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第一部 2

「功ちゃん、起きてよ!」

んん・・・? おっと・・・。

ハッと気が付くと、起きる予定の時間になっていた。声の主はおかみさん。アパートの薄い玄関ドアの向こうから怒鳴っている。僕は慌てて飛び起きて、玄関から顔を出した。

「功ちゃん、朝ごはんはウチで食べな。さっさと支度してこっちに来てね。」

おかみさんは僕の顔を見てホッとした顔をすると、そう言うと家に帰っていった。

僕はそれを見送って、こんなことしていられないと、昨日借りてきたカッターシャツとスーツに着替える。そしてそそくさと、歩いて数分のところにある、うちの会社の社長、親父さんの家に行く。

「あ、おはようございます!」

「あ、来た来た。かーさん、功太郎来たぞ。」

「はーい、こっちに通って!」

おかみさんが台所から呼んだ。

「あ、じゃあ、お邪魔します。」

僕は事あるごとにお世話になっているので、遠慮なく台所に通った。

「さ、座って。あー、食べてから着た方が良かったかなあ。」

待ちかねたような顔をするおかみさんは、そんなこと言いながら、僕の前にはコーヒー、それとハムエッグ、サラダとトーストが並べた。

「大丈夫っす。気をつけますから。」

だよね、見たいに目で合図して、おかみさんは奥に引っ込んだ。




騒がしいおかみさんが行ってしまって一人になると、自然とキモチは式のほうに向く。婚約式と言うのは普通だと、結納ということになるのだろう。僕の場合は、親父さん達が結婚のとき世話になった教会に、これから世話になる予定なので、そっちのやり方に従っている。

「功ちゃん、行くよー!」

元々早食いの僕は、あっという間に朝食を済ませ、コーヒーをすすっていると、玄関の方から声がする。




「へーかわいい教会ですねえ・・。」

「でしょ。あんたたちも、お世話になるのよ。」

会社の車に乗せられて、僕らは式の会場となる教会に乗り込んできた。

おかみさんは朝から調子良い。助手席に陣取ったバッチリスーツを着込んだおかみさんは、今でもやり手の美女OLで通用しそうな感じだった。その側にほんわかと構える親父さん。この親父さんも見た目はアレだが、業界ではかなりなの知られた技術者なのだ。本人、人に褒められることより、新しいモノを作る方が絶対的に好きなので、そう言う評判については一向に感知しないが。

教会の駐車場に車を止めたところに、僕の両親がやってきた。


「息子がお世話になっています。」

すると親父さんがが、深々と頭を下げて応えた。

「あ、お父さん、こちらこそ、良く働いてくれて助かっています。」

僕は実体を知っているので、親父さんの横で頭を掻く。

うちの両親は田舎で農業をしながらサラリーマンをしている。サラリーマンと言っても、これまた田舎の小さな下請工場の職人だ。

「功太郎、おかみさんに世話かけてんじゃないだろうね!」

「いいえーお母さん、しっかりしてますよ、功太郎君。」

・・・・・よく言うよ・・・・

僕は居た堪れない思いだった。


「さ、行きましょう。あちらももう着いておられるようだ・・。」

親父さんに促されて、僕らは教会堂には言って言った。

中に入ると思った以上に明るい感じでビックリする。正面に祭壇。シンプルな十字架が掲げてあった。そこに立って今って居るのは、牧師さんだろう。スーツを着ている。ちょっと視線を流すと、そこには僕の婚約者となるであろう、天原鈴子その人だった。


・・・・あれ、あんなかんじだっけ?

仕事で「月一」ぐらいは話をしていながら、まともに顔を覚えていないほど、これまで興味が無かった相手である。だから今更こんなことを言うのはそもそもおかしいのだが、仕事で通って来ているときとも、見合いのとき感じた印象とも、少し違う様に思った。

どうちがうって?

・・・そうなのだ、なんだか女に見えるのだ。

仕事のときは、事務員らしく仕事着。派手さも華やかさも皆無。見合いのときは、スーツだった。でも、真面目そうな印象は受けたが、見栄えとしては並でも、色気としては皆無。

まあ、女慣れしていない僕には、そういうのは逆にホッとさせるものだったが。


でも今日は、そうではなかった。


じっと僕を見つめる眼差し。ほのかに輝く笑顔・・・。

こんな風に見つめられたことって、今までにあっただろうか・・。


紺のスーツに胸元にはスカーフをしていた。褐色の肌。真っ黒の黒髪で髪型は長めのボブ。

元々色白で華奢なピンクとフリルが似合う女の子が好みの僕にとっては、彼女ははっきり言って、アウトコース低め、バットが出るかどうか・・・・というところである。それを今回は、追い込まれたところで思いっきり振りぬいて、今がある。

と言うわけで、あまりい期待していなかった僕なのだが、今しがた、そんな余裕は吹き飛んでしまった。

でもこんな席で、男の僕が、立ち尽くしてはにかんでいるわけにも行かない。僕は思い切って、今日婚約者になる彼女の元に近づいていく。


「あ、きのうはどうも・・・。」

「ええ、こちらこそ・・。」

そう言って彼女はニコッと笑った。僕に比べて余裕有りまくりな様に見えてしまう。僕は少し気後れをして、次の言葉を探していると、すっと彼女の手が伸びて、僕の襟を触った。

「立ってますよ・・。」

僕は思わず固まってしまう。

そうなのだ、車の中が暑かったので、上着を脱いだのだった。着るとき適当に着たので、襟が立ったままになっていたようだ。

耳元で僕の襟を正す音を聴きながら思う。こんなんされたの、お袋とおかみさん以外、初めてだ・・・・

その時、この鈴子という一人の女性が、僕にとってどんな存在であるかを、再確認させられたような気がした。

・・・僕はこれから、この人と婚約し、結婚するのだ。

僕の心臓は、ドクンドクンと打ち始めていた・・。


「さあ、お二人、こちらにお越し下さい。」

牧師さんの指示で、僕らは祭壇の前に並んで立った。親とも親父さんとも離れて、天原鈴子と一対として並らぶ。

 

 


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