第二部 6
「オレの嫁さんになってくれよ!」
「バカ、オレのだって!」
「いや、俺の・・・。」
「まて、オレだ!!」
「うるせー!俺に決まってるだろう!」
このヤロー!!、言いやがったな!!
マジでやりあう5人、何時しか小突き合いになり、胸倉を掴んでの怒鳴りあいにエスカレート。押された拍子で、テーブルがこけて、上に載っていたものが床に飛び散った。
・・俺と結婚してくれ
・・俺の嫁さんになってくれ
鈴子は頭の中を鳴り響くのはプロポーズの言葉に、気が遠くならないようにするのが、精一杯だった。
頬を赤らめ動揺する彼女に、取っ組み合いをしながらも、5人は内心胸を撫で下ろしていた。
<これで、婚約とか見合いとかって話も吹っ飛んだ。>
<いくらスーパーアイドルのスーちゃんでも、俺からプロポーズをされたとくりゃ、一コロだよな。>
<そこら辺の野良犬なんかにゃ、スーちゃんはやれない!>
彼らはそんなことを考えながら、この鈴子の反応に、見合いの話は無かったことになったと、確信するのだった。
「みんな・・・止めて!!」
しばらく立ち尽くしていた鈴子は、殴りあう男達にハッとしてそう叫んだ。男たちはその声に手を止め、一斉に鈴子を見つめた。彼女はいきなり熱い視線を投げかけられ、思わずオタオタする。
「み、みんな、何?・・ヤダよ・・、そんな、いきなり・・・。冗談言わないでよ!もう!」
そう言い残して、視線から逃げるように店を出て行った。
彼女が出て行って、誰からとなく掴み合っていた手を放す。
「いよいよ、始まったって事だな。」
和夫が感慨深げな声でそういった。
「ああ・・。」
雅司が頷く。そしてお互い、火花が散りそうなほどの闘争心剥き出しの視線を交し合う。
「そうだ、これからが本番だ。」
時也が宣言した。
「ああ、長い付き合いだからって、容赦はしないぜ。」
義男は自信満々でそう返す。そして忠が割って入るように言う。
「その前に、俺に礼を言って欲しいよな。」
「だな、確かにあの糞リーマンのことは、知らせてくれた助かったよ。でも分かってんだろうな、それはそれ、スーちゃんは頂く。」
「それはこっちのセリフだ。絶対負けん。」
忠と時也は拳をガツッと合わせた。
***************
鈴子は火照る頬を、両の手のひらで冷ましつつ、足早に店を出た。
・・・・みんな、わたしのこと、あんなふうに思っていてくれたんだ・・・・・
店を出たところで、目の前の幹線道路を走る、車の流れを眺めな、今しがたのことを思い返す。
ここらでは文字通り五指に入る5人のイケメン。彼らが自分と生涯を共にしたいと、申し出てくれたのだ。女の子だったら、心動かされないはずはない。鈴子はまだ夢を見ているみたいに、フワフワした気分だった。
鈴子は今まで、彼らと小さい頃からずっとつるんで来た。でも、今の今まで、恋愛の対象だと考えたことは一度もなかった。と言うのは、親も早くに失い、姉妹だけ貧乏な家庭で育ち、家柄も学歴も財力も、正直最底辺な自分。そんな自分に、あの全てに恵まれた、エリート中のエリートである彼らが、心を寄せるなどありえない、住む世界が違うのだと思っていたから。
そんなことなんか気にせずに遊んでいた、小さい頃の無邪気な自分達。
でも、大人の世界が分かる年頃になり、自分がその輪の中にいることが、どれ程おかしなことか気付いていく。
・・・みんなと不釣合いな自分、住む世界が全く違う・・・。
それは強烈なプレッシャーとなり、自分と彼らとの間に絶対に超えられない一線を、意識するようになっていったころの、懐かしくも寂しい思い出が脳裏に過ぎる。
それでも、ずっと自分と仲間として付き合ってくれた彼ら。
幼馴染の腐れ縁・・・。彼女は彼らとの関係を、そう完全に割り切って、彼らとつるんでいたのだった。
<わたし、どうしよう・・・>
それぞれに向けてくれた熱い眼差し。家族のように育った一人一人の見せた、今まで見たこともない真剣な顔、鼓動は否応もなく高まる。5人からいきなり結婚を迫られたシーンがぐるぐると回り、ほかの事が考えられないぐらい、心の中をいっぱいにする。
どれぐらいそこに突っ立っていたのだろうか。ひっきりなしに流れる車の波から、ある車のヘッドライトが目に入った。眩しさにハッと我に返る。
<あ、いけない……>
道路端で立ち尽くしていた自分に気付いて、恥ずかしくなった。きっと、道を行きかう車からは、変な女の子がいるみたいに、思われたに違いない。
「嫌んなっちゃう・・。」
自分の頭をコツンと小突き、鈴子はそそくさと駐車場に向かった。そして、ウエストポーチからキーを取り出し、愛車SR400に跨る。
<さあ、速く帰らないと、お姉ちゃんが心配してる。>
のぼせた自分をどうにか冷まそうと、勤めて普段のことに心を向けようとする。
イングニッションをONにし、キックを踏みエンジンを掛け、スタートしようとした瞬間、
?!
……まるで夢から醒めたように、脳裏に鮮やかに蘇る、ひとつの風景。
それは初めて見た、タンデムシートからの風景。
右に左にカーブするワインディングロードを、功太郎の手によって、自分の愛車がしなやか駆っていく。
<わたしのSRが喜んでいる>
変な話だが、本当にそう思ったのだ。
目の前で、ずっと乗ってきた自分の愛車を、自分以上に知り尽くし見事にコントロールする、一人の男。
<……スゴイ>
単純にそう思った。
その出来事は、彼女にとって、単に功太郎がバイクを乗るのが上手いと、感心させるだけでは留まらなかった。
分身ともいえる彼女の愛車が、功太郎の手の内でこんなに変貌し、素晴らしく輝きだす姿は、彼女自身にも重なった。自分が彼と共にいると、何か今まで知らなかった、とても素敵なものが生まれるんじゃないだろうか……。はじめは淡かったそんな期待は、今は彼女にとって、確信にも近いものに育っていた。
<功太郎さんで良かった・・・>
あの時以来、心の底に点り続け、輝きを増す真実な思い。
バイクをアイドリングさせたまま、しばらく動かなかった鈴子。そんな彼女がコクンと頷いたと思ったら、くいっとスロットルを回し、ウイリーでもしそうな勢いで走り出した。
そして、あっという間に、滞ることなく流れ続けるヘッドライトの流れの中に、溶けていくのだった。
*************
その日も一日中工場での油にまみれての仕事に勤しんだ。頭も体もめんいっぱい使ううちの職場。夜は疲れて泥のように寝る。しかし、その疲れも好きなことをやってのことだから、決して嫌なものではなかった。
いや、そんな仕事の疲れより、もっとたちの悪い疲れがある。
言うまでもなく、鈴子に関わる一連のドタバタのことだ。家探しだの家財を揃えるだの、慣れない新生活の準備だけでも、うんざりしていたというのに、妙な争いに巻き込まれ、心外な理由で敵対心の的にされた。
あの、森山と言う男が会社に乗り込んで以来、僕の心は今にも夕立が来そうな時の、黒雲で満たされた空みたいに、重くどんよりと沈んでいる。
ピンポン・・・
「あ?」
こんな夜更けに、誰だ?
見ると夜の10時を回っていた。この時間帯になると、もうすっかり「真夜中」な僕なのだが・・。
<もう、出ないでいるか?>
しかし、蛍光灯もテレビも点けてるわけで、眠いといって居留守を使うわけにもいかないだろう。仕様がないと僕は立ち上がり、誰だこんな非常識なヤツと、口の中で悪態を付きながら、玄関のドアに向かう。僕はこんな人迷惑な時間帯に来そうな悪友たちの顔を想像しながら、来訪者の名を尋ねた。
「誰・・?」
ぶっきら僕に聞いた。一瞬の静寂。会社か友達の誰かぐらいしか思いつく顔がなかったので、「俺だ!開けろー!」みたいな酔いどれの声を待っていたのだが。……そうじゃないのか?
「あの、誰です?」
ちょっと心配になって、すこし穏やかに来訪者の名前を問いただす。するとワンテンポ待って、少し震えた細い声が聞こえてきた。
「す……鈴子です。」
一瞬、心臓が止まるかと思った。