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第三部 7

 豪華にしかも上品にコーディネートされている、このホテルの調度。少し薄暗いライティングは、非日常を演出している。彼女はそんな雰囲気のなかでも、実に颯爽とついて来た。

 それにしても、いつも凄いと思うのは、こういうところで彼女は全く気後れしないことである。きっと、こういう空気こそ居心地がいいのだろう。本当の貴婦人というのは、そう言うものなんだと納得する。

「あ、こっち。」

「え?…ええ?!」

そして厨房の様子が良く見える、スタッフ用の控え室に連れて行った。

「ちょっと悪いけど、私の知り合いなんだ。ここだったら問題ないだろ、少し居らしてやってくれ。」

「あ、はい……。」

 そこで寛いでいたホテルマンは、ちょっとビックリした頭をして肯った。そして何事かと彼女を見るに至り、少しドギマギしながら微妙に頬を赤らめる。ま、仕様がない、今日の彼女には、誰でもそんな反応をするだろう。

椅子を勧め、直ぐ仕事に戻る。

「じゃ、悪いね。」

「あ?……い、いいえ…。」

彼女は少し戸惑いながらも、優雅に座って笑顔でこっちを見上げた。ドクンと心臓は反応する。


「あの人、誰なの?」

「どうも、チーフの彼女みたい。」

「えー!!ショック!!」

 それから、厨房は「噂の坩堝」となった。突然、スタッフ専用のエリアに通された美女は、皆が憧れるチーフと只ならぬ関係だというのだから、無理も無いことだった。

そんなざわついた雰囲気を抑えるように、義男は声をかける。

「さ、進み具合はどうだい?」

「え、は、はい・・・。」

慌てて持ち場に戻るスタッフ達。

<スーちゃんが、オレの彼女だって!>

仕事が滞るのは困るが、そう言う噂には、思わずニヤけてしまうのであった。


<見てる!見てる!!>

 彼女の熱い視線を感じると、どうしてもはしゃいでしまう。大人気ないと思いながらも、やはり好きな人の視線を浴びるというのは、なんとも言えない。

「神様は、オレの味方だな。」

 思わずそんなことを口の中でそう呟やく。なぜなら願っていた彼の願ったシチュが、こんな形で見事に実現されたのだから。

<オレは忠とは違う。忠みたいな良く分からん方法で、彼女に取り入ろうなんてしない。実力を見てもらうんだ。どこまでも正攻法で勝負!……そうすれば間違いなく彼女は、ゾッコンになる。>

成功を信じて疑わない義男だった。


 テキパキ動く義男の働きぶりは定評があり、見事なものである。特にセレブの女性たちが彼に憧れを抱くのは、単にルックスだけではなく、その仕事のキレと、優雅で配慮に満ちた接客、端々まで気品を湛えた、その立ち振る舞いに惹かれてのことである。

 その日の義男も、会場に集う貴婦人たちの視線を一身に集めていた。いつもなら、そんな女性にサービスを欠かさない彼なのだが、今日だけは少し違った。なぜなら彼の心は会場の女達ではなく、あの控え室のただ一人の女性に集中していたから。

 開場の時が刻々近づいて来る。義男は自分の姿を追う鈴子の熱い視線を意識しながら、次のことを考え始めていた。

<そうだ、これが終わったら彼女を誘って、ウチの店に行こう。そして、彼女のために腕によりをかけて何かを作るんだ。こんなデカイ仕事としているオレが、自分の為だけに料理してくれたって、彼女、感動するぞ!>

 胸がいよいよ高鳴るのを感じる。そして雅司の店で、みんなでプロポーズした時のことを思い出すのだった。

<あんな、プロポーズは無いよな。>

 婚約なんて、二人だけの最も秘めやかな約束なはずなのに、ああいうシチュエーションでは、その気があったとしても本当のことは言えるはずは無い。だから僕のプロポーズもスルーされてしまったんだ、と鈴子の気持ちを想像してみる。

<今度こそ、そんなヘマなことはしない。>

 ムードたっぷりの自分のレストランで、二人だけのディナーを楽しみつつ、彼女の本当のキモチを聞くのだ。

そう、オレと一緒に一生を過ごしたいと言うそのキモチを…。

「今夜は、人生最高の夕べだ。」

義男はそう口の中で呟いた。



 時計を気にしていた鈴子は、思い詰めた顔をして、目の前を通り過ぎようとした義男を、引き止めるように言った。

「す、済みません!! あのう、わたし、もう行きます。義男君、ありがと…。」

とても急いでいる。急に声をかけられてビックリしている義男と、周りのスタッフに頭をさげ、ロビーに出て行った。まるでシンデレラみたいに…。


「じゃ、じゃあ、後で!」

ハッと我に返り、いきなり席を立った彼女を、追いかけるようには叫んだときには、もう彼女は人波の中に飲み込まれた後だった。

<今の声が届いたかなあ…。>

その時、急に胸に過ぎる冷たいものを感じた。そして彼女の消えていった先を、じっと見つめた。

「チーフ、チーフ! 時間です。」

「あ、ああ、分かっている。」

 声に促され我に返る。そして急いで自分の持ち場に向かった。他のスタッフも全員が配置に付き、いよいよだと緊張感が会場を包む。

 招待客たちの歓談する声が低くなり、司会者がマイクの調子を確認し話し始めた。

「それでは、これから、土岐山正五郎先生の、学会賞受賞祝賀パーティーを、始めさせていただきます。では…」

そして、いよいよ、パーティーは始まった。


 ++++++++++++++


<あれ、スーちゃんがいる。>

 祝賀パーティーの前半は、招かれたお偉方のお祝いのスピーチ、そして受賞した教授の記念講演と続く。そして後半が、隣のパーティー会場に席を移し、立食パーティーが持たれることになっていた。

 義男はスタッフ席で、その講演会に参加していた。ふと会場を覗くと、その聴衆の中に鈴子の姿があったのだ。義男は友達の披露宴にでも呼ばれているのだと思っていたが、一体どうしたことなんだろう。

<何で、スーちゃんが? ……何のツテだろう。>

 このパーティーは、誰でも彼でも参加できるものではない。各界のトップ・クラスの人々が集まってきているのだ。彼女の職歴と言えば、小さい事務用品会社の事務員であり、社会的にはただの女の子である。ここに集まってるセレブたちにどう繋がるのか、幾ら頭を捻っても分からない。

「この度は、土岐山先生、受賞、おめでとうございます……。」 テレビで見たことのある人たちが、次から次へと祝いの言葉を述べていった。

 義男は何か引っかかる物を感じながらも、会場の様子を映すモニターから流れるスピーチに、耳を傾けていた。そこで語られることを聞いている内に、今回のこの「先生」の業績が、どれ程大きなものであるかが分かっていく。パッとしないその先生の顔を思い浮かべながら、感心することだった。

「続きまして、今回学会賞を受賞された、土岐山正五郎先生に、受賞記念講演をお願いしたいと思います。」

 そう言われると、割れんばかりの拍手に迎えられ、胸に花を付けたその「土岐山先生」は、見るからに緊張した様子で講壇に立った。

「この度は、このような盛大な祝賀会を開いていただき、誠にありがとうございました……。」

 今回受賞した研究というのは、言ってしまえば、「物」から「生命」に至るまでの過程において、今まで謎とされたことについて、新しいことを発見をしたということらしい。

<物が生き物のように息づく……。> 

 SFの世界でロボットと人とが、全く対等に付き合っているシーンがあるが、それに繋がる何からしい。言い換えるならば、そのSFのなかのことが、現実になることへの扉を開いたと言うことか? そんな夢みたいな話があるのかと、自分なりに想像する。

 分かる範囲で話を聞きいているうちに、講演は終わりに近づいてきた。そして裏方スタッフはスタンバイ体制に入る。それぞれ立食パーティーの会場の配置に付きしばらくすると、会場から揺れるような拍手喝さいの音が聞こえてきた。

 今度はこっちが本番だ。皆一様に引き締まった表情で、それぞれ、申し合わせたように次の行動を起こす。


  ++++++++++++


 乾杯が終わり、一通りのセレモニーが済みしばらくすると、あちこちで歓談の輪が出来ていた。しかし、あれっと思ったのは、ちょっといつもと違った光景が展開されていることだ。

 それは、あの先生を中心にできた人だかりと共に、もう一つ大きな人だかりが出来ていること。見るとテレビ・クルーも来ていて、スタッフの人が一人の青年にインタビューしていた。

「なんか、あの人なんだって、今回の功労者。」

しばらくすると、そんな話が聞こえてくる。どうも、今回の偉業は、実はあの先生というより、さらにもう一人、影の主役がいて、その青年こそ真の殊勲者だというのだ。

 義男はその青年の話を聞いて、顔が見たくなった。接客ということで、その人だかりに近づいていった。

「いやあ、本当に、偶然だったんです。確かに見つけたときは面白いとは思いましたけど…。いやあ、こんなデカいことになるとは。でも、凄いのはその発見の意味を、ちゃんと分かってられた先生こそ、凄いんです。僕だけじゃあ何も…。」

 偶然と先生の慧眼を強調するその青年だった。どう見ても自分とほとんど同じぐらいの歳であった。

 

 科学的な大発見と言うものは、不思議なものである。今まで人が気に留めなかった小さなイレギュラーに偶々拘ってみたり、偶然に一冊の本とで出会ってハマってしまったりと、小さな日常の中での出来事が、後に大発見へ繋がったりするものなのだ。そんな中にはパウリやブラウンと言う、ノーベル賞を取った大科学者達も含まれている。まさに、今回の発見も、その類だったのかもしれない。


<偶然ねえ…、こんなラッキーなヤツもいるんだ…。>

ハイソな人々に憧憬と尊敬の眼差しで見つめられるその青年に、ちょっとした嫉妬を感じないではない。自分の自信を曇らせる何かを感じた義男は、こんなことはしていられないと、そこを去って次の仕事に向かう。


 +++++++++++++++


 料理の責任者として、会場に佇み、客の接待に当たる。時に顔見知りがオレを見つけては、挨拶をしてくれたり、料理について褒めてくれたりする。

 そんな中、人だかりの側でずっと一人でいるスーちゃんを見つける。

「やあ、スーちゃん、一人?」

「え、いや……あの。」 

<それにしても、スーちゃん、何でこんな所に来たんだろう。>

何度通り過ぎても、同じ場所で突っ立ったまま一人でいる。見る限り連れは居そうになかった。でも、彼女が一人で居ることに、なんとなくホッとする。

 手も空いたし、そろそろ良いかと、彼女に話しかける義男だった。

「なんか、寂しそうだね。」

「え?……まあ。」

 ボーっとしたていたところに、急に声を掛けられ不意を突かれたからか、彼女は長い付き合いの中で見たことのないほど、マジ寂しそうな顔をした。なんだかちょっと目が潤んいるような…。オレの心はキュンキュン鳴り続ける。

<もしかして、僕が放っておいたのが寂しかった?>

バクンと心臓が鳴った。

 じっと彼女を見つめていると、彼女はふと上目遣いでこっちを見た。そして、小さく溜息をついたら、囁くような声で呟いた。

「カッコイイね。…なんか、凄い…。」

「え?!」

オレは自分の耳を疑った。…いきなりかよ。

 一瞬、面くらいはしたが、直ぐに彼女の言葉の意味を理解した。思っていた通り、オレの仕事振りやなんか、彼女は今まで知らなかった一面を見て、やっとその気になってくれたのだと。

<…いやあ、しかし、いきなり面と向かってコクられると、流石に…。>

苦笑するも、当然、嫌な気持ちであろうはずがない。いやそれどころか、熱いものが一気に込みあがっきた。

 逸る心をどうにか落ち着かせようと、一つ大きく深呼吸をした。とうとう、長かった片思いのときは今終わり、これから新しいオレたちの時が始まるんだ…。

「そ、それほどでもないよ。」

コクられることには慣れている僕なのに、声が裏返りそうなほどドキドキしている。

「それよりさ、これ終わったら、ちょっと時間もらえないかなあ。そうしたら…。」

そして改めて、やっと捕まえた最愛の人に目を注ぐ。そしてスーちゃんもまた、じっとこっちを見つめる…、

…って?

視線を合わせようとするのに、微妙にかわしている様な…。


「おーい!」

その時、後ろの方から、誰かを呼ぶ声が聞こえた。

「あ!」

彼女はそう言うと、一瞬の内に顔から影が消え、満面の笑みが溢れた。何事が起きたのか分からずに、慌てて周りを見渡す。

 声のほうを見ると、やっとテレビ局の面々から解放された例の男が、ゲッソリと疲れた顔をして立っていた。


「義男君、今日は本当にありがと! 凄く助かった!」

そう言ったかと思うと、ペコンと頭を下げた。そしてキラキラと笑顔を輝かせながら、そそくさとその男の下に行った。

 その男は、彼女が側に寄り添うのを確認すると、こう言った。

「婚約者の天原鈴子さんです。」

 

  

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