうな笑顔を向けていた。何が嬉しいんだろうと、頭を掻く僕だったが、機嫌が直ってホッとする。

「まあ僕なんか、今後、一生こんな所に来ることなんてないだろうし、そんな目に遭うことも無いよ。」

などと、ちょっと自虐的に慰めると、

「あら? 本当にノーベル賞って話になったら、また、先生、功太郎さんのこと呼びそうだったよ。」

などと応酬してくる。

「んじゃ、そん時は、君も一緒だからな。」

「わ、わたしは…もう良いよ。」

「なんで。」

「こんな所、似合わないもん。」

「そっか? 一身に視線を集めときながら?」

すると、ブスッとした顔をして、また僕をにらめつけた。

「功太郎さんは、自分の奥さんを、皆の見世物にしたいの?!」

「バカ、そんなこと、あるわけないじゃんか!!…んな、見世物だなんて…。」

そう言ったところで、僕らお互い何を言ったのかに気付いて、真っ赤になった。

 そこで、ふと何か忘れているような、妙な違和感に捕らえられた。…いや、そもそも、僕らどこで何やってたんだったっけ?

<ゲッ……。>

周りを見回すと、ロビーに屯っているハイソな格好をした人達の視線が、バッチリこっちに向いていた。僕らは慌ててエントランスから外に飛び出す。


 その視線の中に、他の多くの人たちとは違う思いを湛え、ジッと二人のやり取りを見つめる目があった。その眼には驚きと戸惑いが滲み、深い悲しみに潤んでいた。


…そしてその眼差しの主は、彼らが早足で去っていくのを見届け、通用門に消えていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ