第二部 5
「スーちゃん、なんか言う事あるんじゃない・・・・」
「え?・・なに・・?」
鈴子に問う雅司。
ここは、雅司の経営する喫茶店、『サンセット・コースト』である。
雑誌に何度も紹介され、いつもこの時間帯は客でにぎわっているのだが、今晩は特別、早々に閉店した。そしてそこに例の五人が集まって来た。招集をかけたのは、先日、功太郎の会社に乗り込んでいった忠だった。
そして鈴子もまた、そこ呼ばれた。
鈴子はここに来た時、なぜ呼び出しがかかったのか、全然分かっていないようだった。しばらく、6人はいつもと変わりない雑談をしていたが、そろそろだと判断した雅司は、いよいよ本題について切り出した。
いきなり尋問の矢面に立たされる鈴子。彼女はただ戸惑うしかなかった。
いつもにぎやかで明るい、あっけらかんとした雰囲気のこの店。しかし、今日ばかりはそうは行かない。功太郎との会談のとき受けたショックがまだ癒えない忠は、店の端で俯いて座り込んでいる。その横にはサーファーの和夫。彼も溜息ばかりつきながら、二人の様子を深刻な眼差しで眺めている。
「なに?じゃないだろ。『見合い』のことだよ。スーちゃんしたんだって?!」
鈴子にしては思わぬことに話が飛び、心底ビックリした顔で固まった。
「え?・・・・うん、したよ。それが?」
そうキョトンとして答える鈴子の言葉に、俯いていたやつらはハッと顔をあげた。詰問している雅司も、ピクンと反応する。
重い沈黙
「スーちゃん、なんで・・・・なんで・・・そんな。」
「なんで・・って・・。」
どうして?
何、・・・胸騒ぎがする。
<いったい、どういうことなのかしら。>
鈴子は自分がこの五人と完全にずれていることに気付いて、必死に本当のところを知ろうと頭を巡らせる。
「じゃあさ、本当にそいつと結婚すんのんか?!」
向こうのテーブルで、外を見つめていた時也が、すこしおどけながらも、刺のある声で聞いた。思わず身がすくんだ。いつもフレンドリーな時也なのだが、今日は違う。
空気は間違いなく、自分達の結婚を拒否している。
<そんな・・・>
鈴子は考え込んでしまった。
<『見合い』のことでも、こんなになったんだったら、結婚の事、認めたらどうなるんだろう。>
もう、絶交されてしまうかもしれない・・・。彼女にとって、ここに集まった男たちは、単なる友達以上の存在だった。
片親の貧しい女の子、よく虐められていた。でも、ここに集まっているみんなは、それぞれ恵まれた家庭の人なのに、一度だって自分のことを、見下したようなことはない。本当に兄妹のように過ごしてきた長い年月・・・。
それは鈴子の人生の楽しい思い出そのものだった。
<でも・・・>
あの婚約式で、自分の内でした決心は、自分が生涯をかけて誓った約束。彼女は心底そう思っていた。
<わたし、功太郎さんと、神様の前で約束した・・・。>
彼女は腹を括り、居住まいを正し、はっきりと言い切った。
「うん、・・・・結婚する。」
空気が凍り、時間が止まる。
ここに集まった男達が、絶対に聞きたくなかった言葉。男たちは呆然として、宙を見つめる。
「みんな・・・・」
声をかけるのも憚れる雰囲気。鈴子は予想をはるかに超える深刻な反応に、戸惑ってみんなを見回した。結婚すると言ってはみたものの、余りの深刻な反応に、慌てて取り繕う。
「あ、な、なんかすごく悪いことしちゃったね。ごめんなさい。結婚するみたいな大切なこと、一番の仲間のみんなに何も話してなかった。ホントごめん・・・・。」
そう言って頭を下げた。しかし、場の雰囲気は一向に変わらない。もうアワアワ言うしかない。
「くそー!」
突然、時也が叫んだ。
「なんでだよー。」
時也はガツガツと歩いてきて、雅司を押しのけ鈴子の前に立った。
「鈴子なんでだ。俺たちがいるってのに。」
「え?・・・何?!」
次にビックリした顔をしたのは、鈴子だった。
いや、時也だけではない。悔しがり膝を叩く義男、頭をかきむしる時也、騒然とした店の中で、男たちはみんな悔しさを滲ませた。そんな彼らの様子を、ビックリした顔で見回しながら、彼女は叫ぶように言った。
「どうして・・・そう・・・なる・・・の。」
そんな5人を順繰りに見つめる。今度はビックリ直ぐのは、男五人だった。
すると時也がバン!!とテーブルを叩いた。
「そんなの、決まってるだろ! スーちゃんを、あんなクソの嫁に行かせたくないからだ。」
鈴子はカチンと来て反論する。
「そんなあ、あんな『クソ』だなんて。彼、とっても真面目だし、誠実だし、信頼できるよ。それに、すごくバイク乗るの上手いし。わたし、今まで、あんな速い人・・・。」
その言葉に、今度は忠が飛び上がるように立ち上がったかと思ったら、鈴子のところに来る。そして言葉を乱暴に遮って、叫ぶように言った。
「何がバイクで速いだ! あいつがどうだろうが、関係ねー!!!」
時也も雅司も、何時になく頭に血が上っている忠に、目を丸くする。忠はそんな目なんかお構いなしに、話を続けた。
「・・・・そうじゃないんだ。」
唾を飲み下す音。走る緊張。
「オレ・・・オレ・・・。」
鈴子は余りの剣幕に、怯えて口を閉ざした。忠は叫んだ。
「オレ、スーちゃんが好きなんだ!!!」
呆然として見つめる鈴子。忠の目もじっと鈴子を見つめ返す。横で唖然とする時也と雅司。
「え?・・どうして、どうして・・・ターくん、素敵な彼女いるじゃない。」
だって、この間・・・・
そう言えば、最近、大手商社の重役の娘との話が、町で囁かれているのは誰もが知っていることだった。忠はマズイみたいな顔をして固まる。
いや、実は忠だけではない。
まあ、ここに集まっている5人全員、女っ気には困る面子ではない。人込みにでも行けば、あっちこっちから熱い視線が投げかけられ、そんななかでちょいと声をかけるや、まず間違いなく相手の娘は付いててくる。そんでもって、一言二言、優しいこと言えば、あっちはまず間違いなくマジになってしまうようなヤツらなのだから。
「あ゛」
忠は鈴子に、痛いところをいきなり突かれて言葉を失う。
「ち、ちがうよ! あ、あの娘・・・。」
ばつが悪そうに答える。そして、彼女の両手を掴んで叫ぶように言った。
「ほ、本命は・・・。」
唇を噛む忠に、鈴子は戸惑う。
「スーちゃんだ!!」
「そんな・・・」
「オレ、スーちゃんと結婚したいんだ!!」
「「「なに!!なんだと!!こら!!」」
瞬間、店内は騒然とする。
「忠、待てよ!」
「それは、話が違う!」
和夫と義男が立ち上がった。雅司も鈴子に迫る。
「今日は、スーちゃんに本当のところ、聞くことだっただろうが!いきなり・・・」
「なんで、結婚したいだとかって、話になるんだ!」
「うっせー、そんなこと言ってられっか!!」
吼える忠!
「それなら、オレだって!!」
「スーちゃん、こんなひ弱なボンボンじゃなくって、海で鍛えたこのオレに!」
と和夫、用意の良いことに、リングとか差し出したりしている。
「おい、おまえも出し抜いてんじゃねーかよ!!」
そう言ったかと思うと、時夫は鈴子に向き直って、ガシッと両手を掴んで自信満々で話す。
「スーちゃん、オレと一緒になったらセレブだぞ!億ション住んで、カッコイイ生活を・・。」
「ばーか、そんなミーハーなこと、喜ぶわけないだろ。スーちゃん、俺、もう少しで親父に店譲ってもらうんだ。な、あの店、一緒にやろ!」
縋るように説得するのは、義男だった。
ビックリして固まった鈴子の前で、跪いて求婚する5人のイケメン。
鈴子の目は深い悲しみを湛えていた・・・。